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下校風景と香りの残滓

「あ~、今朝は酷い目に遭った」


ごく普通の高校であるにも関わらず、学園異能バトルの舞台のようなバイオレンスが吹き荒れようとした日の放課後。


かろうじて流血沙汰を回避した俺は、疲れた表情を隠さず帰路についていた。


「うぅ。僕のせいでごめんね、兄さん」


隣を歩く渚が申し訳なさそうに項垂れる。

たしかに騒動の発端はコイツなんだが、無事解決したのもコイツがとりなしてくれたおかげだ。


ちょっと考えてみれば分かると思う。


そもそも野郎共が嫉妬に駆られたのは、渚という女の子が好きだからに他ならない。


だが、その渚のお気に入り兼兄貴を問答無用でフルボッコにしたら、果たして当の渚はどう思うだろうか?


まず間違いなくボコった奴を嫌うだろ?


つまり渚の気を引きたい連中にとって、俺という存在はメチャクチャ邪魔だが、かと言って排除したら渚に嫌われるという本末転倒な結末が待っている。


そういった背景の中、渚の眼前で俺に手を出そうとする勇者がいる訳もなく、連中はクール? に去っていったという訳だ。


『ケッ、命拾いしたな』

『月の無い夜は気を付けろよ』

『渚ちゃんに愛想をつかされた時がテメェの最期だ』

『渚さんに手を出す前に、お前()貞操を必ず奪ってやるからな』


エトセトラエトセトラ。

って、最後の奴ちょっと待てや。


ちなみに暴力と言っても、このテのイベント(・・・・)はバカ騒ぎみたいなもので、陰湿さはない。


実際俺も、『何組の誰々が年上の彼女と付き合って童貞を捨てた』なんて聞いたら、喜々として嫉妬団に混じって殴りに行くかもしれないからな。


けどまあ、中にはごく一部ながら、いろんな意味で空気を読まないヤツもいる訳で。

このバカ騒ぎには参加してないものの、こいつ等と比較にならない程ムカつく男のツラが頭をよぎる。


――貴様みたいな凡人に、渚さんの隣に立つ資格があるのか? さっさと離れてどこかへ消え失せた方が彼女のためだ。


「――さん、兄さんってば!」

「え、あ、ああ」


泣きそうになりながら俺の顔を覗き込む、黒水晶のような瞳と目が合う。


「その……兄さんがすごく怖い顔をしてたから、許してくれなくて当然……だよね」

「え? あ、いや。お前の態度や影響力に腹を立ててる訳じゃないんだ」


かと言って、あの“陰険メガネ”の事を思い出してイラついていたとは言えない。

そんな事を口に出してしまえば、渚が単身、生徒会室に乗り込んでいくかもしれないからな。


ヤツの件については俺が売られたケンカだし、そのうち俺自身の力でザマァしてやるさ。


うん、まあ。そういう訳だから、|帰宅途中の生徒が周囲にいる中《公衆の面前》で全裸土下座の準備をするのはやめてくれないかな。


兄ちゃん、お前の裸は他の誰にも見せたくないからさ。

ついでに学校のアイドルにマニアックなプレイを強要している変態兄貴として、男どころか女子共のヘイトまで集めたくないからさ。






「なんだ。じゃあ兄さんは期末試験のことで頭を悩ませていて、怖い顔になっていたんだね?」

「今朝もちらっと触れたがそういうことだ」


渚を安心させるために出まかせを言っておくが、決して嘘八百という訳でもない。


「実際、中間テストが終わってから今まで色々あって、ロクに勉強してなかったからな」


主に渚が女の子になったり、その女体で色々絡まれてきたりとイベントが目白押しで、日々を過ごすだけで精一杯だった。


「あれ? でもやっぱりそうなると、ある意味僕のせいじゃ……」

「ストップ! エンドレスに陥ってるからそれ以上考えるな」


『兄さんが勉強に集中できるように、期末テストが終わるまでは女の姿を封印しておくね』なんて言われたらたまったもんじゃないからな。






「よし、僕が兄さんに勉強を教えてあげるよ!」


家に着くなり開口一番のセリフがこれである。

確かに最近は奇行ばかりで色々忘れがちだが、渚は基本頭がいい。


初見の人にコイツが映ってる写真を見せて『コイツが渚。俺の弟(妹)。見ての通り頭の良い奴だ』と説明しても、納得されるくらいにはインテリジェンスに溢れている。


……ああいや、ごめん、撤回。

頭の良さはともかく、俺とは外見レベルが違い過ぎて、見た目的な意味で双子だと言っても信じてくれないかもしれない。


「準備してくるから、教科書を用意してリビングで待っててね」

と言い放ち、自室へ戻る渚。


一方俺はいちいち着替えるのも面倒なので、部屋にいかずそのままリビングで待機中。


今日の気温だが、渚は丁度いいと言っていたが、俺にとっては肌寒く感じている。

だから朝はブレザーを着て登校した訳だし、それを渚に貸し出した日中は震えを堪えていた。

そしてブレザーを返してもらったら、それを着るのは当然な訳で。


――クンクン。スーハー。


「うぅ、ヤバすぎだろ俺」


半日ほど渚が身に纏っていたブレザーは、アイツの薔薇のような花の匂いをたっぷりと染み込ませていた。


その匂いに包まれていると、まるで渚に常に抱き着かれているような錯覚を覚える。


「大体、いくら体や匂い(たいしゅう)が女になっていると言っても、そもそも渚は男なんだぞ」


冷静になる為に事実確認をしてみるものの、それが“ムダな努力”・単なる欺瞞でしかないのを承知の上で、だ。


「お待たせ、兄さん」


そうしてゴロゴロと身悶えているうちに、ようやく渚がやってきた。

長い黒髪をアップで纏め、レディーススーツとタイトスカートという女教師のコスプレをして。


渚「ぱんつクンカクンカ」

兄一「ブレザークンクン」

やっぱコイツら双子だわ

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