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勇者渚の冒険(後編その2)

本日2回目の投稿です。前話を未読の方はご注意ください。


今話で異世界編(渚の過去)は完結です。


来る者は拒まず、去る者は決して逃がさない【迷いの森】


常に立ち込める濃霧と瘴気が足を踏み入れた者の五感を狂わせ、人間や魔族はもとより、勇者すら閉じ込めてしまう樹木の迷宮。


そこを進む渚の足に迷いは無い。


『こっちの方向から兄さんの気配がする』


魔王が存命のために効果を発揮していないうえ、次元の壁を隔てている、自分と兄一(けいいち)を結ぶ【(ライン)


しかし兄一との繋がりを相互(・・)のものとして認識した【絆】は強化され、渚の体から伸びる不可視のロープが兄一までの間接的な道のり……森の出口や魔王の居場所を経由して、次元の彼方に続いていることを感じることができる。


その【絆】を頼りに森を歩くこと3日。

心神喪失していた時期を除けば、ほぼ一年彷徨っていた【迷いの森】から、いともあっさり脱出することができた。


森を抜けた渚は、情報収集を兼ねて近くの村へ立ち寄った後、生存報告のために王国へと向かった。


そこで知ったのは、渚が【迷いの森】に落とされてから15年もの月日が経っていたこと。


無論、その決して短いと言えない時間を一度たりとも諦めることなく、渚の事を心配し続けている兄への感謝を忘れない。


また、情勢についてだが、勇者と三巨頭という主力を互いに失った人類軍と魔王軍は共に慎重になり、大きな動きがないこと。

しかし地力で勝る魔王軍がじわじわと戦線を押し進め、後数年のうちに王国が陥落するところまで軍を進めていたことが分かった。






やがて王城へと辿り着いた渚を出迎えたのは、かつて渚を召喚した王女……15年の歳月を経て即位した現女王であった。


当時は幼かった少女は、今やすっかり大人となった。

対する渚は、勇者の加護で加齢速度が遅くなっており、20歳を少し過ぎたくらいの外見に見える。


女王は勇者の生存を喜び、渚もまたすぐさま戦線に復帰して遊撃活動を再開した。


――死んだと思われていた勇者が生きていた。


その知らせは瞬く間に世界中を駆け巡り、王国軍の士気は跳ね上がり、魔王軍の士気は下落の一方を辿った。






そこから一年。

破竹の勢いで進撃した王国軍は魔王軍を半壊状態に至らしめて魔王城を取り囲んだ。


ここまで来れば、後は人類軍にできることはない。

魔王城に張られている結界は普通の人間では超えることができず、唯一の例外が勇者である渚なのだ。


あとは渚が単独で魔王城に侵入して魔王を討つだけなのだが、一つの問題が発生した。


『魔王の娘である淫魔王女(プリンセス)ルージュ?』

『はい、捕らえた捕虜から聞き出したところ、かの女が使用する【魅了】は普通のサキュバスが使用するそれとは大きく違うとのことです』


通常のサキュバスの魅了は、広範囲に影響を及ぼすものの、少し鍛えた兵士程度の精神力があれば抵抗(レジスト)可能となっている。


しかし、ルージュの魅了は一人ずつ、しかも同じ相手には二度とかけられない代わりに、対象が男であれば、例え勇者であっても絶対に成功するという特性を持っている。


『遠距離からの魔法で狙い撃つか、魅了をかけられる前に速攻で倒すことは……恐らく無理なんだろうね』


いかに勇者とて、魔王の娘を“おいおい瞬殺だよ”とはいかないだろう。


重苦しい空気が会議室に立ち込めるが、女王の言葉がそれを払拭した。


『今まで実用性が皆無なこともあって秘してきましたが、神から王家に授けられた秘術を使えば、状況を打開できるかもしれません』


対象の性別を変えることができる【変身魔法】

それが魔法を超える魔法、神から(もたら)された奇跡の名だ。


魔法が存在する世界であっても、人の姿形、ましてや性別を変えることなど普通は不可能だ。

しかし、【変身魔法】を習得して使用することにより、その限りではなくなる。


何故このような神の魔法が王家に存在するかは分からないし、その理由だってどうでもいい。重要なのは、この魔法を使って女性になれば、淫魔王女の魅了を封じることが可能だということ。


渚は早速【変身魔法】を習得。使用してみたところ、その体が瞬く間に黒髪の女性へと変化した。


――トクン。


途端、心臓が大きく跳ね上がり、下腹部の奥が(うず)きはじめる。


立ち直ってから一瞬たりとも忘れたことのない、兄一の顔、声、その性根。

彼の事を思うだけで、今まで感じたことの無い感情が胸の(うち)に芽生えてくるのが分かる。


一体、この感情は何なのだろうか?


