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偽装カップル(その3)

「あーん」と言えばスト様が(ry


「はい、あ~ん」


結局人間は見た目で判断する生き物なんだよな、と悲しい思いを抱かざるを得ない。


例えば、ある双子の兄弟がいたとしよう。

そいつ等は兄弟で男同士だから、当然付き合ってもいない。ただ単に一緒に飯を食っているだけである。

これが真実だ。


しかし、『弟は女の子に変身できる』『とある事情で付き合っているフリをしている』という事実を知らない人間からしてみれば、俺たちの姿はどう映るだろうか?


牛丼屋で人目もはばからずイチャイチャし、可愛い彼女にご飯を食べさせて貰っている彼氏、という存在が、怒りという名のフィルターと共に彼らの網膜に飛び込んでいくだろう。


「チッ」

「呪呪呪呪呪」

「真昼間から見せつけてんじゃねえよ」






そうして丼にくっついた米の一粒に至るまで渚に食べさせてもらった後、次の目的地である映画館へ向かう。


「あー、美味しかったわね」

「ああ、そうだな」


正直、始めのうちは味なんて分からなかったよ。居心地もメチャクチャ悪かったし。


いや、俺だって渚に手ずから食べさせてもらうのは、絶対イヤという訳じゃないんだ。

前にも一回『あ~ん』なイベントあったけど、あの時は渚が幼児退行してたから、ドキドキ……はしてたような気がするが、それはさておき。


こういった状況において、嫉妬の感情を浴びるのは十中八九、(おれ)の方だ。

正直言って針のむしろに座らされているような気分だったよ。


それでも途中で投げ出さなかったのは、今もどこからか俺等を観察し、本当に恋人同士かどうかを調べているストーカー野郎のせい……おかげ? いやまあ、どっちでもいい。


それに人間というのは慣れる生き物なのか、途中から周囲の視線が気にならなくなったのも大きい。


……そう、昼食で恋人プレイを最後までやり切ったのは、周囲の嫉妬の視線に慣れたからだ。決して渚に『あーん』されることが嬉しく楽しくなってきて、それ以外の物事が一切合切気にならなくなったから、じゃないんだからな。






さて、そんな訳でやって来た映画館。


昨日の夜遅くにネットで座席予約をした際、運よくカップルシートが空いていたので、恋人ごっこのためと自分に言い聞かせてそちらを選択した。


「ほら、ポップコーンとウーロン茶を買ってきたぞ。お前その状態(女の子の体)の時は、炭酸が苦手だったよな?」

「ありがとう。ちゃんと覚えていてくれたのね」


さっきの牛丼屋で、お前が自分の体の男女差を忘れてやらかしたからな。


……参考までに言うと、渚はコーラが好きで男のときはガバガバ飲むんだが、女性体だと炭酸を受け付けないらしい。

まあ、炭酸が苦手な女性って結構多いからな。


さて、始まった映画だ。

俺たちが観ているのはアニメだが、小さなお子様向けではなく、むしろ大人の方が楽しめる本格ストーリーだったりする。


そして映画に集中しているうちに、隣に座る渚の手の甲にちょこんと触れてしまった。


いかんなあ。

スクリーンの中で縦横無尽に暴れまくる、槍を持った全身青タイツ男の派手なアクションに興奮して、無意識のうちに腕を振り回してしまったか?


って考えてる傍から、また手の甲がぶつかった。

今度は“コツン”とさっきより強めの衝撃だったが、これは俺の落ち度じゃないよな。

さっきの失敗を意識して、手がぶつからないように注意してたし。


そんな訳で渚のミスだろうと思い、ふと横を盗み見ると、スクリーンに集中している横顔がそこにあった。


渚は俺に見られてることに気付かずとも、手がぶつかっていることには気づいてそうなんだが、正面に視線を固定しながら、二回、三回と俺の手の甲へ自分の手の甲をぶつけるというノックを繰り返すのみだ。


それはまるで俺の心という名の扉をノックして、その中に棲んでいるモノに返事を貰いたがっているように感じてしまって。


もしやと思い、左手の指先で、渚の右手の同じ部分をトン、トンと軽く触れてやる。

直後、山彦のように返ってくる指先ノック。


そうして互いの指がおっかなびっくりと、触れては離れを数度繰り返した後、どちらからともなく手を繫ぐ。


恋人つなぎ。


男女がそれぞれ右手と左手を、互いの指を絡ませながら握るという、独り身の男にとっては憧れるシチュエーションの一つだ。


渚は驚いた様子を見せず、ましてや繋がれた手を振りほどこうとしないあたり、この選択は正解だったようだ。


スクリーンで怒涛のように押しよる展開や大仰なアクションとは真逆に、俺と渚は身じろぎをすることなく、“今”という時間を堪能していた。






「面白かったな。まさかあそこで青いペンギン少女があんなことになるなんて思わなかったぞ」

「あの映画は三部作って聞いてるから、早く続きが見たいわね」


劇場を後にした俺たちは、次の目的地である郊外行きのバスに乗りながら、映画の感想を語り合う。


ちなみに“恋人つなぎ“の件については、渚は何も言ってこないし、俺もあえて一切触れない。


その話題を口にしたら、未だ繫ぎっぱなし(・・・・・・)の互いの手を離さなければいけないと思ったからだ。

それを名残惜しく感じてしまい、少しでも先送りにしようとするのは間違ってるんだろうか?


これ、幼児退行プレイで”しーしー”してたのと同一人物なんだぜ

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