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街角聖女はじめました  作者: たろんぱす


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21/21

合流

いつもありがとうございます。



――(いち)時間前。


 日が落ちると、エーリズの夜は早い。暗闇の中で歩く人は殆どおらず、ランドリックはギアを最速に入れて飛ばした。


「そこ、右でお願いします」

「おう! まだ動いていないのか?」

「動いておりません」


 道が悪くガタガタ揺れる車内で、ティンバーは青白い顔でぐったりと座席に沈んでいる。ハンナは受信機に示された、ソニアを示す光点を見ながら方向を指示した。この光点は丸一日動かなかった。何かあったに違いないと焦る。


「この辺り、この辺りのはずです」

「王都からは随分外れたぞ、と外壁か? 迂回しないとダメだ」

「この壁の向こうなのですが、仕方ありません」


 辺りが暗く、近付くまで気が付かなかったが、どうやら防壁がある都市のようだ。

 ハンナは身軽に窓から飛び降りた。


「貴方は門の方へ向かって下さい! 私は壁を越えます」

「了解! 後で」


 ランドリックが去るが早いか、ハンナは風の魔法で大きく跳躍し、煉瓦の僅かな凹凸を利用して素早く壁を登った。

 外壁を越えると古い建物が多い地区だった。人の気配はあるものの、活気のある様子はない。

 轍跡が残された土道を走っていくと、商家のような立派な建物があった。

 一階は倉庫兼、荷馬車停めのスペースがあり、横に樽や木箱が積み上がっている。二階は居住スペースだろうか。新しい建物ではないが、手入れがされている。

 ハンナは受信機を確認して、馬車停めへと歩を進めた。

 倉庫を奥へ進むと、ドアの先は事務所のようになっていて、その隣りはキッチン。キッチンからは下と上に階段が延びている。


(下階から複数人の気配がする)


 仮に全員が武人だった場合、正面から一人で制圧するのは厳しい。背後も取られたくないので、人気のない上階から検める。

 木製の階段を軋ませないように気を配り、早足で最奥の部屋から確認していく。丁度真ん中の部屋を開けて、ハンナは部屋のベッドへと駆け寄った。


「ソニア様!?」

「ファンハ!」


 手と足を縛られて、布をかまされたソニアがそこにいた。解こうともがいたのか、シーツが乱れている。


(顔色は悪くない。手足を縛られているけど、随分緩いわね)


 結んでいる布を解き、さっと全身をチェックして怪我がないか確認する。擦り傷は数箇所、下着姿だが、乱暴されてのことではないようだ。


「大丈夫ですか。一体何があったのですか?」

「大丈夫っス。……ハンナ」

「何でしょう?」

「ごめんなさいっス」


 ソニアはベッドの上でペコリと頭を下げた。


「あたし、クラウディオさんが毒に倒れたって聞いて、焦って。ひとりで飛び出したけど、結局助けてもらって……情けないっス」

「いえ。……聞いた、とは? 誰に」


 ソニアの謝罪に驚く。そもそも怒ってはいないし、護衛対象に逃げられたなんて、隠密にとっては普通に恥だ。恥ずかしい。それより聞き逃せない言葉を深掘りする。


「えと、皇帝陛下の隠密だと言ってたっス」

「……そうですか」


 多分ペキュラで見かけた、馬車に乗ったあいつだろうと当たりをつける。仕事の邪魔をされたのだ。そっちは怒る。


(そこはクラウディオ様から兄上様に苦言を呈してもらいましょう)


「では、ペキュラへ戻りましょう」


 テノラスへ帰ってもいいのだが、荷物をペキュラに放置してしまったし、大魔導士への挨拶もしなければならない。

 だが、ソニアは大きく目を見開き首を横に振った。


「我儘はわかってるんスけど、クラウディオさんが無事か確認させて欲しいっス」


 正直言ってハンナは驚いた。


(クラウディオ様、意外と愛されている……!)


