双子の日常会話
2017/11/2 21:30 本文で説明不足な部分があったので、加筆修正しました。
リビングにシャープペンシルの走る音が響く。
室内の気配は二つ。
テキストを広げて勉強する俺と、向かいに座ってぼーっと見つめる渚のものだ。
「あーあ。せっかくこういう恰好をしてきたんだから、先生らしいことをもっとやりたかったな」
「正解したら頭を撫でてくれるだけで俺は満足だぞ」
言葉遣いや雰囲気を素に戻した渚がテーブルに両肘をついて、ため息を吐き出す。
もはやその姿は美人女教師というより、就職活動が上手くいかずに不貞腐れる女子大生のようだ。
「それに教えてもらう立場で言うのもなんだが、お前の教え方が悪すぎるんだよ。まあ、もっと悪いのは俺の頭なんだけどさ」
人並の学力はあると自負しているが、まったく勉強せずに赤点を免れると思うほどうぬぼれてもいない。
「ああ、そう言えば」と、一つの教科をキリのいいところまでやり終えたところで渚に尋ねる。
「最初に聞こうと思ってたんだけど、お前そのスーツをどこから持ってきたんだ?」
「ああ、コレ? アルバイト代で買ったんだよ」
こういうスーツって安くないんだろ?
女の時に身に着ける下着も男モノに比べてお高いらしいし、ずいぶん稼いでるんだな。正直言って羨ましいぞ。
「テストが終わったら、俺も何かバイト始めるかなあ」
「え~」
「イヤそうな顔するなよ」
俺も自分専用のゲーム機とか欲しいんだよ。
最近のゲーム対決じゃ負けが込んでるから練習したい。
……って、テスト勉強中に考えることじゃないか。
「だって兄さんまでアルバイトを始めたら、僕たちが一緒に遊ぶ時間が減っちゃうじゃない」
「そりゃそうだが、お前もバイトしてるだろ」
「だから露骨に反対できないんだよ。自分の事を棚に上げてワガママを通す訳にもいかないじゃない」
いっそのこと僕もアルバイトを辞めようかな、と続ける渚。
「勿体ないな。お前にはかなりファンが付いてんだろ」
渚のバイト内容は男性モデルで、それなりの頻度で雑誌に掲載されている。
何でもコイツが表紙を飾ったときは、売上が目に見えて違うとのことだ。
「ん~。もともと頼まれて始めただけで、未練は無いんだよね。それにファンだって言う娘たちも、僕が半年ぐらい雑誌に出なければ、一人残らず完全に忘れ去っちゃうよ」
渚の物言いは、変に気負ってるでもなく、今日の夕食何にする? ぐらいの気軽さだ。
だけど、当たり前のことを当たり前に言う――そうなる未来を知っていて、それを普通に口にする、という印象を受けた。
俺たちは双子だ。だから一瞬、コイツ“も”未来予知ができるのかと考えたが、聞きそびれてしまう。
渚が唐突に、まったく別の話題を振って来たからだ。
「ねえ兄さん。アルバイトをやらないだけじゃなく、いっそのこと勉強もやめちゃわない?」
「いや、バイトはともかく勉強はしなきゃマズいだろ。高校を卒業できなきゃ、就職だってできなくなっちまうぞ」
「そうしたら、僕が兄さんを一生養ってあげるよ」
「……さすがにそれは勘弁してくれ」
心が揺らがなかったと言えばウソになるが、よくよく考えればそれってヒモだよな?
「そこはホラ。家族を養うのは“男”の甲斐性って言うくらいだし、僕に任せてよ」
「都合のいい時だけ男を持ち出すな。女の体に女性用のスーツを着ているヤツに言われても説得力ねーよ」
次の教科の参考書に手をかけながら何気なく顔を上げたら、手持無沙汰にこちらを見つめる渚と目が合った。
「ちょ、ちょっと。そんなに見られたら照れちゃうじゃない」
どこまで本気か分からないが、俯きがちに頬を染める渚。
男心をくすぐるその仕草はもちろん、髪を乱すことなくアップに纏め上げている手際といい、化粧の技術と言い、どんどん女として成長しているな。
今朝の透けブラとか、外で用を足す時にたまに男子トイレに入りそうになるとか、男ならではの隙も多いけど、それはさておき。
しかし今更ながら、何でコイツは頻繁に女の子になるのかねえ? ……なんてことは聞かないし、聞く必要もない。
男が異性に変身できる能力を身に着けたらどうするか?
そんなことは、自分を基準に考えれば簡単に分かることだ。
今の渚のように、女の子として生活すること、そして女の子として扱われることを楽しむだろう。
これが不可逆……もう二度と男に戻れないとなれば事情は別だが、自由に男と女を選べるとなれば、着替え感覚でサクっと普通はできない異性の体験を味わえる訳だからな。
え?
俺は当初『女体化能力を得てしまったことが渚にとってはストレスだったに違いない』と思っていたんじゃないかって?
ああ、その時はそう思ってたよ。
だけどここ一か月以上渚と接していると、さすがに考え違いだったか、と思い至る訳で。
ともあれ、渚は自分が楽しみたいから頻繁に女の子になると結論づけたんだが、それもまた大きな勘違いだった。
『何のために』そして『誰のために』女の子の姿になるのか。
今この時に渚から聞いていれば、俺たちの関係はもっと早く先へ進めたかもしれない。
まあ、早いか遅いかだけの違いで、辿り着く場所は結局同じだと気付いたのは、今より未来、俺が渚に完全に絡めとられた後の事だったりする。




