第十話 壊滅寸前まで追い込みました そろそろ出てきてください
殴る。
回復。
蹴る。
回復。
投げ飛ばす。
回復。
ユスティナのターンが延々と続く。
時間の経過と共に賊達の戦力が確実に削られていく。
体力的な意味だけではなく精神的な意味も含めてだ。
「あっ、そういうことだったんですねぇ」
そして戦いの真っ只中でユスティナは見つけた。
見覚えのある男だ。
あの時と違って表情は険しい。
けれども確かにあの男だ。
酒場で声をかけてきて。
旅の商人と名乗って。
エールを奢ってくれた人。
「お久しぶりです〜。なるほどぉ、商人を装って村に忍び込んでいたんですかぁ。それで謎が解けましたよぉ」
ユスティナは声をかけた。
闇夜を通しても相手の顔が強張っているのが分かる。
返事は無い。
無視されたみたいで何だか寂しい。
「なんでコルデン村に聖女がいるって知ってるのかなあって。着任から二ヶ月も経っているから風の噂で聞いてもおかしくないですけどね〜」
とはいえ風聞だけでは本当にいるのかどうか分からない。
聖女がいるのかどうかわざわざ確かめる為に、偽装して村に入ってきた。
恐らくそんなところだろう。
「そろそろ残り人数も少ないのでーあなたも観念した方がいいですよー」
「ちっ、なめるなよ」
初めて男が口を開いた。
構える。
武器は両手にそれぞれ短剣持ち。
手数の多さで勝負するタイプか。
「俺がやる。手出すなよ」と残った仲間に言ってから前に出た。
もう人数も残り少ない。
まだ木陰に潜むあの長剣の男を含めても6人しかいない。
ユスティナは気を遣ってあげることにした。
「あの、もしよろしければ倒れている人に回復しましょうかぁ? だいぶ静かになっちゃいましたし〜」
「いらねえって......!」
苛々した怒号を発して男が切りかかってくる。
右手で攻撃、左手で防御。
両手の短剣をきちんと使い分けていた。
こいつはそこそこやるとユスティナは踏んだ。
突き出された右の短剣をバックステップでかわす。
中々に鋭い突きだった。
「お、やりますねー」
相手は無言。
連続して右の短剣を振るう。
それを弾きながらユスティナは隙を見て左側へ回り込んだ。
そちらはそちらで相手の左の短剣が牽制してくる。
なるほど、ちゃんと使い分けしているだけはある。
ユスティナは感心した。
ただし感心しただけである。
別に脅威ではない。
「やあっ」
タイミングを見計らった。
相手の攻撃に合わせて間合いを潰す。
右手の横薙ぎ。
甘い。
一歩踏み込み左手の手刀で相手の右手首を打つ。
軽い一撃だったがタイミングはばっちり。
相手の右手から短剣がこぼれ落ちた。
同時に右手を無造作に振るった。
狙いは下から切り上げてきた相手の左手の短剣。
これも見事に叩き落とした。
"お、上手くいきましたぁ"
短剣の刃の部分に自分の右拳の鉄槌をヒットさせたのだ。
これは狙って当ててみた。
当たればどこでも良かったのだが、そこは美意識の問題だ。
相手の顔色が変わる。
「馬鹿な」という呻き声が聞こえた。
明確な技量差の前に絶望しているのだろうか。
「仕方ないじゃないですか〜」
慰めるようにユスティナは言った。
後退する相手に追いすがる。
「あなたが弱いんじゃないですぅ。私が強いだけなんですよぉ」
その声が届いたかどうかは分からない。
ガツンと頭突きを決めたからだ。
飛び上がって思い切り額を叩きつけてやった。
最低でも鼻骨陥没。
下手すれば頚椎捻挫だろう。
相手は地面に横たわってピクピクと震えている。
ユスティナが回復をかけてあげない限り、もう戦えそうにない。
けれどこのまま倒れていた方が幸せかもしれない。
立ち上がってもまた殴られるだけである。
「さあてと。そろそろ出てきたらどうですかぁ。かくれんぼにも飽きた頃だと思いますけど〜」
ユスティナは視界に入っている残り4人は無視した。
まとめて相手どるほどの価値も無い。
彼女が戦いたいのはたった1人。
最初から気になっていた男だ。
木陰に身を潜めているのは分かっていた。
だからこそ声をかけた。
「そうだな。これ以上待っても同じか」
ずい、と男が姿を現した。
「お頭、お願いしやす!」と他の賊が叫ぶ。
なるほど、この長剣の男が盗賊団の首領か。
「真打ち登場ってやつですかー」とユスティナは言う。
その声が弾んでいた。
対する首領は苦々しい顔つきだ。
無理もない。
20人以上の盗賊団がたった1人に蹴散らされたのだ。
それも聖女に。
格闘戦などとても出来そうにない女の子に。
愉快な気持ちになれるはずもない。
そのどろどろした感情のまま、首領は長剣を向けた。
「おお、本気ですねぇ」
ユスティナも構える。
相手はかなりの長身。
盗賊風情にしては剣の構えが堂に入っている。
身に付けている革鎧も上等な代物だ。
何より剣に目を惹かれた。
鍛え上げられた鋼しか持ち得ない冴えた光を帯びている。
厚さと鋭さを兼ね添えた剣身は切れ味十分だろう。
「中々の業物じゃないですか〜。盗賊さんにはもったいないですね〜」
「抜かせ、小娘。俺を手下共と同じと思うなよ」
ユスティナに対して首領は低い声で答える。
構えは八相。
剣身がずいと天空を指している。
柄を握った両手は顔の右前あたり。
攻撃的でありながら中々に隙が無い。
「同じと思っちゃいませんよぉ。ご心配なく〜」
ユスティナも構えた。
両手を軽く握って体の前に。
左足がやや前。
タン、タンとリズミカルにその場でステップを踏む。
さすがにまったく疲れていないわけではない。
けれどもまだまだ体は軽い。
テンションの上がり方を考えると今日一番のコンディションとすら言える。
「ここまで手下に任せてきたが、これじゃそうも言ってられねえからな。まったくとんだ誤算だったぜ」
「そうでしょうねぇ。私みたいな聖女、なかなかいませんよぉ」
「だろうなあ。殴った相手に回復かけてまた殴るなんてな。鬼畜の所業かよ」
「いやぁ、そんなに褒められても困りますぅ」
首領の嫌味がユスティナには通じない。
そもそもユスティナは自分の性癖が一般人とは大きく異なると承知である。
その覚悟の前には多少の批判や嫌味はむしろ褒め言葉であった。
だからこそこんなことも言えるのだ。
「私は自分の好きを貫き通しているだけです〜。人を殴ることってすごく楽しいですよねぇ」
うっとりした目でとんでもないことを言う。
首領は絶句した。
この女には常識ってもんがないのか。
そんな場違いな批判が浮かんだ。
自分が盗賊なのに言えた立場かというのはとりあえず置いておく。
今はともかく。
「こいつの錆にしてやるよ、あばずれ聖女」
ぎらりと闘志を剣身に乗せた。
叩き斬る。
この聖女がどれほどの体術の達人であろうとも。
「あばずれとは何ですか、失礼な〜」
ユスティナはムッとした顔になった。
"この清純派に向かってあろうことかあばずれとは何なんですかぁ"
恐ろしいことに本気でそう思っていた。