 クラウディオの面倒くさい好意に比べると、ソニアの気持ちは未だもっとささやかなのかと思っていた。

 ハンナは報われた主人を思い微笑む。


「わかりました。私もご一緒します。今度は置いて行ったら駄目ですよ」

「わかったっス! ハンナ、ありがとっス!」

 

 ハンナは魔法で小さな炎を浮かべ、部屋を見回す。壁に打ち付けられたフックに聖女服が掛けられていた。近づいて手に取るが、スカートが斑らに汚れ、刺繍はほつれている。袖口や襟ぐりも汗染みや土埃の汚れでとても着せられない。


「少々お待ちください」

「え? うん」


 ハンナは別の部屋を漁り、女性服を見つけたのでそれを持ってソニアの元に戻った。


「こちらを拝借致しましょう」

「これって……シスター服?」

「はい。何故かこればかりストックがありましたので」

「あぁ、アウロのっスかねぇ」

「アウロ、とは?」

「えっと、なんかデリオン教のシスターで……」


 ハンナは着替えを手伝いながら、これまであったことをソニアから聞く。ざっくりした説明だが、手持ちの情報と併せてなんとなく事の真相が見えて来た。


(多分、クラウディオ様が探ってらした事と繋がっているのだわ)


 ということはクラウディオの元へ向かうというソニアの行動は危ない反面、真相を完全に暴くのに一役買うのでは? と思う。


「よし、準備オッケーっス!」


 シスターベールまで被ったソニアがブーツのつま先をトントン鳴らして、軽く腕を伸ばす。


「では行きましょう」


 一階に降り、動きのない下階の気配を一瞥して外へ出た。しかし外にも人の気配がし、ハンナはソニアを制する。

 倉庫の陰に一旦身を隠し様子を窺うと、それは意外な人物だった。


「ロハン様?」


 鎧は身につけておらず、革製の胸当てと小手をつけ、剣を差したロハンだった。服装は町民のような格好で、あと何故か背負い籠を持っている。

 ハンナが姿を現すと、一瞬身構えたロハンがすぐに驚いた顔をした。


「ハンナ殿!?」

「ロハン様、何故ここに?」

「俺はソニア様を捜しに来た。昨日、デリオン教の門の前で見失ったのでな」


 ソニアは自分の名前に反応し、ハンナの後ろから顔を出すと、ロハンはホッとした顔をした。

 

「無事そうで良かった。独りかと思っていたが、ハンナ殿と別行動だったのか?」

「あ、いやー。その」

「色々ありまして、先程合流致しました」


 ロハンは背負い籠をソニアの前で降ろす。


「これはソニア様のだろう? 一応回収しておいたが」

「えっ!? あ、本当だ。ありがとうっス!」


 中を検めてソニアは鉈を取り出して、嬉しそうに笑いながら手首を動かして振り心地を確かめる。鉈なんて何処で手に入れたのだか。


「ソニア様の身柄の安全が確保出来たら仕事に戻るつもりだったが、このあとはどうするつもりだ?」

「ソニア様の希望でクラウディオ様の元へ向かうところです」

「そうか。ならば共に行こう。イーデンが先行しているはずだ」

「ああ、だから通信を切っているのですね」


 ハンナは自身の耳のピアスをひと撫でする。潜入中に通信出来なくなるのはよくあることだ。

 ソニアが小走りに動き出すと、二人がついて走り出す。


「ロハン様は徒歩ですか?」

「ああ、ソニア様を探すのに道すがら建物を訪ねて移動していたからな」


 辺りは暗く、ロハンが持つカンテラだけが、道に狭く光の円を描いている。走っている今はそれが左右に揺れて辺りを照らす。ギリギリ馬車が通れるような路地に並ぶ建物は少々うらぶれている。平民の中でもなんとか貧民にならない人々が集まるエリアなのだろう。家から漏れる明かりもなく、静まり返っている。

