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淫魔先輩

渚が男の場合と渚が女の場合の周囲の対応の差を書くのはTSモノの醍醐味であると思うものの、一度に男女両方の描写をしようとすると、くどくなりすぎてしまい、話作りの下手さを実感。

渚が女の子になっている時の登下校は、基本的に俺と一緒に並んで歩く。

けど今日みたいに渚が男の場合は、一緒に家を出るものの、途中からは別々に歩く。


その理由が、男の渚につきまと……もとい取り囲んでいる女子連中だ。

渚は男になっている時は女に、女になっている時は男にモテる。


それこそ、一緒に登下校したいという異性が後を絶たないくらいには。


渚としては男の状態でも、有象無象の女の子たちより俺を優先したいようなんだが、俺があえて『男のときぐらい、今まで通り女の子を優先してやれ』と言い含めてたりする。


俺が渚(♀)を独占することによって、男共に恨まれても基本は(・・・)『文句があるならかかって来いや!』で済む……大抵俺が逃げ回っているのはさておき。


けど、渚(♂)を独占することによって買ってしまう女の子の恨みって、ホント怖いのよ。


後は、俺と男の渚――男同士、しかも双子、さらにフツメンとイケメンという組み合わせが必要以上にからんだりすると、色々妄想されちゃって、恐怖したことがあるのよ。


とまあ、それくらいなら、男同士の時は渚と適切な距離を保ちつつ、アイツに憧れる女の子たちと協定のようなものを結んで、お互いを尊重して融通を利かせる方がマシってもんだ。


……っと、そうそう。あくまでも尊重し合う(・・・・・)ことが大前提な。

中には空気を読めないおバカさんもいる訳で。


「それにしても、渚先輩とお兄さんって本当に似てませんよね。渚先輩の方はこんなに凛々しくて何でもできるのに、アイツ(・・・)の方は顔もイケてないし何の取り得もないし」

「あっ!」

「ちょ、ちょっと……」

「あァ!?」


渚の取り巻きの一人がその言葉を発した瞬間、夏であるにも関わらず空気が凍り付いた。


ちなみに驚いたり窘めているのは、その他の渚の取り巻き。

最後の『あァ!?』は渚のセリフだ。


それまでのにこやかな笑みから一転し、渚が無表情になったが、その理由を知らない俺をディスった女の子は、空気を読めず「え? え?」と狼狽えるばかりだ。


「うわっちゃー。渚君を誉めるためにダメ兄貴を引き合いに出したんだろうけど、アレはまずいわね」


俺をいじる際、どこまでがセーフで、どこからが一線を越えたと渚が(・・)判断するか。

そのラインを熟知しているスピーカーが、額に手を当てて天を仰ぐ。


「ゴメン、ちょっと行ってくるわね」


と、俺から離れて渚の方へ小走りで近づくスピーカー。


「はいはい、ちょっとごめんなさいね」

「な、何よあんた?」

「いいからこっちに来なさい」


と、失言少女の手を取り、どこかへ消えるスピーカー。

渚は本格的にブチ切れる前に火種が消えたことで、落ち着きを取り戻し。


渚の取り巻き少女たちはこっちを見て『空気を読めないバカがごめん』とばかりに手を合わせる。

それに手を振って、取り巻きたちとついでに渚にも、気にするなとジェスチャーする俺。


まあ、渚が男の時は、そんな感じの登校風景だ。






「兄一さん、ごきげんよう」

「あ、おはようございます、ルージュ先輩」


スピーカーがどこかに行ってしまい、渚も取り巻きたちと先行してしまったため、一人になった俺。

校舎に入って昇降口にさしかかったところで、女生徒に声をかけられたので、挨拶を返す。


ルージュ・エーデルワイス先輩。

今から二か月近く前、三年生の一学期という珍しい時期に転校してきた外国人の女生徒だ。


渚(♀)と同じくらいの長さの、腰まで伸ばした蜂蜜色の髪の毛で、もみあげ部分が小さなドリル……もとい縦ロールがかかっている。


瞳は突き抜けるように青く、きりっとした目鼻立ちは意思の強さを思わせる。


身長は170センチの俺と同じくらいと結構大きいが、スタイルがいい……胸とお尻はかなり大きいがシルエットが細い為、むしろ高身長がプラスに働く。まあ、モデル体型と言ったところか。


渚が日本人形なら、彼女は西洋人形といった感じの美少女で、イメージ的には『悪役令嬢からある程度キツさを取り除いた姿』を連想すれば分かりやすいと思う。


「あら? わたくしの顔をじっと見つめていかがなさいました?」

「いえ、先輩は今日も綺麗だなと思いまして」

「ふふっ、ありがとうございます。こう見えても殿方を誘惑する淫魔(サキュバス)ですので、常に気を遣っている容姿を誉められるのは嬉しいことですわ」


加えてこの性格だ。

高貴なオーラを放っているにも関わらず、持ちネタとしてサキュバスを自称するフランクさ。


そうそう。

以前、サキュバスの証拠として、ねじれた山羊のような角や蝙蝠の翼、ハート型の尻尾という姿を見せてもらったが、あのアクセサリーは実によくできていたなあ。


ちなみにそれらは一瞬で体に生やしていたんだが、持ちネタ(自称サキュバス)にリアリティを持たせる為に、手品まで身に着けているとは大したものだ。


さらに『これでも信じてくれませんの!?』と言いながら空を飛んでみせた時は、さすがに驚いた。

わざわざワイヤーアクションまで用意するなんて、本当に手が込み過ぎてるよなあ、と。


『こうなったら“魅了”して無理やり信じ込ませてしまえば……いえ、いけませんわ。必要に迫られている訳でもなしに殿方を魅了するのは、わたくしの矜持に反しますし……』


なんて呟いていたから、魅了の体を装った催眠術(・・・)を習得しているかどうかは判明してない。


え?

そこまでされておいて、『先輩が本物のサキュバスだって信じてないのか』だって?


バカだな。

こんなに品のいい先輩が、男を無差別に襲ってはエロいことをしまくるサキュバスだなんてありえないだろ。


『サキュバスがよく着ている、ボンテージみたいなエロい衣装になってくれたら信じるんですけど』

って冗談交じりで言ったら、

『あ、あのようなはしたない恰好をするくらいなら、淑女として死を選びますわ!』

とメチャクチャ動揺して涙目になりながら言う程なんだぞ。


そんな先輩がもしサキュバスだって言うなら、他の世の女性全てがビッチやズベタって言葉でも足りないほどになっちまうだろ?


●基本的に渚は『自らの自己満足を得る為か、何かしらに利用する為』に兄一をディスると怒ります。


スピーカーとかが「ほんとにあんたバカね」と呆れながら兄一に軽口のように言うのはセーフ。


「兄一は何の取り得もない無能。その点渚は凄い」と、渚を持ち上げる為に兄一を落とす(利用する)のはアウト。


●異世界編ではスピーディーさを出すために描写しませんでしたが、その時のルージュの服装は、お姫様が着るようなドレス姿で扇を持っていました。


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