はっぴーれっすん
「……なあ、その恰好何だ?」
「先生と呼びなさい」
高圧的にも見える態度で腕を組み、スーツの下に隠れた二つの膨らみを強調するかのようなスタイルを取る渚。
「いや、その恰好はどうやって用意……」
「先生と呼びなさい」
(体だけと言え)女性とはつくづく不思議な生き物だと思わざるを得ない。
髪をアップヘアに整え、服装を変えただけで、普段の可愛さと綺麗さの中間から、綺麗さに極振りしたような印象を与えるんだもんな。
濃紺の女性用スーツに包まれた姿は、俺より同い年でさらに小柄であるにも関わらず、年上独特の――もっと言えばお姉さんオーラを醸し出している。
弟のくせに。
弟のくせに!
「だから……」
「先生と呼びなさい」
「なぎ……」
「先生と呼びなさい」
RPGの村人かよ。
「…………」
「先生と呼びなさい」
「………………先生」
「何かしら、兄一君?」
さて、ここまでくれば、いくら俺でもコイツが何をしたいのか分かる。
マイパソコンDドライブの階層の奥深くに新たに作った、兄一コレクションMKII。
その中にある女教師モノの動画にアクセスされた形跡があった。
渚はソコから読み取った女教師という俺の嗜好に沿う形で、いつもみたいにからかってくれるつもりなんだろう。
だが、それは甘い、甘いんだよ渚。
本心では優しく接したいものの、教師と生徒、大人と子供という立場の違いから、あえて厳しい態度を取る大人の女性。
なるほど。
年下の少年に対し、ときには厳しく、ときには厳しさの中に垣間見える優さをもって生徒を導き、成長を自分のことにように喜んでくれる異性の魅力たるや、計り知れないものがある。
だが、今のお前には致命的な物が欠けている。
アップヘアーの黒髪、女性用のスーツとタイトスカート。そして膝程の高さのスカートから覗く生足……そう、生足だ。
いくら素材となる女性が美しくても。
いくらレディーススーツに凝っていたとしても。
ただの一点、黒ストッキングを穿かないだけで台無しになるだろうがァァァァ!
カレーに福神漬けを付け忘れるような、テストで回答用紙に名前を書き忘れるような、致命的なミス。
黒ストッキングの魅力は、素足にぴったりとフィットし、体の動きに合わせて形を変えるところにある。
さらに見た目的な質感。
細かい網目から透けて見える肌の色と、ストッキング本来が持つ“黒”が織りなすコントラスト。
それ無くして女教師を語るとは片腹痛い。
「それじゃあお勉強を始めましょう。まずは数学からね」
くくっ、お前がどんなイタズラを仕掛けてこようと、黒ストッキングを穿いてない女教師なんて微塵も怖くないわ!
……なんて考えてた時期がありました。
「あら? 兄一君、そこ間違ってるわよ?」
「え、どどどど、どこですか?」
「もう、ちゃんと集中しなきゃダメじゃない。そこの問三よ」
リビングのテーブルにテキストを広げた俺と、その後ろに立つ渚。
コイツが頻繁に後ろから覗き込んでくるから、平均的でありながら極上の柔らかさを持つおっぱいが背中に当たるわ、小さな顔が俺の肩に引っかかるくらい接近しているわで、全く勉強が手に付かない。
いつもと違って女言葉で喋るもんだから、必要以上にコイツに対して“異性”を感じてしまうし。
さらには普段はしてない(と思う)化粧をしてるんだよ。
瑞々しい唇が朱を帯びて鮮やかになり、アイシャドウだか何だか知らないが、目元の陰影もくっきりしている。
女子高生から女教師へ――言わば少女から女へと変貌を遂げたコイツが醸し出し始めた妖艶さに呑まれ、口調もついつい敬語になってしまう。
「えーと、公式がこれだから、そこに代入して……こうですか?」
「ふふっ、正解よ。よくできたわね」
渚はそこで初めて厳しい顔を崩してふわりと微笑み、俺の頭を胸元に抱きよせ撫でてくれる。
んあ~。マズいわこれ。ダメになりそうだ。
…………。
そんなことを繰り返して解いていくうちに、完全に分からない問題がでてくる。
「先生。これはどうやって解くんですか?」
「これはね、サクッと展開してパッと代入するのよ」
……はい?
「だから、式をギュワンと求めて、後はキュピーンと捻れば答えが出るわよね?」
「出ねえよ!」
長嶋茂雄じゃないんだからさ。
そんな説明で分かる訳ないだろ。
――まさか他の教科もこんな感じじゃねえだろうな?
ふとイヤな予感がして、確認の意味を込めて英語の参考書を取り出す。
「俺、英単語覚えるの苦手なんですけど、何かコツとかありませんか?」
「いい質問ね。まず英単語の一覧が表示されているページを開いて、後は左上から右下に文字を追うようにして視線を動かすの」
「ふむふむ。それで?」
「え? これでおしまいよ。英単語って1回見るだけで覚えれるわよね?」
「覚えれる訳ないだろこの天才!」
やっぱりだ。
コイツ、なまじ頭が良すぎるせいで人に教えるの向いてないわ。
アレだ。王は人の心が分からないとかそんな感じ。
そして渚は自分の教え下手を自覚してなかったようで、『え? え?』と狼狽え始める。
コイツの事は、ほんの数か月前までは万能の天才だと思っていたんだがなあ。
渚としっかり向き合ってコミュニケーションを取るようになってから、コイツができないことや苦手なことが結構あるのが分かって来て、より親しみを感じるようになってきた。
いつぞやの初全裸土下座事件じゃないが、俺も昔の“同じ家に住んでるだけの他人“という関係には戻りたくないな。
――なんてことを、未だ右往左往している渚を見ながら考える。
渚と今の関係性を維持するために――赤点を取って追試から落第のコンボで双子が離れ離れにならない為にも、教師役が役に立たない以上、独力で勉強を頑張りますか。
そろそろ毎日更新がキツくなってきました。
(泣き言兼予防線)