 ペンダントを見ながら先頭をソニアが走っていたが、土の道から石畳で舗装されたエリアまで来ると、ロハンが前に走り出て先導した。


「こっちだ」


 領都の中心部が近づくにつれて、何やら騒がしくなってくる。顔を上げれば夜空が一部オレンジに染まり黒煙が立ち上っていた。焦げた匂いが鼻に届く。


「何が起きてるんです?」

「わからん、朝の時点で騒ぎは無かった」


 目的のデリオン教の門前には人垣が出来ていた。


「すまんっス、通して欲しいっス!」


 ソニアが声を上げると、そのシスター服を見た人々が関係者と勘違いして道を開けた。ハンナとロハンはその背後にぴたりとついて一緒に入る。

 門は開け放たれているが、関係者は皆避難したのか、前庭に人の気配はない。ソニアは迷いのない足取りで建物へと走り込んでいく。


「クラウディオ様の場所は何処ですか?」

「そのまま真っ直ぐ、教皇室のクローゼットに地下への階段がある!」


 聞いていたソニアが最奥の部屋へと駆け込むと、既に誰かが侵入したのか、服が床に散らばり、壁一面を覆う大きなクローゼットが開け放たれていた。クローゼットの奥にある階段をソニアはペンダントの僅かな光を頼りに五段飛ばしで駆け下りていく。


(早い……!)


 なんとか後に続くも、先に最下層に辿り着いたソニアが安全確認もせずに部屋へと飛び込む。ロハンと二人、残った階段を纏めて飛び降り、再びソニアを視界に収める。が、ソニアは握りしめていた鉈を手放した。

 一瞬死角に入った隙に攻撃されたか!? と焦り、盾になる為ソニアの前に飛び出そうとしたところで、ソニアが驚きの声を上げた。


「クラウディオさん……浮気してるっス……!」


 ロハンも剣を抜きながらソニアの前に滑り込むが、一拍おいて「ん?」と眉間に皺を寄せた。

 ハンナもよくよく状況を確認する。

 裸足でだらしなくシャツを着崩し、髪を乱した主が、どこぞの得体の知れない女の顎に手を掛けている。


(あー、はいはい。いつものですね。手札を使いたくないから適当に相手に合わせて情報抜きつつ、自分に優位に運ぼうと欲張りましたね)


 女を護衛している教会騎士と思しき集団に夫の姿がある。クラウディオが気づいていないはずがないので、ここぞと言う時まで温存して自力でなんとかしようとしたんだろう。

 クラウディオの目はこれでもかと見開き、女性を魅了する微笑みは完全に硬直している。


(が、これはクラウディオ様が悪い。婚約者が出来たのなら手段を改めるべきだった。仮令目の届かないところにいたとしても)


 ハンナは目を白けさせて、すすっとソニアを背に隠す。するとソニアが涙目にぷるぷると震えた可哀想な様子でハンナにしがみついた。


「こ、こういう時どうしたらいいっスか!?」


 修羅場の作法ですね。

 ハンナはソニアが落とした鉈を拾い上げてその手に握らせた。


「殴ってやればよろしいのです」

「なぐる」

「いや、待て待て! 殴るはともかく鉈を握らすな!」


 ロハンがソニアの手から鉈を取り上げツッコミを入れる。ハンナは不満そうにロハンを睨み付けてからソニアの手を握った。


「許すも許さないもソニア様のお好きになさって良いのですよ」




***




『好きにしていい』


 そう言われてもソニアはよくわからなかった。

 ただひとつ、クラウディオを助けて欲しいと言われて、必死に走った自分は要らなかったんだろうか。その考えにとても悲しくなった。

 恐る恐るクラウディオに視線を向ける。

 本当に好きな人との逢瀬なのだとしたら、きっと迷惑そうな顔をしている。そう思うととてもクラウディオを見られない。


「あら、貴女ソニアなの?」


 だが女の方が声をかけて来てはっと顔を上げた。

 女はウェーブのかかった豪華な金の髪を手で払いながら振り返る。艶やかな微笑みに女性らしい曲線を描く肢体、自信に溢れた立ち姿にソニアはその名をつぶやいた。


「フィリス……」

「ふふ、久しぶりねぇ。いつ見ても見窄らしいわね。しかもなぁに? その格好、唯一の取り柄の聖女も辞めたの?」


(ああ、そうだ)


