第十一話 なかなかやりますね さあ、どうしますか
実質戦えるのは自分だけ。
手下達は失神しているか戦意喪失している。
首領からすれば追い込まれた状況だ。
窮地である。
だがここから逆転の目が無いわけでもない。
ユスティナの動きの癖は大体分かったからだ。
初見なら一方的にのされていただろう。
けれども今ならどうにかなるはずだ。
「降参させて脅せばいいさ」
独りごちる。
とにかくこちらの負傷者を治してもらう。
あとはもう好きにしよう。
正直この聖女は怖い。
何をするか分からない不気味さがある。
不気味な聖女って何なんだ。
首領は自分で自分に突っ込まざるをえなかった。
まあいい。
そんなことは二の次だ。
まずは勝たなくては話にならない。
こちらの剣を警戒しているのだろう。
聖女も無闇に仕掛けてこない。
ならば。
「行っくぜええええぇ！」
先制攻撃は首領からだ。
八相からの豪快な斬り下ろし。
ユスティナが回避すれば追撃の横薙ぎ。
連続する剣閃がユスティナを襲う。
"おおっとっと。さすがにこれは"
これまでと違い、ユスティナは全神経を防御に注いでいた。
相手の武器はきちんとした長剣だ。
リーチも長い。
棍棒や短剣と一緒には出来ない。
当たれば無事には済まないだろう。
防御の手段が無いわけではない。
でもまずは回避だ。
攻める首領、避けるユスティナ。
剣撃の合間を突いてユスティナも拳を繰り出す。
ほぼ互角。
強いて言うならば首領が僅かに優勢か。
首領が踏み込んできた。
それまでの両手持ちから左手一本にして。
ユスティナは瞬時にそれを見てとった。
思考と反射が同時に起こる。
これまでより一歩分多めのスウェーバック。
刃がユスティナの鼻先を通過する。
冷や汗が背中を伝った。
「っ、やりますねえ」
両手持ちより片手持ちの方がリーチが伸びる。
それを利用して当てにきたか。
盗賊にしては攻撃の組み立てが上手い。
最初の内は全部両手持ちにしていたのは恐らくこの為の布石。
しかしここは見抜いたユスティナが一枚上手だった。
"ピンチの後は"
ぎりぎりの回避は反撃に繋ぐため。
"チャンスあり！"
スウェーバックの反動を活かして前に飛び出す。
首領が剣を引き戻して防御、いや、構うものか。
「でいっ！」
ユスティナの左拳が唸りを上げた。
相手の顔面めがけて一直線。
ギンと鈍い音がする。
拳は長剣の刃に当たっただけだ。
ぎりぎり防御が間に合ったらしい。
むしろユスティナの左拳が切れていないだけましか。
首領が目を見張っている。
こちらが攻勢に出たことにか。
それとも手が長剣とぶつかったのに傷つかないことにか。
ユスティナは「別に不思議じゃないでしょお」と不敵に笑った。
魔力を両腕に集中させた。
それだけのことである。
今のユスティナの両腕の硬度は鍛造した鋼に匹敵する。
だからこんなことも出来る。
「ぬぬぬぬ......！」と力任せに左拳を長剣の刃に押し込む。
ギャリギャリと金属音が夜の森に響き渡った。
鍔迫り合いである。
大の男が持った長剣に華奢な少女が拳を合わせての。
何とも奇妙でそれでいて戦慄するような光景だ。
互角。
いや、むしろユスティナの方が僅かに押していた。
首領が目を見張る。
「何っ」
ここで押し負ければペースを掴まれる。
必死で押し返した。
地味だが息を呑むような展開だった。
わざと力を抜いて相手を崩すのは危険だ。
逆に押し込まれるだけ。
実際にはそれほど長い時間ではなかっただろう。
30秒か長くても40秒といったところか。
しかし当人同士には異様に長く感じられる時間だった。
この勝負どころで優勢に立ったのは。
「はああああぁっ！！」
ユスティナだった。
渾身の力を込めた。
首領の方に長剣が傾いた。
相手が怯むのが分かった。
剣の圧力が緩む。
僅かな余裕ではあった。
けれども貴重な余裕である。
ユスティナは右手を伸ばした。
首領の左手首を掴むことに成功。
こちらの狙いが分かったのだろう。
首領が必死に振り払おうとする。
だが。
「遅いです〜」
ユスティナは右手の全握力で潰しにかかった。
骨までイッてしまえとばかりに容赦なく。
みしみしという低い音が響く。
首領が「ぐっ、くそがッ」と呻いた。
ユスティナはここで一気に決めたかった。
だがそうは簡単にはいかない。
突然目に痛みが走った。
口の中が苦い。
これは土の塊か。
思わず体勢を崩してしまった。
咄嗟に相手を突き飛ばして間合いを稼ぐしかなかった。
何が起こったのかは分かったのはその時だ。
「ああ。つま先で地面の土を蹴って目潰しですかぁ」
盗賊らしい小細工とは言わない。
使えるものは何でも使うのは戦いの基本だ。
むしろ咄嗟によくやったと称賛したくなる。
とはいえ千載一遇の好機を逃した。
ユスティナとしてはここで決めたかったのは確かだ。
「こうも粘るとはやりますね〜」
「強がるなよ、聖女さん。もう隙は与えねえ」
「へー。それはそれは楽しみです〜」
軽口を叩いてはいるがユスティナにしても痛い。
せっかく接近戦に持ち込んだのにやり直しである。
しかも相手はより警戒を強めている。
その証拠に構えが変わっている。
八相から中段へ。
より基本に忠実な攻防のバランスが取れた構えだ。
ユスティナのスピードをもってしても飛び込めるかどうか。
"持久戦はこちらに不利でしょうねぇ"
1vs1ならともかく敵は目の前の相手だけではない。
4人ほぼ無傷の手下がいる。
今はまだ遠巻きにしておりちょっかいはかけてこない。
だが戦いが長期になればどうか。
首領を助けるために死地に飛び込んでくるかもしれない。
"それに倒れている人達もまだ動けるかもですし"
ユスティナも聖職者の端くれである。
悪人だからといって無闇に命は奪わない。
倒れている賊達にも一応手加減はしている。
もっとも「更に殴りたいから回復をかけまーす」というのは手加減ではなく、彼女の性癖なのだが。
とにかく致命傷を負わせた敵はいない。
つまり自然回復する可能性は十分ある。
また包囲されてもユスティナは負ける気はない。
だがまた同じことの繰り返しというのも面白くない。
考えている間に首領が攻勢に出てきた。
痛めた左手に負荷をかけないよう、右手主体に剣を握っている。
突きを中心とした安定感のある攻撃だ。
ユスティナはこれを両手で弾く。
防御に徹して相手を崩して隙を作って。
いや、面倒くさい。
「あー、もういいやー！」
不意に大きな声をあげた。
相手の鋭い突きを右手で弾いた。
重い衝撃が手に響いている。
うん、こうも拮抗するとは予想外だった。
首領はニタリと笑みを浮かべた。
「何がもういいんだ。粘るのも限界か？ このまま膠着状態ならジリ貧と判断したのか。だったら賢明だ。降参しなよ、聖女さま」
「逆です、逆〜。もう十分遊んだので」
剣と拳がかち合う。
空中で重い音を立ててぶつかった。
その音にユスティナは自らの言葉を重ねる。
「終わらせてあげますね〜」
ユスティナの青い目の奥に。
ボゥ、と赤い輝きが灯った。
