嫉妬×嫉妬
その後も終始ピリピリして、互いに口を利かなかった俺たち湊音ツインズ。
周囲も尋常ではない雰囲気を察し、介入できないという状態が下校時間まで続き、そのまま帰宅。
「兄さん、あれどういう事!?」
そして家に帰って部屋に入ったと思いきや、女の子になった渚がものすごい剣幕で飛び出して俺に詰め寄ってきた。
「あれって何がだよ?」
分かってるのにぶっきらぼうに尋ねているあたり、俺も冷静とは言えないんだろう。
いかんなあ。これから渚を納得させなきゃいけないんだから、クールダウンしよう。
「決まってるじゃない! 栖光さんの女性モデルの件だよ! それは確かに紹介してくれって話を直接持ち掛けられたのが兄さんである以上、決定権が兄さんにあるのは分かるよ。確かに沙凪ちゃん……と言うか僕も女性としてのモデル業は余り乗り気じゃないけどそこはどうでもいいんだ。だけど、沙凪ちゃん……つまり僕にも引けを取らない美少女を紹介してやる、ってどういうこと!? 誰を紹介する気かは知らないけど、兄さんは僕よりその人がいいって言うの!? ううん、それ以前に僕が知らない間にそんな人と知り合いになってたって言うの!?」
「お、おい。そんな一気にまくしたてるな、少しは落ち着いてだな……」
「落ち着いてなんかいられないよ! 授業を受けている間ずっとイライラしてて、女の子になって気分転換すれば少しは落ち着くかなと思ったら、脳も女性化した関係である感情がものすごく膨らんで、こうやって兄さんに文句を言わなきゃ我慢できないくらい感情があふれ出してきちゃったし!」
黒髪を振り乱し、口から唾を飛ばさんばかりの勢いでまくしたてる渚。
目尻に涙を浮かべながら取り乱す姿を見せつけられると、胸がものすごく痛んでくる。
「それについて……と言うか、お前と同じくらい可愛い子を紹介してやるって言ったのは完全に俺の失言だ、すまん」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ! 悪いと思ってるなら今すぐ全裸で土下座を……」
「けど!」
と、渚の言葉にかぶせて俺は続ける。
「“あのモデル”だけは絶対お前にやらせたくないと思ったから、強引に代役を立ててでも他人に決めちまおうと思った気持ちが先走った結果なんだよ!」
ちなみに代役はルージュ先輩を紹介するつもりだ。
失言だったと言え、あの人は渚とはタイプが違っても、同じくらいの美少女なのに変わりはないからな。
……ん?
そう考えると違和感が浮かんできた。
渚級に可愛い女の子、しかも転校生、ついでに洋モノ。
これほどまでの要素が揃ってれば、転校してから一か月以上たってるいま、とっくに先輩の知名度はうなぎ上りになってておかしくないと思うんだが。
……いやいや、今はそんなことはどうでもいいんだ。
「それって、もしかしてヤキモチ焼いてくれてるって事……でいいの? モデルとして衆目に晒されて、男の僕みたいに女の僕にもファンが付くことがイヤだって言うの?」
「当たり前だ!」
いつぞやと似たような展開だが、どうにも最近、女の子になってる渚に対して独占欲が強くなってきているような気がする。
「それが理由の半分」
「もう半分は?」
先ほどとは違う意味で目を潤わせた渚が先を促す。
「コレを見りゃ分かるだろ」
『参考にしてね』とスピーカーに渡されたパンフレットを開いてみせる。
そこに映っていたのは、教会みたいな場所を背景にした新郎新婦。タキシードとウエディングドレス姿の美男美女だった。
「スピーカーの奴は渚……つうか沙凪ちゃんを新婦役でモデルにしたいんだとよ」
……ウエディングドレスを纏った渚が、見知らぬ男の傍らで幸せそうに微笑む。
ああ、吐き気がする。想像してしまった以上、とてもじゃないが冷静でいられない。嫉妬のあまり気が狂いそうだ。
渚の隣に立つ俺じゃない誰かを、八つ裂きにしてやりたくてたまらない。
しかも結婚式場のパンフレットだぞ。
不特定多数に最低最悪のグロ写真を拡散されるくらいなら、いっそ式場ごとパンフレットを燃やしてやりたいくらいだ!
いやいや待て待て。どこぞの馬の骨と渚の新郎新婦写真を撮られた時点で負けだから、俺はなりふり構わず……それこそ仲がよくなった先輩を代役に差し出してでも阻止しようとしたんじゃないか。
けど、渚のウエディングドレス姿を見る機会が損なわれるのは惜しいな。
……そうだ! いっそのこと、渚にモデルを受けさせてウエディングドレスを着せたうえで、撮影直前に俺が式場に乱入して、新婦をかっさらって行くってのはどうだ?
たしかそんな映画があったはずだよな。今から見て予習をしておくか。
えーと、あれ何って映画だったっけ。タイトルを思い出せないな。
「『卒業』だよ、兄さん」
「ああ、そうそう。サンキューな。じゃ早速俺はレンタルビデオ屋に行って……って、何でお前、心の声に反応してるの? もしかして独り言みたいな形で全部漏れてた?」
「ふふっ。どうだろうね?」
黒髪の少女は否定も肯定もしない。
ただ、その答えの代わりとばかりにふわりと笑い、俺に抱き着いてくる。
「心配してくれてありがとう。ヤキモチやいてくれてありがとう。だけど、僕は一生兄さんの傍にいるから安心して。そう……」
……僕と兄さんは、目に見えない【絆】で繋がっていて、それが途切れることは決してないってことを知ってるから。
渚が耳元で囁いた言葉は完全に理解できなかったが、それでも妙な説得力を持った言葉である事を、本能的に感じた。
また全没にして書き直したせいで時間がかかりました。
学校シーンみたいに登場人物が多くなれば、それだけ各人にかける描写が増えてテンポが悪くなるのが悩みだったので、バッサリ飛ばしちゃいました。




