第七話 せっかくの殴れる機会です 逃してはいけません
「いいですかぁ。絶対にこのことは口外してはいけないですよぉ。村の人以外に知れたら何をされるか分からないですからね〜」
明日の晩になるまで、ユスティナは村中の人に強くお願いしておいた。
ガルステン国の各所には正規兵の駐屯地がある。
このコルデン村の近くにもある。
陳情に赴けば兵士を派遣してくれるかもしれない。
けれど今日すぐに必要な人数を揃えてというわけにもいかないだろう。
正規兵をあてにするのは現実的に難しい。
それもユスティナは付け加えた。
自分の主張に説得力を持たせるために必死である。
「正体不明の集団だから何をしてくるか分からないですねぇ。とにかく自分が行きますから〜」
ユスティナの意見はこれのみ。
村人達も渋々受け入れるしかなかった。
実際問題、村の戦力では全面衝突は出来る限り避けたいのだ。
とはいえユスティナ1人にこの件を任せることになってしまう。
心苦しいことこの上ない。
村長などは「聖女様にもしものことがあれば生きていられません。代わりに私が犠牲になるので!」と涙ながらに訴えたほどだ。
"ちょっ、余計なことしないでくださいよぉ"
ユスティナは心の中で舌打ちした。
ここで出張ってこられてはまずい。
計画が台無しである。
焦りを隠して冷静に村長をなだめた。
「私を信じてください、村長さん。私は聖女ですよぉ。ちんけな悪党なんかに負けるわけないじゃないですか〜」
「し、しかし」
「それに村長さんにはこの村を守るという大事な役目がありますぅ。その責任を放り出すのは良くないですよ〜」
ビシッと指摘しておく。
これには村長も頷くしかない。
苦渋の表情で「おっしゃるとおりですが」と言うしかない。
ユスティナは一気に畳みかけた。
「とにかくー! 私に任せておけばいいんですー! 聖女の力は弱き民を守るためのものですからぁ。聖女は安全な場所に隠れて神に祈るためにいるわけじゃないんですぅー!」
「お、おお......分かりました。ユスティナ様の清らかにして強き志、しかと受け止めました。私は村長としてこの村の防衛に徹します。ですからユスティナ様」
「はい、何でしょうかぁ?」
目に涙を浮かべ村長がひざまずいた。
ユスティナはにっこりと笑った。
村長の言葉を待つ。
「必ずここにご無事で戻ってきてください。コルデン村の者全員でお待ちしておりますから!」
「ありがとうございます〜。任せておいてください〜」
ユスティナは村長の手を両手で握った。
感激の余り、村長は「もったいなきお言葉!」とひれ伏する。
これでいい。
これでもう邪魔な横槍は入らない。
久しぶりに自分の好きなように暴れられる。
しかも誰に見られることもない。
「最高ですよねぇ」
「ハッ、何かおっしゃいましたか?」
「いえいえ、何でもぉ。それでは晩刻まで私はお休みしておきますからぁ」
つい心の声が出てしまった。
ユスティナは反省しながら自分の家に戻っていった。
† † †
夜とは不思議だ。
太陽の下でなら平和な風景も一変する。
森の木々も例外ではない。
重なり合った枝葉が暗闇をより一層濃くしている。
ユスティナはその可愛らしい顔をしかめた。
"ちょっと気持ち悪いですねぇ"
何が潜んでいるか分からない。
そんな不安をかきたてられる。
けれど足を止めることはない。
持っている物は右手に握る聖杖のみ。
先端に灯火を点けられるのでランプとして使っている。
ざわりと風が木々を揺らした。
相手が指定した森までもうすぐだ。
その時ユスティナの勘が働いた。
人の気配が漂ってくる。
複数。
まるでユスティナを包囲するかのように。
気づかないふりをして進んだ。
お互い無視したふりの対峙も長くは続かなかった。
ユスティナは足を止めた。
「着きましたけどー」
のんびりした声である。
警戒心がまるでない。
森の木立からざわめきが伝わってくる。
その迂闊さを嘲笑うかのようだった。
