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偽装カップル(その1)

ブックマークおよびポイント評価ありがとうございます。

大変感謝しております。


いくら同じ家に住んでるからと言って、デートまで連れ立って家を出るのは野暮としか言いようがない。


渚も(ガワ)だけと言え、立派な女の子だ。

女の子は準備に時間がかかるだろうということで、渚より早く家を出た俺は、駅前の広場でアイツが来るのを今か今かと待ちわびていた。


ただ待ってるのも暇なんで、周囲にいる人たちの声に耳を傾けてみる。


「プッ、あのアホ毛が生えた男、さっきからずっとあそこに(たたず)んでんだぜ」

「彼女にすっぽかされたんじゃない? カワイソー」

「その待ち合わせ自体がイタズラなんじゃねえの?」

「あはは、そうかも。あんな垢抜けないコとデートしてあげる奇特な子なんていそうにないもんね」


ふむ、そんな悲惨なヤツがいるのか。同情するわ。

ちなみにもし俺が何の用事も無くただ立っている時に、あんな言いがかりをつけられたら何かしらのイヤガラセぐらいはしてるかもしれない。


と、そこで急激に周囲がざわつき始めた。

俺と同じような身体的特徴を持ったアホ毛君をディスる(あざけ)りの声色から一転、感嘆や憧憬が含まれたものへと変わる。


「うわっ、あの娘可愛い~」

「本当、髪もあれだけ長いのに凄くサラサラしてるわ」

「オイ、お前声かけてみろよ」

「無理だよ、レベルが違い過ぎるだろ」


モーゼのように人の海を割ってこちらへやって来た少女は、俺を見てふわりと笑みを浮かべる。


「ごめんね、兄一(・・)。待ったでしょ?」

「あ、ああ。い、いまきひゃ……来たところだから、全然待ってないぞ」


俺が噛みまくったのも無理がない話。

それほどまでに着飾った渚は、周囲にいるどの女性よりも可愛いかったからだ。


一輪の薔薇の花のように鮮やかな美貌でありながら、百合の花のようにたおやかな服装。


純白のワンピースを着て、装飾(リボン)がほどこされた麦わら帽子を手に持った姿は透明感に溢れ、昔の青春映画から抜け出たかのように、()れてないシンプルな美しさだった。


渚ははにかむような笑みを浮かべ、何かを期待するようにこちらをじっと見ている。

その姿に見とれ、しばし呆然としている俺。


「ああいった仕草をする女性は、服装を殿方に褒めてもらいたいんでしょうね」


周囲で俺たちの様子を(うかが)っているであろう女性の声が、まるで風に乗って流れてきたかのように、俺の耳元に届く。


どこかで聞いた声だなと思いながらも、声の主に感謝して渚の服装を「凄く似合ってる」と誉めたところ、どうやら正解だったようだ。


「ふふっ、ありがとう」


言って俺の手をとる渚。


「何であんな美少女が、何の取柄もなさそうな地味なヤツと……」

「あの男は女の子の弱みを握って、脅して付き合わせてるんじゃない? サイテー」

「ホント釣り合ってなさすぎ。あの女の子が悲惨すぎよ」


無責任な周囲の声が、好き勝手に俺たちを評する。

ムッとして周囲に睨みをきかせようとしたが、それ以前に渚がヤバい。

顔を伏せてるから回りには見えてないだろうが、肩を震わせていて、今にもギャラリー共に飛び掛かりそうな勢いだ。


「まったく、容姿にのみ価値観を見出す皆様方は下賤としか言いようがありませんわ。殿方に対する女性の満たされた表情や仕草、空気を鑑みれば、どれほどあのお二方がお似合いかお分かりでしょうに」


再び謎の声が発せられた。

今度は俺の耳だけじゃなく、周囲一帯に聞こえるような声量だ。


そしてこの声はどこかで聞いたことがあると思ったけど、『先輩』の声じゃないか?


俺はつい最近知り合った、金髪青眼の外国人少女を探して見回すが、どこにもいない。


そこにあるのは、品のいい声に(たしな)められ、バツの悪そうな顔をしているモブばかりだ。


「兄さ……兄一、どうしたの?」

「ああ、実は……」


『そこに先輩がいたと思って探してた』と言いかけてやめる。


いくら俺でもデートの初っ端から、他の女性の話題を出すのはマズいってくらい分かるし、そもそも渚は先輩と面識が無いからな。


先輩は悪い人じゃないどころか、素人目にも分かる高貴な雰囲気を纏っていながら、『実はわたくし、人間ではなく淫魔(サキュバス)ですの』なんて冗談も言ってくる程親しみやすい人だ。


せっかく同じ学校にいるんだし、今度渚と引き合わせてみてもいいかも知れない。


……っと、今は先輩より渚のことだ。

俺は周囲の連中に聞こえないよう、内緒話をするかのように渚の耳元でボソリと囁く。


(例のストーカー野郎はどいつかと探してたんだ)

(あ! そういえばそんな設定だった……じゃなくて、ええと)


急に慌てた素振りを見せた渚が、ぽんと手を叩く。


(その人は『隠れてデートの様子を見てる』って言ってたから、近くにはいないよ。だけど立派な恋人同士に見えるように、ちゃんと僕をエスコートしてね)

(分かった。俺たちの仲の良さを見せつけてやろうぜ)


使命感に燃えた俺は、言ってドヤ顔で渚の肩をぐいっと抱き寄せる。

途端、周囲から発せられる雰囲気が嫉妬混じりに変わるが、何故かそれが心地よく感じる。


一言で表すなら『ザマァ』


俺は少し、ほんの少しだけ、こんな役得を与えてくれたストーカー野郎に感謝した。

……もちろん、そのお礼として渚をしっかり諦めさせてやると心で誓いながら。


『先輩』は、ノクターン版で先行してちらっと名前だけ出した人? です。

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