第十二話 さあ、フィナーレです 格の違いを見せてあげます
夜の森にただならぬ気配が満ちていた。
気配に敏感な小動物や鳥が一斉に逃げ出している。
ガサガサと葉っぱが揺れ、小さく鳴き声が聞こえてくる。
首領もまだ残っている賊達も出来ることなら逃げたい。
だがそれは無理なことも分かっていた。
この異様な気配の中心たる聖女に目が釘付けになっているからだ。
つまりは怖いもの見たさに近い。
「な、何だ。何なんだ、お前はっ!?」
「何って聖女ですけど〜」
首領が叫び声を上げ、ユスティナが緩く応じた。
ユスティナの声は先ほどと変わらない。
変わったのは気配と姿だ。
「ちょっと失礼じゃないですかぁ。髪と目の色が変わっただけなのに〜」
見た目はその通りである。
ユスティナの髪の色は輝くような金色から黒色へと変わっていた。
まるで昼から夜へ時間が流れたかのように。
目の色も変わった。
透き通るような青色からやや暗い赤色へ。
瞬きをすると赤い残光がちらちらと闇の中に残る。
ユスティナは「あ、これ気になりますかぁ? 魔力の燃えかすですぅ」と微笑した。
姿が変わったことも驚きではある。
だが一番のポイントはそこではない。
首領がようやく声を振り絞った。
「何だよ......その凶暴な気配は。まったく本気じゃなかったってのか」
剣を合わせなくても分かる。
この聖女は先ほどまでとは段違いに強い。
けれど本人は気負ってもいない。
何でもなさそうに「いやぁ、本気ではありましたよぉ。全力じゃなかっただけですー」と言う。
夜の闇に髪が溶け込んでいるように見えた。
燃える赤い両眼が首領を捉える。
「私の魔力燃焼は使う魔力の量を変えられるんですよぉ。さっきまでがそうですねー。20%ってところで」
「じゃあ、今は」
「30%です〜。久しぶりですよ、このくらい一気に燃焼させるのはぁ」
ユスティナの言葉に首領が固まった。
これほどまでに余力を隠していたのか。
しかもまだまだ上がある。
駄目だ。
勝ち目が無い。
だがそれでも自分から敗北を認めるのは。
「やる前から諦めてりゃ世話ねえよな」
ぎりりと歯を食いしばった。
ユスティナは頷いた。
「そうですよー。私、30%まで使ったの久しぶりなんですー。誇っていいですよー。がんばれがんばれ」
この無邪気な言葉の何と残酷なことか。
黒髪となった聖女は前に出る。
じっと首領の剣先を見つめていた。
その暴力的な気配が首領の四肢を硬直させた。
猫に睨まれるネズミ。
いや、獅子に睨まれる兎よりも酷い。
「ふっ」
ユスティナは呼気を鋭く吐き出した。
次の瞬間、彼女は首領の背中を取った。
まったく苦も無く簡単に。
あり得ない。
目に止まらない程のスピードはまさに神速。
それでも本人は澄ました顔だ。
チョンチョンと首領の背中を指で突く。
「こっちですよぉ」
首領が何やらわめきながら振り返る。
脳みそが驚愕と恐怖でぐちゃぐちゃだ。
だがその振り返るスピードに合わせて同じ方向に逃げた。
まったく視界に入らせない。
背後を取り続けている。
「無理無理ぃ。魔力燃焼30%の私を捉えられるのは」
言いながら右足を軽く出した。
首領の左足をタイミングよく刈る。
首領の体が地面に転がった。
胸から転がったので肺の中の空気が押し出される。
「達人クラスの戦闘職くらいでしょうから〜」
言いながら右拳を振り下ろした。
首領の鼻先でピタリと止まる。
掛け値無しの剛拳だ。
もし打ち下ろされていれば顔が半壊していただろう。
首領も馬鹿ではない。
当たらなくてもそれくらいは分かる。
「さぁてと。勝負あったってことでいいですか〜?」
「......ああ。参った」
見下ろすユスティナ。
見上げる首領。
これほど分かりやすい勝ち負けの構図は無い。
あまりにも呆気ない幕引きだった。
首領の戦意は粉微塵に打ち砕かれた。
こんなはずではなかったのに。
聖女を拉致して好き放題に出来るはずだったのに。
「見通しが甘かったか」
首領はため息をついた。
こんなことなら手を出さなきゃよかった。
欲を出したのが運の尽きだ。
「いえいえ〜。普通なら成功していたでしょうねぇ。相手が悪かったんですよぉ」
ユスティナはというと得意満面だ。
もう髪と目の色は元の金色と青に戻っている。
魔力燃焼30%以上はそれなりに疲れるのだ。
時間も結構経過している。
晩刻から始まって戦い通しだ。
それでも夜明けまでにはまだ時間がある。
とりあえず首領の武器を取り上げた。
おかしなことをしないようにそこらの木にくくりつける。
無傷の4人も同様だ。
一応これで全員倒したと言っていいだろう。
地面に転がっている賊達もうめき声をあげているだけ。
ならばやることは終わった。
あとは何か無いかと考えてみたところ。
「あっ、そうだ。まだ時間ありますよねぇ」
「えっ」
ユスティナのぼそっとした呟きに首領達が反応した。
このまま朝を迎えてそれから役人に引き渡されるのではないのか。
残念だがそれは仕方がない。
盗賊団などやっていれば心の片隅でそんなこともあると思っている。
けれどあの聖女の呟きは何だ。
嫌な予感しかしない。
「お役人に引き渡しての裁きはあくまで公的な処罰を与えるだけなので〜」
「え、あ、いや」
「夜通しつきあわされた私個人からの処罰を与えようかと思うんですよぉ」
「遠慮させてください!」
首領の声は引きつっている。
同じように4人の賊も「け、結構です!」とわめいていた。
だがユスティナは聞いていない。
肩をすくめただけだ。
「遠慮しないでください。私、聖女ですから。あなた達の魂の更生に勤しむだけですー」
「も、もう十分ですからっ」
「はあ、聞こえないですね〜。こう、やっぱり地獄の苦しみを経験しないと人間悔い改めませんからねぇ。大丈夫ですよ」
恐怖の余り首領達は声も出ない。
ユスティナはにっこりと笑った。
「痛い思いをしてもすぐに回復で治しますのでぇ。皆さん大船に乗った気持ちでいてくださいね〜」
夜明けまでの時間は長い。




