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勇者渚の冒険(後編その1)

すいません、また分量ミスで尺が長くなりました。

異世界編はもうちょっとだけ続くんじゃよ……。


今日中に後編その2(異世界編完結話)を投稿します。


標高数百メートルにおよぶ高さから転落した渚は、かろうじて一命を取り留めていた。


体中いたるところに負った傷は、時間はかかるが回復魔法で癒えるだろうが、そんなことはどうでもいい。


渚は深い濃霧が立ち込める【迷いの森】の中であおむけに倒れ、半ば放心したまま、途切れた両親との【(ライン)】について思考を巡らせていた。


渚と両親の仲は極めて良好だった。

自分(なぎさ)のことを誇りだと常日頃から褒め称え、周囲の人間も喧伝していた父と母。


渚もまた彼らの喜ぶ顔が見たく、求められる以上の結果を出し、育てて貰っている恩を十分に返してきていると自負している。


その両親がわずか半年音信不通になったことで、果たして見限るだろうか?

家族としての思いを簡単に忘却できるものだろうか?


『違う』と、折れた首の骨の痛みに顔を(しか)めながら、かぶりを振る。


【絆】は父と母、二人同時に切れた。

二人が同じタイミングで自分に見切りをつけるなどあり得るだろうか?


むしろ、渚を心配したくてもできない状況に陥ったのではないだろうか?


渚が思い至った可能性。それは両親の“死”であった。

命を失ってしまえば何をすることも……当然渚の身を案じることもできなくなる。

しかも二人同時となると、事故死以外にあり得ず、そう考えるとすべてのつじつまが合う。


『父さん、母さん……』


喪った家族の顔を思い浮かべ、目尻に涙を浮かべたところで、もう一つ浮かび上がる顔があった。


異世界に来てから半年。今の今まで思い出すことすらしなかった、残された家族――未だ【絆】が繋がったままの少年。


渚と距離をとり、いつも一人(・・・・・)でいた平凡な兄。


……そうだ、兄は……兄一(けいいち)いつも(・・・)一人だった。

自分が両親に持て囃され続けていたということは、その間、兄一は気にかけられていなかったという事にはならないだろうか?


本来二人分に注がれる愛情を自分が独り占めした為に、兄はずっと孤独だったのではなかろうか?


分からない。

何故なら渚は、兄一のことを深く知らなかったから。

距離を取られていたのをいいことに、自分もまた兄を(かえり)みることをしなかったのだから。


だから渚は、兄一が両親に愛されていたのかどうかを知らない。いや、知ろうとはしてこなかった。


仮に両親が平凡な兄一を愛さず、優秀な渚だけ(・・)を愛していたというなら。

両親が自分たちの子供(・・)を平等に愛するのではなく、渚の持った才能(・・)に愛情を注いでいただけの……その程度(・・・・)の人間だとしたら。


果たして、蒸発して自分たちの役に立たなくなった渚をいつまでも気に掛けるだろうか?

渚は利用価値がなくなった者と見切りをつけてしまうのではないだろうか?


……やめろ、それ以上は考えるな。

それを認めてしまえば、きっと自分はそこで終わってしまう。


どの道考えても詮無きことだ。

魔王を倒してしまえば、自分が戻るのは召喚されたときの時間。

すなわち、両親が死んだにしろ、渚を見捨てたにしろ、その事実はなかったことになるのだから。


それでも、やはり自分は両親に見限られたのではないか? という疑念はしこりのように渚の心に残ってしまった。






渚が異世界に来てから一年。

そして【迷いの森】へ墜とされてから半年。

未だ渚は、絶え間なく濃霧が漂う木々の迷路を彷徨(さまよ)っていた。


幸いにして勇者として強化された体は、食事を採らなくても死ぬことは無い。

大気に含まれた豊満な魔素が、呼吸と共に吸収されてエネルギーへと変換されるからだ。


崖から落下した時の怪我も、とうに回復魔法で完治したからフィジカル面での問題は無い。

だがメンタル面は月日が経過すると共に、渚の心を着実に蝕んでいた。


行けども行けども辿りつけぬ出口は、勇者の思考を鈍らせ、精神を摩耗させ、心を弱らせる。

そして追い打ちをかけるかのように、次第に数を減らしていく友人たちとの【絆】


異世界に来た当初は数百人と繋がっていた【絆】は、わずか一年でその桁を二つ減らしていた。


『俺たちズッ友だよな』と言ってくれたクラスメイトの男友達。

『私、一生先輩に付いていきます』と微笑んでくれた後輩の少女。


そういった者たちが渚の事を忘れ去る度、人間という生き物の酷薄さを痛感してしまう。

誰かとの【絆】が途切れる度に、両親も事故死ではなく、単に自分を見捨てたのではないのか、という不安が何度も鎌首をもたげてくる。


かつて、自分を取り囲んで共に笑い合っていた少年少女の姿を幻視する。

彼ら彼女らは、中心たる渚がいなくなった今や、他の者たちと日々を楽しく過ごし、

『ああ、渚君? まだ見つかってないんだ……で、そんな居なくなったヤツの事よりさあ……』

なんて事を言っているのかも知れない。

そう思うと、悔しさよりも悲しさがこみ上げてくる。


このまま【絆】がゼロになって地球に帰れなくなることより、自分を案じてくれる者がいなくなるという事実の方に絶望を覚える。


結局、自分はその程度の価値しかない人間なのだと痛感させられる。


美形に分類される顔立ちも、群を抜いた学力も、そして勇者としての力さえも、ただ与えられただけ。自分は授かった物を受け入れてきただけの入れ物。伽藍洞(がらんどう)