『固く真っ直ぐな髪にガリガリの手足。貴女、案山子みたいね。ご存知? 案山子。私以前領地の視察で知ったのだけれど作物を鳥から守る藁人形のことなんですって。うふふ、色までそっくり』


 最初にソニアを案山子と呼んだのはフィリスだった。

 メリッサが亡くなる一年前くらい、次期筆頭がソニアじゃないかと囁かれ始めた頃に、フィリスに絡まれるようになった。いつも取り巻きを連れて、五人くらいでソニアを嗤いに来る。

 仕事を人に押し付けて全然しないくせに、次席に納まり、更にはソニアの治療実績を全て横取りして王宮から追い出した女。


『フィリス様って物知りなのですね』

『くく、フィリスお嬢様の言う通り畑で仕事をしてはどうかね?』


 この女に絡まれると誰も助けてくれない。寧ろ媚を売りたい人達でフィリスの味方がどんどん増えていく。案山子の呼び名は瞬く間に王宮に広まった。

 歯向かっても意味はない。まともに相手をする虚しさ、やり過ごす忍耐、王宮で過ごす生活はそんなものばかり覚えた。

 メリッサが亡くなってからはもう、心から誰かと会話する事なんてない。


 フィリスがクラウディオの肩に手を置き、胸を寄せる。まるで過去に引き戻されたようだ。

 そう、そうだった。これが普通なのだ。

 クラウディオだってきっとフィリスみたいな女性の方がいいはずだ。

 ソニアはへらりと笑った。


「フィリスは相変わらずっ」


 ――――ゴッ。


 全てを言い切る前に、フィリスが爆速で真横に吹っ飛んだ。目で追えず、ソニアにはフィリスが一瞬で消えたように見えた。


「スねぇえ?」


 なんとなく残像が見えた方を振り向けば、そこには鼻血を垂らして伸びているフィリスが横たわっていた。みるみる頬が腫れ上がってくる。

 何があったのかとクラウディオの方を見ると、そちらも床に倒れ込み蹲っていた。


「クラウディオさん!?」


 慌てて駆け寄ると、全身からバチバチと音を立てて雷光が見える。


「大丈夫、首輪の着け主を殴り飛ばして魔力封じのペナルティが発動しただけですから」


 フィリス側に付いていた騎士が、クラウディオを支え起こして、赤く染まったハンカチでクラウディオの首元を拭った。

 よく見れば首輪が着いている。それが、ガチャリと音を立てて床に落ちると、クラウディオは浅く息をついて目を開けた。


「助かった、イーデン」

「もっと早くお呼び下さい」

「ひとりで制圧出来るかと思ったんだが、甘かったな」


 クラウディオが首輪の跡が付いた首をさすりながら身を起こす。そして心配そうにソニアの方を見た。


「ソニア、ごめんね」


 何を謝られているのかとソニアの頭が軽く傾ぐと、クラウディオは困った子を見る目で微笑んだ。


「ちょっとあの女を油断させたかっただけなんだけど、勘違いさせちゃって。……あんな笑顔、させるつもりなかった」

「勘違い?」

「そうだよ。浮気は勘違い。僕は浮気なんてしていないよ」


 クラウディオの言葉を頭の中で反芻して、おずおずとその紫色の瞳を見つめる。


「ほ、本当?」

「本当。ソニアが来てくれて嬉しい」


 クラウディオは立ち上がると、心から嬉しそうにソニアを抱きしめた。肩口に顔を寄せて頬擦りする。


「太陽と風と汗と土埃の匂いがする。外を自由に駆け回るソニアが僕は好きだ」