分からないが、居ても立っても居られない。

これまで以上に、早く兄一に会いたくてたまらなくなる。


女になった渚はその情動に突き動かされるまま魔王城へ侵入。一対一の状況で淫魔王女ルージュと対峙した。


『勇者様は殿方だと聞いていたのですが……はて。わたくしの魅了を封じるためだけに女性になったのでしょうか?』


【変身魔法】には神級の認識阻害が含まれている。

その効果たるや、女王たちの目の前で使って女性になったにも関わらず、彼女らは渚が最初から女性だったと思い込んだほどだ。


それほどまでの認識阻害が効かぬルージュに一抹の不安を覚えたものの、意外なことに彼女は戦わずして白旗を上げ、降伏の意をあらわした。


『魅了が通じない以上勝ち目はありませんし、そもそもわたくしは平和主義者ですの。これまでに人間を手にかけたことは一度もありませんわ』


クスクスと笑いながら両手を上げるルージュだが、渚は当然その言葉を鵜呑みにはしない。


『わたくしをお疑いでしたら……そうですわね。【誓約魔法】を使ってはいかがでしょう。誓いの内容は、わたくしが勇者様と、この世界(・・・・)の人間に直接的な被害を加えないこと、でいかがです?』


渚は逡巡の末、ルージュに【誓約魔法】をかける。

これにより彼女は、何があっても誓いを絶対に破れなくなった。


『僕はこのまま君の父親を倒すけどいいのかい?』

『わたくしのお母さまを嬲り者にして孕ませ、捨ててのたれ死にさせておきながら、その娘が勇者に対する切り札になり得ると知った直後に登用し、利用するような男を父と呼べとおっしゃりますの?』

『…………』

『殿方を問答無用で虜にするわたくしの能力は、女性と肉親(・・)に対してだけは効果を発揮しませんの。それさえなければ、わたくしがあの男の息の根を止めたいくらいですわ』

『わかったよ』


もはや彼女と言葉は交わさずとも十分だ。

ルージュを置き去りに魔王の元へと向かおうとした渚の背中に、淫魔王女の声がかかる。


『それにしても勇者様は面白い方ですわね。相手がどなたは存じませんが、殿方に恋心を抱いているその様は、体だけでなく心まで乙女みたいですわ』


その言葉に振り返ったが、すでにルージュの姿は無かった。


『そうか。僕は兄さんに恋をしたのか』


狂おしい程に胸を狂わせる衝動の正体が分かり、渚は納得する。

途端、自分と兄一を繫いでいた【絆】が、運命の赤い糸のように思えてくる。


さすがは淫魔と言うべきか。

男女の心の機微については、人間以上に鋭いのだろう。


脳も含めて体が女になったことで、異性である兄一に抱いていた崇拝の念が、激しい恋愛感情へと変化したのだろうと自己分析する。


男同士? 【変身魔法】を使えば男と女だ。

女になったところで双子の兄妹? だからどうしたというのだ。


女として兄一に抱かれ、子供を産める可能性があるというだけで十分だ。


地球に戻れば、時間が巻き戻って様々なことが無かったことになるだろう。

【絆】という形で、現在進行形で渚を心底案じている兄の気持ちも無かったことになるが、それでも自分が好きになった兄一の本質・性根はそのままだ。


もし今回と別の形で渚が窮地に陥ったとしても、彼は必ず渚のことを心配してくれるだろう。


ならば何も問題はない。


さあ、後はサクッと魔王を倒し、元の世界へと帰ろう。


異世界での冒険で得た【変身魔法】による女体化能力と、兄一への恋心を土産にして。


私自身色んな小説を読んでいると、登場人物の名前がごっちゃになってなかなか覚えられないこともあり、この話は極力固有名詞を省いています。

にも関わらず名前が登場したノートリアスモンスターのルージュさん……。


ちなみに異世界冒険を経た渚の精神年齢は、心神喪失状態が長らく続いたため、兄一より二つ上程度になってます。(肉体年齢は兄一と変わらず高校二年のまま)


本日2回目の更新に加えて、せっかく書き上げた今話のデータを1回クラッシュさせて、泣きながら書き直しました。


さすがに力尽きたので、“多分”明日は休むと思います。


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