何をするでもなく他人から勝手によせられた好意が、無条件で永遠に続くと思っていた道化(ピエロ)


恨むべくは自分を見限った者たちではない。

見限られて当然の、人としては薄っぺらな自分自身の愚かさだ。


結局、自分は一人だったんだな。

と、残り少ない【絆】がまた一本途切れたことに失笑する。






生きながら死人のように彷徨い歩き、さらに数か月。

渚は目の前に現れた三巨頭の腐乱死体を見て、乾いた笑い声をあげた。


【迷いの森】を歩いて約一年。

巡り巡って、自分が落ちてきたところに迷い出てしまったからだ。


数百メートルにも及ぶ崖の表面には凹凸(おうとつ)が無く、さらにツルツルとしていて、いかに勇者の力でもここを上ることなど不可能だ。


いや、もう上る気すら失せていた渚は、壁を背にして座り込む。


もはや何をする気力もない。

異世界を救うことも、地球へ帰ることも、そして生きることも。

全てがどうでもいい。

自分にはもう、何もないのだから。


丁度いい機会だ、このままここで朽ち果ててしまおう。


こちらの世界では飲まず食わずでも餓死できない為、自決するために聖剣を取り出して喉元にあてがう。


と、そこで【絆】がまた一本、ぷつりと切れる。


全く、よくこう何度も狙いすましたようなタイミングで切れるものだ。


そう言えば、最近は【絆】が何本残っているかなんて考えたこともなかった。

むしろまだ残っていたんだな、と希薄になった感情で薄っすらと感心する。


どうせなら、と気をやって確認したところ、自分と繋がっている【絆】は残り三本。

未だ自分を想い続けているのは……いや、そんなことを調べるために確認した訳ではない。


渚が【絆】を確認したのは、これが全部途切れたら……つまり、渚を心配する者が一人も居なくなったタイミングで、命を断とうと思い立ったからだ。


渚はそのまま聖剣を傍らに置き、そう遠くない未来に訪れるであろう“孤独”を待ち始めた。






あれからどれくらい月日が流れただろう。

幾日? 幾十? 幾百?

もはや日にちを数えることに意味はない。


数える必要があるのは、【絆】の本数だけだ。

だが、それもようやく終わりを告げようとしている。


残された【絆】の数は一本。

この繋がりが失われれば、ようやく死ねる。






【絆】が最後の・そして最期の一本になってから、幾星霜。

一向に切れる気配を見せない【絆】に苛立ちを覚える。


早く自分を見限って欲しい。早く自分を楽にさせて欲しい、と腹を立ててしまう。


苛立ちを覚える? 腹を立てる?

とっくに損なわれていたと思っていた感情が、まだ自分に残っていたというのか。


渚は久々に思い出した感情の赴くまま、未だ自分を心配し続けている奇特な人間が誰かを確認する。

その顔を思い浮かべて、早く諦めろと心の中で悪態をつくために。


『うそ……? 何で、兄さんが……』


その事実は凪いでいた渚の心を激しく揺さぶった。


煌めくほどの才能を与えられながら全く活かすことなく、誰からも見捨てられ、忘れ去られる程度の、価値の無い自分。


分からない。

何故兄一は、こんな自分を心配してくれているのか。


ワカラナイ。

深く考えることをしなかったが、そもそも始めからおかしかったのだ。

渚と疎遠となった兄との【絆】が、最初から存在していたことが。


胸の奥に熱いものがこみ上げ来る。


普段は無関心でありながら、いざという時――急に消息を絶つという“危機”が起こったのなら、弟のことを心の底から心配をしてくれる。


誰もが渚のことを見限る程の時間が経っても、諦めることなく思い続けてくれる。

それが兄一という男の、本人すらも知らぬ本質なのだろう。


知らず涙が溢れてくる。


誰からも『才能』にしか価値が無いと、見捨てられ忘れ去られた自分。

何もかも無くしたと思った自分に残された、最後の【絆】


それはパンドラの箱の底に残された最後の希望のように、あまりに(まばゆ)くて。


――会いたい。


渚が今まで何もしてこなかったにも関わらず、ただ兄弟というだけで無償の心配を“与えて”くれる兄一に。


この溢れるような気持ちを、どう表現すればいいのか分からない。


ただ会いたい。

そして叶うなら、これまで兄一を(ないがし)ろにしていた事を謝りたい。


その為に、渚は数年ぶりに再び立ち上がる。


もはや、いつ【絆】が途切れるかと怯える必要はない。

兄一はどれだけ時間が経っても、変わらずに自分のことを心配してくれるという確信がある。


だから、臆することなく前へ進もう。

魔王を倒し、元の世界へ帰る(兄一に会う)ために。


渚の男性モデルのファンの数を含めて【絆】の数が数百だと少なすぎるかな、と今更ながら思いましたが、あくまでも『渚を心から心配している人の数』だしまあいいか、と思考放棄しました。


本日中にもう1話投稿します。



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