「ほんとに1人で来たとはな」
「身の程知らず過ぎるというか」
「はは、どうなっても知らんぞ。お優しい聖女様よ」
むしろ嘲笑そのものだった。
野卑な調子を含んで男達の声が伝わってくる。
先ほどから隊形は変わらず。
ユスティナの四方八方に複数が布陣しているようだ。
ざわりと灌木の茂みが揺れた。
ようやく相手の姿が視界に入った。
何人かがまとめて現れる。
"ふぅん。予想どおり強盗団って感じですねぇ"
素早く観察しておく。
薄汚れた革鎧を着て、短剣や棍棒で武装している。
全員が似たような感じだ。
中に1人だけ、きちんと長剣を装備している者がいる。
あいつだけは腕が立ちそうだとユスティナは判断した。
冷静な状況判断が出来ている。
「えらいねえ、聖女様は。本当に自分だけでいらっしゃるとはねえ」
男達の中から1人が声をかけてきた。
ユスティナは黙っている。
その沈黙を恐怖で固まっていると思ったのだろう。
左右と背後からも声がかかった。
「あんなちんけな村を守るために単身乗り込むとはなあ。度胸があるっつうか」
「とびっきりの美人じゃねえか。たまんねえなあ」
「怖がることはねえぜ。大人しくしてれば可愛がってやるからよ。俺たちみたいな盗賊団にゃ滅多にお目にかかれねえ上玉だからな」
予想どおりの下卑た声が歓声と共に聞こえてきた。
女目当てに村人を傷つけ怖がらせたというわけだ。
ガラの悪さもここに極まれりである。
ユスティナは顔をしかめた。
「こんなことだろうとは思ってましたけどねぇ」と小声でぼやいた。
なるほど、盗賊団か。
じり、と賊達が包囲の輪を縮めた。
「聖女がエリートとはいっても所詮は後衛職だからなあ。荒事に直接立ち向かえるほどの腕も度胸もねえよ」と誰かが言った。
普通はそうだ。
戦闘における聖女の特徴は回復や補助の呪文に長けることである。
正直なところ、格闘戦では素人と大して変わらない。
だからだろう。
男達も自分達の有利を確信している。
ユスティナに肉欲に濁った目を向けていた。
「こんな田舎に聖女様とはついてるぜ、俺達は」
「その邪魔な杖を捨てな。下手に抵抗すりゃ腕の一本も持っていくからよお」
「ちょっとくらい泣き叫んでくれた方が興奮するってもんだ」
聞くに堪えない暴言である。
しかしユスティナの表情は変わらない。
至って穏やかなままだ。
むしろ無表情と言ったほうが近い。
その可憐な唇が笑みの形に開いた。
「それだけですかぁ?」
「あ?」
賊達が立ち止まった。
双方の間合いは僅かに数歩。
「あなた達の遺言はそれだけですかぁって聞いているんですよ〜。独創性の欠片もない脅し文句。下半身の本能だけで行動するそこらの野良犬にも劣る行動原理。カスの見本みたいなあなた達の語彙力じゃそんなもんなんですかぁってわざわざ聞いてあげてるんですけどぉ」
ユスティナは皮肉っぽく目を細めた。
その顔に似つかわしくない痛烈な罵倒に賊達が顔を引き攣らせた。
「このクソ聖女が」
「調子乗ってんじゃねえよ。すぐに俺等の下でヒイヒイ言わせてやる」
「逆ですよ、逆ぅ。ヒイヒイ泣きわめくのは」
ぽんとユスティナは聖杖を地面に放り投げた。
灯火の向きが変わり、ユスティナの姿を浮かび上がらせる。
「あなた達腐ったドブネズミ達ですからぁ!!」
次の瞬間。
賊の1人が弾け飛んだ。
近くの太い木に叩きつけられる。
木の表面にミシリとひびが入った。
ゴ、と声にならない呻きだけが残った。
「ば、馬鹿な!?」
「たった一撃でぇ!?」
「しかも素手だぞ......!」
衝撃が抜けきれず、賊共はユスティナに襲いかかる機を逃した。
獲物を構え直すのが精一杯だ。
一方ユスティナは余裕綽々である。
両の拳を構え軽くその場でステップを踏んでいる。
普段は穏やかな青い目が鬼火の如くぎらぎらと青白く輝いていた。
「さあ、愉しませてくださいねぇ、ドブネズミさん達〜」
ユスティナ・リーベンデールの本領が発揮される。




