表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/13

第六話 どこかの誰かが村人を傷つけました これはもう許せないですね

 日常は唐突に破られる。


「聖女様っ、すいません!」


「どうしましたか〜?」


「け、怪我人がっ、それもかなりの重傷でっ」


 家に駆け込んできた村人が息を切らして訴えてきた。

 ユスティナは即座に反応する。

 外は夕刻。

 本日はあいにくの雨模様。

 小雨降りしきる中、村人の先導に従いひた走る。

 はね上がった泥が足元を汚す。

 だが気にしている場合ではない。


 小さな村だ。

 すぐに現場に到着した。

 村の入り口付近。

 防護柵が一部開き、門となっている辺りだ。

 数人の村人がひざまずいている。


「どいてくださいー」


 声をかけながら割り込んだ。

 男が1人うつぶせに倒れている。

 低い呻き声が食いしばった口元から漏れていた。

 傷の詳細は調べるまでも無かった。

 右肩裏の辺り。

 刺し傷だ。

 恐らく小さなナイフのような刃物で刺されたのだろう。

 流れる血の量は多くはない。

 だが放置すれば出血多量で死に至る。


 そこまで分かればもう十分。

 ユスティナは右手を傷口に触れた。

 小声で詠唱を開始する。

 効力はすぐに発生した。


「おお、みるみるうちに傷口が塞がっていく」


「血も止まったみたいだ」


「よ、良かった。助かった。さすがは聖女様だ」


 村人達が安堵の声をあげた。

 ユスティナはこくんと頷く。


回復(ヒール)さえかければこのくらいはすぐに治りますよぉ。とにかく助かって良かったですぅ」


 回復(ヒール)は最も初歩の回復呪文である。

 外部から受けた肉体的な損傷を治すことが出来る。

 増血効果もあるため、出血でふらふら状態でも立てるようになる。

 難易度と使用頻度の両方から、最も馴染みのある回復呪文と言えた。


 回復術士(ヒーラー)でも回復(ヒール)は唱えることが出来る。

 だがこれほど急速に傷を癒やすことは出来ない。

 このレベルの傷をとりあえず塞ぐには、並の回復術士(ヒーラー)であれば5分以上はかかるだろう。

 聖女が重宝される理由も分かるというものだ。


「えーと立てますかぁ」


 ユスティナの気が抜けた声に男は頷いた。


「もう一発やっときますぅ?」


「いえ、大丈夫です......はぁ」


 男はどうにか身を起こした。

 恐る恐る右肩の傷口に触れる。

 その顔が安堵と恐怖両方の感情に揺れていた。

 安堵は分かる。

 恐怖は何だろうか?


「いえ、大したことは出来てませんからねぇ。ところでー」


 そこでユスティナは言葉を切った。

 男と視線が合った。

 落ち着いたトーンの声で話す。


「その傷、どうされたんですかー。明らかに人為的なものですねぇ」 


 ユスティナの声にその場の全員がハッとする。

 そうだ。

 単なる事故の怪我というのはあり得ない。

 人為的な刺し傷となると事件である。

 男は顔を強張らせた。

 その声が震えている。


「近くの森でやられたんです。薪の材料を拾いに行っていて。少し奥まで踏み込んだ時に何人かに囲まれて」


 その時のことを思い出したのだろう。

 青ざめた顔色になっている。


「全員顔を黒っぽい布で隠していました。やばいと思って逃げようとしたけど遅かった。囲まれて袋だたきにされ、最後に肩に一撃食らったんです......」


 そこまで話したところで男は右手を上着のポケットに入れた。


「地面に這いつくばってる時にこんなものを渡されて、言われました」


 ∼∼お前の村に聖女がいるだろう。

 ∼∼これを見せておけ。


 男がポケットから出したのは粗末な羊皮紙だ。

 受け取ってユスティナは目を通す。

 書き殴ったような荒っぽい文字で短い文章が書いてあった。

 声に出して読んでみる。


「コルデン村の聖女に告ぐ。明日の晩刻、森に1人で来い。警備兵などに告げれば更に村の者を襲う......だそうです」


 悪意そのものの脅迫状である。

 周囲の村人達は引きつった顔になっている。

 口々に「どうすればええんじゃ」「このままじゃ聖女様が」「役人に報告するべきか」「けど、そんなことしたら」と意見というか思いつきを発していた。

 とりあえず何か話さないと心が保たないようだ。

 そんな状態で建設的な意見など出るはずもない。


 当事者のユスティナは沈黙している。

 一見怯えているようにしか見えない。

 うつむき気味のまま正体不明の集団、恐らく盗賊か山賊だろうが、の凶行を恐れているのだろうか。


 否。

 断じて否。

 ユスティナは並の聖女ではない。

 あらゆる点において平均的な聖女からかけ離れている。


「皆さん落ち着いてください〜」


 間延びした声が響いた。

 まだ雨は止んでいない。

 か細い雨に濡れ、ユスティナの金色の髪がきらきらと輝いた。


「こんな酷いことをする奴等、ぶっ飛ばしてやればいいんですよぉ。お望み通り私だけで行ってやりますぅ」


 思わぬ宣言である。

 これには村人達も驚いた。


「そんなこと出来るわけがねえでしょう! 酷い目に遭うに決まってんじゃねえですか!」


「そうですよお、聖女様。聖女様みたいな可愛らしい娘が無法者の集団に取っ捕まったら、それこそ!」


「むしろ村の者総出で聖女様を守らねえといけないんじゃねえですか」


 村人達にも矜持がある。

 ユスティナは赴任以来、献身的に怪我や病気を治してくれた。

 その恩義に応えねばならないのではないか。

 現実的に戦う術があるかどうかは二の次だ。

 だがユスティナはこの申し出をやんわりと拒否した。


「相手が何者なのか分からないんですよぉ。もしこの無法者の集団がこの村を襲撃したとしましょうかぁ。専守防衛に徹すれば守り通せるかもですよねー。でもわざわざ相手の言うがままに出向いたら思う壺ですよー」


「で、でも」


「それなら聖女様もコルデン村から出なければええじゃないですか!」


「それっていつまでそうするんですかぁ? 相手はいつ襲ってくるか分かんないんですよぉ。私だけじゃなく皆さんも村から一歩も出られないんです〜。すぐに行き詰まっちゃいますよぉ」


 ユスティナの言う通りだった。

 日々の生活の糧を手に入れるため、どうしても村の外へ出る必要がある。

 畑仕事、家畜の世話、草原や森での採取活動。

 こういう作業を停止して村に立てこもるのが不可能とは言わない。

 けれど綿密な事前準備が必要だ。


 ユスティナは村人達の沈黙を肯定と受け取った。

 重苦しい雰囲気を聖女の軽やかな声が破る。


「大丈夫ですよぉ。私に任せておいてください〜」


 明るいというより必要以上にウキウキしている。

 しかも本心からだ。

 けれどもその場の全員が強がるための演技だと思っていた。


「大船に乗った気分でいてくださいねぇ。それじゃあー」


 くるりとユスティナは背を向けた。

 夜の帳が下りる中、聖女の小さな肩が細い雨に濡れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