 ソニアもクラウディオの匂いが好きだ。本人の匂いとジュスティラの淡い香水の匂いが混じり合った甘く温かい香りにホッとする。

 だが今はそうじゃなくて眉間に皺を寄せた。


「クラウディオさん、臭い」

「えっ!?」


 クラウディオが顔を上げて慌ててソニアの肩を掴んで引き離す。


「そういえば嘔吐した後お風呂に入ってないんだった。ごめん、今すぐ魔法で綺麗に」

「違うっス」


 ソニアはクラウディオの手を押し除けて、その頰を両手で挟んで自分の方へ向けた。


「何でこの、甘臭い匂い……先王(ジジィ)と同じ匂いしてるんスか?」


 ソニアはそのよく知る臭いを嗅いで眉間に皺を深くした。ソニアにとって病床の、死にゆく人の臭いだ。


「先王と同じ、だって?」

「すぐに治療を!」


 ソニアがクラウディオの顔を引くと、クラウディオは焦ってソニアの手を掴む。


「待って待って、お風呂は本当に入ってないから。本当に臭いから、あんまり近いのは」

「大丈夫っス、あたしも入ってないんで」

「そこは恥じらおう? なんだか僕の方が乙女みたいじゃないか」

「いちゃいちゃ中申し訳ありません。こちら教会騎士の制圧終わりました」


 ハンナが声をかけてきて、ソニアはハッと手を離す。


「いいい、いちゃいちゃなんてしてないっス!」

「ご苦労様。賊の方は?」

「とりあえず一箇所に纏めて、今ロハンとイーデンが見張っています」


 クラウディオは片手を上げて、辺りを見回した。ソニアも呼吸を落ち着けて見渡すと、昏倒した騎士が全て縄で縛られ床に転がっていた。フィリスだけ何故か、手首と足首を背中側で繋がれて、エビのような格好になっている。ハンナの、主を害された怒りの現れだろうか。


「じゃあ、騎士達は一度起こして外に連れ出すか」

「待つっス! 先に治療させろっス! いっスよね、ハンナ?」

「勿論です」

「よっしゃ! じゃあ早速」


 ソニアはクラウディオの腕にしがみつき、離さんぞと意思表示しながら魔力を通して診る。


(良かった、腐ったりはしていない。でも全体的に血行悪くなってる。はっきりと怪我とか病気って感じじゃないけどなんか靄? みたいな滞りがある。これがあの人が言ってた毒の影響なのかな?)


 逆に言ってしまえば、症状としてそれくらいなのだが、こういうのは蓄積していくのが怖いのだ。


(蓄積、毒、ジジィと同じ臭い……。え? あれ? いやいや、あたし頭悪いし、違うでしょ。そんな)


 なんとなく先王が毒を盛られていたんじゃないか、なんて怖い考えに行き着いてしまった。しかも、長い間。

 気持ちを切り替えて、クラウディオを一通り診て、出ている症状をすぐ治してしまおうと治癒魔法を使った。


 だが、クラウディオを包むように出した魔力が丸ごと強く引っ張られる感覚に、ソニアはよろめいた。


「うおっ!?」

「ダメ! ソニアさん魔法を使わないで!!」


 声の方に視線を向けると、そこには焦った顔をしたアウロが、こちらに駆け出そうとしてロハンに止められている。

 バランスを崩して数歩よろけたソニアは、床に刻まれた模様、すなわち魔法陣を踏んでしまった。すると体から更に魔力が抜けていく感じがし、魔法陣の光が増す。それと同時にソニアのスカートから、黒雷が放たれた。


