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第四話 田舎は平和です ちょっと物足りないですけど

「そろそろ到着しますよ、聖女様」


「はあーい」


 馬車からの風景をぼーっと見ていた時だった。

 ユスティナは馭者にゆるく返事をする。

 彼女はやっとかと安堵していた。

 クッションの効いた座席ではあったが、いい加減お尻も痛い。

 王都ガルステランを出て四日目になる。

 馬車の周りには騎兵が5人、護衛として付いていた。

 彼らの乗る馬の蹄音がリズミカルに響く。


 "やっぱり田舎なんですねぇ"


 晩春なのにどことなく荒涼とした景色である。

 丈の短い草とゴツゴツした白っぽい岩が目立つ。

 北に行くにつれ標高はやや上がった。

 街道は低山の麓を縫うように伸びている。

 王都ガルステラン周辺はだだっ広い草原だった。

 それに比べると辺境っぽさは否めない。


 "ま、いいかぁ。どこにでもいいところはありますしぃ"


 ユスティナは前向きに捉えることにした。

 基本的にポジティブなのは彼女の長所である。

 もっとも彼女の指す「いいところ」と言うのは一般的には理解し難いのだが。


「あのぉ、この辺りって危険なことってありますかぁ。魔物が出現したり盗賊が襲ってきたりとかー」


「無いとは言えないですね。王都の辺りとは違うので」


 騎兵の1人がユスティナの問いに答えた。

 ちらりと視線を周囲にやり、更に口を開く。


「とはいえ知れています。ゴブリン、コボルトといった低級な魔物が時折見られる程度ですかね。盗賊も大規模な集団は報告されておりません」


「はぁ、そうなんですねぇ」


「ええ。正規兵による巡回が定期的に行われておりますから。少なくともコルデンまでは安全と言っていいかと」


「分かりました。ありがとうございますー」


 ユスティナはボーッとした声で礼を言った。

 騎兵はその声の調子を安堵と取ったのだろう。

「ご安心ください」と付け加えた。


 しかしこの時、騎兵はユスティナの内心を読み違えていた。

 彼女はこう思っていたのだ。

「こんな田舎なら敵がたくさんいるかと期待していたんですけどねぇ」と。

 もっとも口に出さないだけの良識はある。


 遠慮なく殴り倒せる相手がいてほしい。

 出来ればたくさんいた方が望ましい。

 結局のところ、ユスティナはこの欲求さえ満たされればいいのだ。

 どうせなら王都では出来ないことをやりたい。


 馬車が最後の登りを越えた。

「ああ、見えてきましたね」と先ほどの騎兵が言う。

 ユスティナは馬車の窓から顔を突き出した。 

 前方やや左手に集落を発見した。

 山の麓にへばりついているように見える。

 茶色い防護柵がぐるりと囲んでいた。

 その柵の存在にユスティナは胸を高鳴らせる。


 "まーったく安全ってわけでも無いんでしょうねぇ"


 華奢な拳がギュッと握られる。

 緊張ではなく期待感からだ。

 ほどなく一行はコルデン村に到着した。

 危険思想に染まった聖女が来たとは誰も思っていないだろう。


† † †


「聖女様のおかげで病床から出られるようになりました。本当にありがとうございます。何とお礼を言ってよいやら」


「このまま治らなかったらどうしようって皆で暗い顔をしていたんですよ。これも聖女様がいらっしゃってくれたおかげです」


「いえいえ、そんなぁ。当然のことをしたまでですぅ〜」


 中年の夫婦に頭を下げられ礼を言われた。

 ユスティナとしても悪い気はしない。

 妻の方が肺を悪くしてしばらく寝込んでいたのだ。

 ユスティナがコルデンに赴任した時には既に三週間ほど調子を崩していた。


「大したことは本当にしていないですからぁ。ちょっとお薬を調合して、健康祈願(グッドヘルス)を唱えただけですよー」


 とはいえユスティナは知っている。

 聖女にとっては簡単なことであっても、ほとんどの人にとっては手の届かない治療法であることを。

 民間の回復術士(ヒーラー)でもこれくらいの治療は出来るだろう。

 だが高額の治療費を請求されるのは間違いない。

 時間ももっとかかる。


 "基本的に聖女のお仕事って無償なんですよねぇ"


 だからこそ敬われるというのは確かだ。

 自分達が苦労して身に付けた技能(スキル)が無料なのか、とちょっと疑問に思わなくもないが。

 しかしユスティナも異を唱えるようなことはしない。

 聖女への報酬は法皇庁からきちんと支払われるからだ。

 あくまで治療の対象者から直接もらうことがないだけだ。


 人に感謝されるのは気持ちがいい。

 そういう点はユスティナも常人と同じ感覚である。

 ただし嬉しいだけで楽しくはない。

 ついぼそっと本心を口にしてしまった。


「やっぱり殴ってこそですよねぇ」


「何かおっしゃいましたか?」


「いえ、何もっ。それでは失礼しますー。お大事にー」


 慌てて立ち上がりその場を去った。

 粗末な煉瓦造りの家を出ると陽光が眩しい。

 晩春の陽気がコルデン村全体を包んでいる。

 左右を見れば遠方に険しい岩山がそびえ立っている。

 岩稜から吹き下ろす風も村までくれば涼やかなそよ風だ。

 ユスティナの金色の髪が風にそよぐ。

 通りがかった農夫達が「これは聖女様。こんにちは」と笑顔で挨拶してくれた。

 ユスティナも「こんにちはー。農作業に精が出ますねぇ」と手を振って応える。


「あはは、働かんと食べていけないですからのお」


「うんうん。おお、この間はうちの子の怪我を治していただいて助かりました。足を酷く捻って難儀しておりましたから」


「こんな小さな村に聖女様がいらっしゃるなんてほんとに夢のようです。皆、安心して働けます」


 笑顔を向けられ感謝されるのには慣れている。

 ただ、王都の人に比べるとその表現が素朴でストレートだ。

 洗練されてはいないが温かい。


「いえー、私もこれがお仕事ですから当然ですよぉ。皆さんも農作業で怪我したらご遠慮なくおっしゃってくださいねぇ」


 ユスティナも人間である。

 褒められて悪い気はしない。

 なのでこの言葉もリップサービスと本音が2:8の割合だ。

「その時には頼りにさせていただきます」と頭を下げる農夫達と別れた。

 帰途につきながら考える。


 "悪くはないんですよねぇ"


 最初は地方勤務なんてと気がすすまなかった。

 けれども住めば都という言葉もある。

 村には村の良さがあると分かってきた。

 あと物足りないとすればやはり。


 "誰か殴りたいですねぇ。思い切り"


 ユスティナの体が疼く。

 心が咆哮する。

 この一ヶ月、一度も拳を振るっていない。

 そろそろ我慢出来なくなりそうだ。

 周囲に誰もいないのを確認する。

 ぼそりと呟いた。


「誰か襲ってきませんかねぇ。遠慮なくぶちのめしてあげますよぉー」


 彼女は知る(よし)もない。

 この物騒な願いが現実になるまでさほど時間はかからないことを。





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