最終話 こんな聖女でも愛されています 私は幸せですね
ある日フローレンス・ラニエッタは法皇庁に呼び出された。
彼女も聖女なのでそれ自体は不思議ではない。
おかしいのは呼び出された用件だ。
『聖女ユスティナ・リーベンデールの件で話し合いたし』
封書の中身はこれだけ。
素っ気ないことこの上ない。
裏にはゼアード・ホルガーと署名がある。
正式な呼び出しには違いないだろう。
だが何となく不穏なものがある。
「あの子、また何かやらかしたのかしら」
フローレンスは苦笑した。
恐らく、いやきっとそうだろう。
† † †
翌日。
フローレンスはゼアードの執務室に赴いた。
部屋の主は渋い顔だ。
挨拶もそこそこに「どういったご用件でしょうか」と自分から切り出した。
ゼアードはため息をついた。
懐から何か取り出してフローレンスに渡す。
手紙のようである。
すでに封は切られている。
「こちらは?」
「聖女ユスティナからのものだよ。先日コルデン村から届いた」
「もう読まれていますよね。そのお顔だと」
「その上でこの表情になっている。とりあえず読んでもらえないか」
ゼアードはそれきり黙った
視線は窓の外へと向いていた。
フローレンスは口を開きかけたが結局黙った。
ユスティナからという手紙を開く。
躍動感溢れる文字で実にいきいきと文章が綴られていた。
内容としてはちょっと、こう、大きな声では言い難い内容だったが。
それでもフローレンスはちゃんと最初から最後まで読み通した。
実にユスティナらしい。
感想を一言で述べるとしたらこうなる。
さて、ゼアードに何と言うべきだろう。
考えながら口を開く。
「コルデン村の危機をたった1人で救ったのなら立派な業績ですよね。状況的にも彼女が赴くしかなかったようですし」
ゼアードは沈黙している。
「盗賊団には負傷者こそいるけれど死者は無し。役所に全員引き渡したと。手続き的にも問題はないですね」
「......ああ」
ようやくゼアードは反応した。
ただし目はまだ窓の外へ向けている。
そうか。
やはりこの一番まずい部分に触れないといけないのか。
フローレンスは恐る恐る言う。
「まあ、ただ。こう、ちょっと何と言いますか。ユスティナらしいやり方が度が過ぎてしまった部分はあったのかなあと」
「そこだよ、そこぉ!」
いきなりゼアードは立ち上がった。
机をバァンと勢いよく叩く。
「報告としてはよく出来ている。村を救ったのは良い。そこはまったく問題ないのだ。ただし不要な部分が多過ぎるんだよ!」
今度はフローレンスが沈黙する番だ。
彼女は視線を足元へ落とした。
ゼアードの気持ちも分かるからだ。
ぶんぶんと両手を振り回しながらゼアードは訴える。
「前半の活劇部分はまあいい。20人以上を叩きのめしたなら多少筆が乗ってもおかしくはない。しかし最後の方だよ、問題は! 何で夜明けまで捕縛した賊達を殴ってるの!? しかもわざわざほんとに楽しかったですって書く必要あるの!?」
「や、それはきっと」
「きっと、何だねっ」
「ゆ、ユスティナも戦いの後でテンションが上がっていたんですよ。きっと、多分」
「声が上ずっているぞ、聖女フローレンス」
ゼアードはじろりとフローレンスを睨んだ。
フローレンスは沈黙した。
余計なことは言うまいと心に決めた。
その間にもゼアードの爆発は続く。
「木にくくりつけた賊を殴って回復、殴って回復、殴って回復ってここのくだり必要か!? しかも実にいきいきと描写されているのが腹が立つ! 悪人の改心のためです。もちろん傷が残ってはいけないのできちんと回復し続けました。魂の救済のためには人の優しさに触れることも必要なので。最後には泣いて赦しを乞うようになりました。もうやめてくれって。改心成功です......って何をぬけぬけと書いとるんだ、あの型破り聖女は!!」
フローレンスは「ああ、はい」とだけしか言わなかった。
ゼアードの爆発はまだ続いている。
「殺してください、もう無理ですと賊達は涙と鼻水を流しながら訴えてきましたが。私は心を鬼にして回復をかけて傷を治しました。そしてまた殴り倒しました。本当に楽し、いえ、この悪に染まった者達を救済したかったからです。一度地獄を見せておかないといけない。こう思ったのです......っ、かーっ、どの口が言ってるんだ! 楽しかったと書きかけて慌てて消してあるじゃないか、馬鹿もんがー!!」
そこまで言ってようやくゼアードの憤慨は収まった。
肩で息をついている。
恐る恐るフローレンスは「大丈夫ですか。気を確かに、ゼアードさん」と言ってみた。
ゼアードは首を横に振る。
ああ、これは。
「この手紙、コルデン村の村長と役所の人間も見ているのだよ。報告書も兼ねているので内容の確認の為にな」
「あっ」
「つまりユスティナがどのように盗賊団を扱ったのか知れ渡ってしまっているんだよ。こんな人を殴ることが楽しいなんて聖女の存在が広まったらまずいんだよ。私の立場的にも」
「本音はそこですよね」
「率直に言わせてもらえればな」
こういう部分でゼアードは割と人間くさい。
中間管理職の悲哀が両肩に乗っている。
フローレンスは困った。
その時、ゼアードの机の上にもう一通手紙があるのを発見した。
「それは?」と聞いてみる。
ゼアードは目をちらりとそちらに向けた。
「感謝状だよ」
「役所からのですか?」
「いや、コルデン村の住人達からだ。あの子が勇気を出して自分達を救ってくれたことに感激したらしい。こんな田舎の村に聖女が来てくれて嬉しいとも書いてある」
「ああ、でしたら」
ふふ、とフローレンスは笑った。
自分の表情が優しくなるのが分かる。
「良かったじゃないですか。彼女を受け入れてくれる人達がいるってことですから」
「だといいがな。普通はこんな暴力的な聖女なんて嫌だろう。それが心配なんだよ」
「そういう部分も含めてユスティナは聖女なんですよ。あの子なりに」
フローレンスもユスティナのことを理解出来ているかどうか分からない。
だがこれだけは自信を持って言える。
どこに行ってもユスティナは自分を曲げないだろう。
「私はただ人を殴ることが楽しいだけです〜」と自分の主義を通すだろう。
その主義で救われる人がいるなら。
認めてあげるべきではなかろうか。
「どうしようもなくなったら私もフォローしますから」
「その時は頼むよ、聖女フローレンス。しかしこの性格だとあの子は結婚出来るのだろうか。心配だ」
「法皇庁って聖女の結婚まで心配しなきゃいけないんですか?」
フローレンスの意外そうな声にゼアードは眉を上げた。
「義務ではないがね。他家の大切なご息女をお預かりして聖女にしているんだ。幸せになってほしい気持ちはあるよ」
「お優しいんですねえ」
「ふん」
ゼアードはフローレンスから視線を外した。
再び窓の外へと目を向ける。
フローレンスもつられてそちらを見た。
よく晴れた空の青さが自然とユスティナの目の色を連想させた。
† † †
「いやぁ、やっぱりゴブリンみたいな人型の魔物でもいいですけどぉ。人間を殴る方が楽しいですよねぇ。積み上げてきた人生をぶっ壊す快感があるというか何と言うか〜」
ユスティナ・リーベンデールは今日もどこかで楽しそうに誰かを殴りつけて回復している。
相手は悪人に限るという条件付きで。
∼Fin∼