「ぎゃーー!? 今度はなんスかぁっ!?」


 部屋を横断するほど大きな雷に全員が警戒する。捕縛され気を失っている騎士数名に当たり、吹っ飛ばされ壁に激突した。

 ソニアのペンダントも静電気が通ったように小さく跳ねて頰にペチリと当たり、クラウディオも両耳にバチッと小さく電気が走る。

 クラウディオは危機を察して、素早くソニアの手を引き抱き寄せた。足が魔法陣から離れたことで魔力の放出が止まる。


「いたたっ。なんかポケットがバチバチしてるっス」


 ソニアがひいひい悲鳴を上げていると、大きな音を立てて足元の石が割れた。バキバキとヒビが広がり、魔法の端に切れ目が入る。


「へっ!?」

「魔法陣が割れたですって!?」


 いつの間にかアウロがソニアの近くまで走り寄ってきていた。ロハンとイーデンは耳を押さえて追いかけてきて、ほかのアウロの仲間も駆け足で退避して来ている。


「あた、あたしじゃない! あたし壊してないっスよ!?」


 クラウディオに抱きしめられたまま、ソニアはアウロの前で手を大きく振る。その手をアウロが両手でしっかりと握った。


「いいえ、いいえソニアさん! 壊していただきありがとうございます!」

「ひいぃ、本当にあたしが壊したんス? ご、ごめんなさいっス。べ、弁償? いや、弁償だけでどうにかなるものスか?」


 巨大な柱や磨かれた岩石が鎮座するこの部屋が造られたものだというのはわかる。高そうなのも。壊したのは貴女だと突きつけられてショック過ぎる。


「ソニア、ポケットに何を入れているの?」

「え? ああ、これっスけど」


 黒雷が収まると、クラウディオがソニアのポケットを指差して言った。

 ソニアがポケットから取り出したものは、クロワーズ城の鍵だった。借りている他人(ヒト)ん家(?)の鍵をその辺に置いていくのが憚られて持っていたのだ。


「鍵、ソニアのペンダント、僕たちのピアス……」


 クラウディオは黒雷の影響を受けた物を羅列し、少し考えてハッと顔を上げた。


「魔導具? もしかしてこの魔法陣他の魔導具と相性悪い? 仮定だけど他の魔法陣や魔法回路の影響を受けて誤作動を起こすのかも知れない」

「ということは、壊れたのやっぱりあたしのせいか……」


 ふ、とソニアは遠い目をして途方にくれた。心の中は「やっちまった……」という思いでいっぱいだ。目撃者が多過ぎて罪確定といった感じだ。


「では今まで魔導具関係者ばかり呪いの被害に遭っていたのは……」


 アウロは口元に手をやりぶつぶつとなにか呟いた後、顔を上げて再びソニアの手を握った。


「ソニアさん! どうかこの鍵をお貸し下さい。どこの鍵かは存じませんが決して悪用は致しません」

「は、はい。どうぞっス」


 勢いに押されて手渡すとアウロは仲間達に向き合って鍵を高く振りかざした。


「みなさん、聞いていましたね! 今こそ魔法を全力で使うのです!」

「「「おおーーーー!!!」」」

「え、ちょ……」


 ソニアが止める間もなく、野太い雄叫びを上げた男達は思い思いに魔法を放った。そこら中に火や水が現れ風が吹き込む。男達の魔力に反応した魔法陣が光り出すと同時にアウロが持つ鍵を中心に再び大きな黒雷が部屋を縦横無尽に走り出した。そうして壁面や柱にビキビキとヒビが入っていく。


