偽装カップル(その5)
ランジェリーショップイベントは二回ほど書き直しましたが、どうしても満足いく内容を書けなかったので今回は端折りました。展開を期待してくださった方、申し訳ありません。
筆力を磨いていずれリベンジします。
また、今日はちょっと文量が少な目です。
「……はっ!?」
「きゃっ!?」
意識を取り戻した勢いのまま上体を起こした俺の顔面に、ぽよんと柔らかいものが当たる。
視界一面は白で埋め尽くされ、鼻孔からは薔薇のように上品な香気が注ぎ込まれる。
それら五感のいくつかに働きかける感覚に、不思議と安らぎを覚えたが、いつまでも“それ”を堪能することは叶わない。
重力に加え、顔面がぶつかった“何か”の弾力に跳ね返されるような形で、起き上がりかけた俺の頭部が再び沈み込んだからだ。
そのまま後頭部が、今しがたぶつかった物とは別種の柔らかさと温かさを兼ね備えたものに包まれる。
「んあ……」
どうも意識がはっきりしないが、体勢から判断するに、どこかに寝かせられているようだ。
つうか、そもそも何で俺は横になってたんだ?
えーと、たしか渚とデート……のフリをしている最中、ランジェリーショップに拉致られて、それから……。
「あ、起きたのね。おはよう」
「その声、渚か?」
何でコイツの声が上から降ってくるんだ? という疑問はすぐに氷解した。
どうやら俺は渚に膝枕をされているらしい。
加えて、目に映る風景から察するに、ここはどこぞの公園の中にあるベンチってとこか。
……まてよ。となると、目覚めた直後に顔を埋めたのはコイツのおっぱいで、現在進行で俺の頭が乗っかってるこのすべすべした枕は、渚の太ももか!?
「なあ。俺、どうしてたんだ?」
即座に現状を把握した俺は、時間稼ぎとして、この状態を維持したまま、何があったのかを渚に尋ねる。
他人の目があったのならまた違うんだろうが、ここにいるのは俺たち二人だけのようだし、もうちょっとこのままでもいいよな?
「えっ!? 何があったのか覚えてないの!」
「そう言われても……えーと。お前とランジェリーショップに入って……それから……」
居心地の悪い空間で俺好みの下着を選ばされて、その時にはからずとも渚のスリーサイズを知ってしまって。
その後、渚が俺の選んだ下着を試着して、それを見た俺が……。
「……ダメだ。その後がどうしても思い出せない」
「ううっ……兄一にあんな事された以上、私はもうお嫁に行けないわ……うわああああああん」
「その時は俺がもらっ……ってか、お前もともと嫁に行けないだろ。いくら他人が女だと思い込んでるといえ、戸籍上は男なんだし」
冷静にツッコミを入れたのは、コイツの泣き真似が、いっそすがすがしい程に棒読みだったからだ。
そして改めて何があったか尋ねたものの、『聞かない方がいいよ』と真顔で返されたので、もう何も聞けなくなっちまった。
本当、渚の下着姿を見た後の俺は、本当に何をしたんだろう?
「それにしても、女の子に向かって『嫁に行けない』は酷いと思うんだけど」
どこが女の子だよ。ちょっと可愛くて、おっぱいがついてて、亀さんが無くて、穴があって、子供が産めるからって……いや、確かに女の子ではあるか。
そして意外なことに、渚も『嫁に行けない』ことを気にしてるのか、若干むくれ気味だ。
けどまあ、俺としてはそういったことは、大して気にしてなかったりする。
「なあ、渚」
「何よ?」
「お前、バカだけど頭はメチャクチャいいよな」
俺を膝枕したまま、『何言ってるか意味分からない』とばかりにこてんと首を傾げる渚。
「だったら今すぐじゃなくても、いつか法律変えればいいんじゃないか? 兄弟、あるいは兄妹同士が結婚できるようにさ」
「そうか、そうだよね。僕の勇者の力を使って、この世界を武力で制圧して支配者になれば、法律を変えさせるくらい……」
素に戻って何やら物騒なこと呟いてるけど、俺は『お前ぐらい優秀なら、政治家になってまっとうな手段で法律を変えることを期待してる』ってつもりで言ったんだが。
「ところで兄さん」
と、さっきまでのむくれ顔から一転、急にニヤけた笑みを浮かべた渚が、俺の頬や額を撫でながら言う。
「『男が嫁に行けるか否か』って話のはずなのに、『兄弟が結婚できるか』にすり替わってたのはどうしてかな?」
「う、そ、それは……言葉のアヤだ、忘れろ!」
自分自身気づいて無かった本音を指摘され、バツが悪くなった俺は顔を背ける。
その俺の頬を、どこまでも優しい午後の風がそっと撫でた。
もうすっかりストーカー野郎(笑)のことを忘れている兄一ェ。




