第八話 待ちかねました さあ、パーティーを始めましょう
奇妙な対峙だった。
片方は白い法衣を着たユスティナ。
本来は前衛に出るはずもない聖女というエリート職業。
もう片方は荒くれ揃いの盗賊団の男達。
その人数は20人以上もいる。
大した武装ではないが1人の女を相手にするには十分過ぎた。
普通に考えれば勝負にすらならないはずのマッチアップ。
しかし気圧されているのは盗賊団の方だった。
先ほどユスティナが見せた鮮やかな先制攻撃を警戒しているのだ。
原因不明の素手による一撃で仲間がふっ飛ばされている。
聖女などただのか弱い女と思っていた。
けれども認識を改めなくてはならない。
「ち、単なるまぐれ当たりだろうよ」
賊の1人が怒鳴った。
自分を鼓舞するような無理やりな言い方だった。
しかしこれが効いた。
周りの男達の顔から恐れが消える。
そうだ。
さっきのは何かの間違いだ。
こんなふわふわした女が俺達をどうにか出来るわけがない。
仮に多少格闘戦が出来るとしても数を頼みに圧倒すれば。
「やっちまえ、おらぁ!!」
誰かが叫んだ。
その声をきっかけに賊達がユスティナに殺到する。
そのはずだった。
「そうこなくっちゃですねぇ」
後の先。
後から動き出したはずのユスティナの方が速かった。
猛ダッシュで一瞬にして距離を詰めた。
一番手近にいる相手に左拳を叩きつける。
パァンと気持ちいい音が弾けた。
手応え。
人の顔面がひしゃげる感覚。
血が沸き立つような興奮がユスティナの体を走り抜ける。
"たまらないですー"
のけぞる相手に目もくれない。
右に横っ飛び。
灌木を飛び越えた。
集団相手に止まっていては自殺行為だ。
背後からの一撃を空振りに終わらせる。
とんでもない反応速度だった。
着地。
向き直りながら視界確保。
どいつもこいつも威勢だけはいい。
腕は恐らく似たりよったりの低レベル。
ただ1人、あの長剣の男はというと。
ああ、いた。
木陰に身を潜めている。
とりあえずあれを引きずりだそう。
まず間違いなく、あれがこの中では最も強い。
「まずは前菜からですねぇ」
ユスティナはそう言いながら次の獲物を見定めた。
右に回り込む。
もう陣形も何もない。
全員が勝手にユスティナを追いかけているだけだ。
ユスティナからすれば手近な相手からぶん殴っていけばいい。
"まずはこいつらぁ!"
低い姿勢で接近した。
下から伸び上がるように右拳を叩きつける。
豪快な右アッパー。
標的となった賊は慌てて顔を振った。
直撃だけは免れたのは立派だ。
だが、顎をかすめただけでも効果はある。
賊の視界がぐにゃりと揺れた。
わけが分からなかった。
脳が揺らされたためだと理解出来るほどの人体に関する知識は無い。
「あ、お、ええ」
何が起こったのかも分かっていない。
その場に膝から崩れ落ちたその瞬間。
賊の体は左側にふっ飛んだ。
ユスティナが殴り飛ばした別の賊に巻き込まれたのだ。
「左フック一閃ってやつですねぇー」
その呟きが消えない内にユスティナは駆ける。
まさに鬼神のごとき戦いぶりだった。
それも圧倒的多数の相手にたった1人でだ。
しかも素手。
何一つ装備していない。
"左上から斜めに袈裟がけですかぁ"
短剣が闇夜にきらめいた。
ユスティナはこれを冷静にさばく。
刃の軌道を読み切って体を軌道の外側へずらした。
回避しながら相手の右肘を自分の左手で軽く押す。
肘の関節がメキリと音を立てたのが分かった。
「があ、あっ!?」と汚い叫び声が聞こえた。
"まだまだー"
こいつはもう戦力外だ。
頭が下がったところに迎撃の右の膝蹴り。
ちょうどカウンターになった。
最低でも鼻骨を折っただろう。
ああ、たまには蹴るのも悪くない。
殴るのが一番ではあるけれど。
結局のところ、自分は人体をいたぶり尽くすのが好きなのかもしれない。
"難儀な性格ですよねぇ"
次。
左右同時に来た。
2人とも棍棒だ。
樫の木を削った棍棒は頑丈だ。
刃物でこそないが打撃武器としては十分使える。
それも当たればこそなのだが。
「ぐっちゃぐちゃにしてやるよお!」
「潰れろや、クソ聖女が!」
「やですー。潰れるのはそちらですー」
左からの一撃をかかとを支点に回転して回避。
そこに真っ向から棍棒が振り下ろされた。
ユスティナの額に。
回避ではなく防御した。
ユスティナは右の掌でやすやすと棍棒を払い除けたのだ。
「ふふ、蚊ほどにも感じませんよぉ」
不敵な笑みに賊の表情が強張った。
避けるならまだ理解できる。
だが片手一本で止めるとはどういうことだ。
こんな聖女が。
こんな小柄な女が。
賊は「ああああ!」と叫んでもう一撃を叩き込もうとした。
殴るのが駄目なら突きで。
しかしこれも。
「やっ」
可愛らしい声と共にユスティナの技が冴える。
突き出された棍棒を右の手刀で自分の左側に弾いた。
そのまま前に出ながら手刀を薙ぎ払う。
体の内から外へ腕を広げるように。
手刀の一閃は賊の左肩を抉り取った。
「が、は」
鮮血。
闇夜に赤黒く映える血飛沫。
「あら。意外といっちゃいましたねぇ」
楽しそうに聖女が笑うのが聞こえた。
その認識が左肩の激痛で塗り潰された。
「もっと深くいきますかぁ」とユスティナが囁いた。
賊はもがいた。
聖女の指先が自分の左肩に突き刺さっている。
それが更に押し込まれた。
出血が激しくなった。
自分の口から声にならない絶叫が洩れた。
その瞬間だった。
「回復」
ユスティナの唱えた回復が賊の傷を癒やす。
安堵よりも驚きが勝った。
なぜ敵を手当てするのか。
回復をかけられた当人はもちろん、他の賊も当惑していた。
左肩に突き刺さっていた聖女の指先も抜けている。
本当に治療してくれたというのだろうか。
賊は信じられない思いでユスティナを見た。
「油断してはいけないですよぉ〜」
甘かった。
超至近距離からの踏み込み。
再びユスティナの右手の手刀が叩き込まれる。
狙いは先ほど自らが治した左肩だ。
塞がったばかりの傷口が破れ、皮膚が無残に引き裂かれた。
「い、痛えええええええ!! ああああぁ!!」
回復で治療されてからの再度のダメージだ。
一度上がってから再び落とされる分、心理的には更に痛い。
賊が白目を剥いた。
「あはは、そんなに喜んでいただけるなんて照れちゃいますねぇ」
ユスティナは笑う。
その笑みに他の賊達はドン引きしていた。