「あは、あはは! あははははは!! こんなに簡単なことでしたなんて!」

「ア、アウロが壊れたっス……」

「そう呑気なことは言ってられないね。部屋が崩れる、撤退だ!」


 部屋の振動が大きくなってきて、天井から小石大のかけらも落ちてきた。急いだ方が良さそうだ。

 クラウディオの声に、エビ型フィリスをヘソ天に担いだハンナ、騎士を二人ずつ抱えたロハンとイーデンがやってくる。


「君たちも逃げるんだ! 出来るだけ多くの証言者を残したいから、余裕のある人は気絶した騎士を担いでくれ」


 アウロ達に声をかけたクラウディオがソニアを横抱きに抱え上げる。


「承知いたしました! みなさんもういいでしょう。行きますよ!」

「僕達も行こうか」

「いやあたし走るっスけど?」


 ソニアが言うが早いかイーデンを先頭にハンナ、クラウディオ、ロハンと続く。パラパラ程度だった崩壊の音がだんだん大きくなっていく。


「いやほら、みんな教会騎士担いでいるのに僕だけ手ぶらってのもねぇ?」

「いや主人に荷物(捕虜)運ばせる人なんていないっスて! もう!」


 クラウディオの負担が減るように、首に腕を回してしがみつく。ついでに先程途中になってしまった治癒魔法もかける。


「ふふ、危機だというのに和んでしまうよ」

「……体調が良くなるならそれでいいんス」


 ソニアは腕に力を入れてぎゅうと抱きしめる。


「ソニア?」

「初めて会って旅した時、クラウディオさんが心配してくれたみたいに……あたしだって心配するんスからね!」


 クラウディオは暫くぶりに、心から微笑んだ。


「うん。ありがとう」




 全員が地下室から外へ避難して、騎士達を地面に下ろすと、背後の地面がボコッと音をたてて沈下した。その上に建っていた建物も傾ぎ、沈下の中心部から崩れていく。

 入る前には燃えていた一部もすでに火は消え、煤臭さが風にのって鼻に届いた。


「一族の悲願が……やっと」


 アウロと仲間達からは啜り泣きや嗚咽が上がる。ソニアは無事地面にも下ろされてひと息つく。


「僕達は王宮に残っているであろう部下や侍従達と連絡をとって合流する予定だ。ソニアはどうする? 出来ればハンナ達と帰って欲しいんだけど」

「あたしも行くっス。足手纏いにならないようにするっスから!」


 顔に「クラウディオさんが心配だから」と書いてあり、さすがのクラウディオも断れない。それに別行動して狙われるケースも考えれば、一緒にいた方がいいかも知れない。


「王宮だよ? 本当に大丈夫?」

「大丈夫っス! クラウディオさんがいるし」

「ソニア……」


 そこでハンナがぱんぱんと手を叩いて気を引く。


「いちゃいちゃストップして下さい。あちら方の会話が不穏です」


 いちゃいちゃしてない、との反論を許さず、ハンナはアウロ達を指差す。


「私達は任務を成功させ、全員生還を果たしました! これは思いがけない成果です! このまま王の首取り組に合流しましょう!」

「アウロはダメだ! バレたら殺されちまう。だから魔法陣破壊組になったの忘れたのか」

「バレなきゃ大丈夫です!」

「ダメだ!」


 なにやら言い争いが始まった。


「ちょっと待って、君達王の首を取るつもり?」


 クラウディオが会話に割り込み、アウロ達が話を中断する。クラウディオとの対話にアウロではなく、縦にも横にも筋肉のついた一番厳つい男が前に出た。


「そうだ」

「取ってどうするの?」

「どう? この国を終わらせる」

「それは君たちの自己満足だよね? 残された無関係な人々は? 国がなくなったからって、そこに住む人々が消えるわけじゃない。国の混乱に乗じて起こる争いやそれによって逃げ出す人々への責任はどうするの? 難民の逃げる先はテノラスかペキュラが殆どだろう。まさか尻拭いを全部他国に押し付けるわけじゃないよね?」

「この、侵略国家の癖に」

「元、ね」


 クラウディオの出自について承知しているようで睨みをきかせてくる。

 クラウディオの誘拐ならエーリズに責任を取らせられるが、国自体が無くなってしまえば結局収集をつけるのは周辺国だ。それはテノラス側として賛成出来ない。

 国自体が無くなること前提だったニーマシーとは条件が違うのだ。

 厳つい男とクラウディオが睨み合う中、集団から手が上がる。


「はい!」

「何?」


 男達の中では比較的ヒョロッとした理知的な男だ。


「先王の私生児に心当たりがある! そいつに王位を継がせてもいいなら、我々は王の首取り後他国(貴方)の指示に従う」

「お前勝手に……!」

「だって、それが一番だと思わない? それで現王家の悪縁を断ち切れて、国民への迷惑は抑えられるんだよ? 他に方法がある?」


 クラウディオは顎に手を当てて一考する。


「ふむ。その私生児は君達の仲間ということ?」

「ああ」

「王になるのは納得するの?」

「説得する。現王の首を取るのはあいつも望んでいたことだ」

「わかった。それでその人は今どこに?」

「今は王宮に捕まっている。王の首を取りつつ救出したい」


 いくつか話し合い、一行はこの場を離れる事にした。


「僕達はこの度のテノラスの使者である我々へ手を出した事で、話し合いと称して王や宰相ほか重役達を一纏めに引きつけてあげるよ。タイミングを上手くついて成功させるかは後は君達のやる気次第だ」

「絶対に成功させます! では王宮で」


 なんだかよくわからない間に争いに足を突っ込んでいたソニアは、同じように静かにしていたアウロに声をかけた。


「アウロ、顔色悪いっス」

「あ、ソニアさん」


 許可を貰って手に触れ、治癒魔法をかける。


「あたたかい……」

「ちょっとマシになったっスか?」

「ええ、ありがとうございます」


 アウロは微笑んで、それから悲しげに目を伏せた。


「ソニアさん、睡眠薬を飲ませて縛ってしまってごめんなさい。最初から貴女を連れていけば良かったです」


 アウロが預かっていた鍵をソニアに手渡す。


「それは結果だけっス。誰も鍵ひとつで部屋が壊れると思わないっス」

「ありがとうございました。またお会いいたしましょう」

「もちろんっス! じゃ」




 テノラスメンバーだけになり、クラウディオはハンナにきいた。


「ハンナ達は何で来たの? ランドリックはどこ?」


 何で来たのと聞きつつ手段に確信があるようだ。


「私はランドリックさまの操縦する四輪魔導車で来ました」

「私()?」

「あたしは走って来たっス」

「は?」


 主相手に嘘のつけないハンナは指先を前で揃えて目を伏せ、お叱り受けますモードである。


「皇帝陛下がソニア様に接触されまして」

「ふーん? 兄上ってばそう来たか。それって何日前?」

「三日です」

「ソニアに吹き込んだのは許せないけど、使えるものは使っとこうかな。さ、四輪魔導車とやらはどこ?」


 クラウディオが歩きだすと、ランタンを持ったロハンが先頭に立つ。


「夜中ですから領都の門が開いておらず、多分門前で待機しているかと。因みに四輪魔導車は操縦者を除くと三人乗りです」

「でしたら、私は別ルートで参ります。捕虜の移動もありますし、御前失礼します。ハンナさんまた」


 イーデンは別れを告げて、一歩後ろに下がるとそのまま闇に溶けるように姿を消した。


「ハンナの知り合いっスか?」

「夫です」

「えっ!? 挨拶してないっス」

「申し訳ありません、後で顔を出すように言っておきます。それより、言い忘れておりましたが、ランドリック氏の他に同行者が一人おります。ペキュラの呪術専門保安官のティンバーという男です。どうやらエーリズが撒いていた呪物を探っているようで」

「ペキュラの魔導士なら飛べるだろう? 付いて来たいなら自力で来させれば良いよ」

「……左様ですね」


 ハンナの言葉尻が強くなり、目がキラッと光る。ソニアは「なんで来たんだろ?」と首を捻った。


「じゃあ朝一で領都門を出て……」


 クラウディオがなんとなく、オレンジに染まり始めた空を見渡して、北西のまだ暗い空に動きを止めた。


「どうしました?」


 ロハンが瞬時に警戒して剣を構える。ハンナもソニアの横に付き身構える。


「何か来る。強い魔力だ」


 クラウディオはいつでも放てるように、掌に鋭い氷の刃を出現さた。ソニアだけ、ポカンと空を見上げた。


「椅子、っスね……」


 夜闇に僅かばかりシルエットが浮かび上がり、だんだん近づいてくる。椅子だ。王様でも座りそうな装飾過多の豪華な椅子。そこに漆黒のローブを着た金髪の大男が、泰然と足を組みこちらに飛んでくる。そしてソニアの上空で止まり、その赤い目で見下ろしてきた。


「ソニア、探したぞ」

「いや、誰っスか」




ちゃぶ台返し(エアー)を幾度となく披露しながら書き直した1話です。

お届け出来て良かったです……!


最後まで頑張ります。


あと、ご友人の修羅場に遭遇しても鉈は握らせないようにお願いします( ˘人˘ )

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― 新着の感想 ―
イベント一区切りしてなんか飛んできて何事かと思えば探してるのが主人公で会話が「探したぞ」「あんた誰」って言うのが最高のオチでした
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