魔法大国ペキュラ
タタン、タタンとリズミカルに振動する車窓からチラリと外を窺う。テノラス帝都を出発して既に丸一日以上経った。
ペキュラはテノラスの北西に位置する為、寝て起きると夏の景色は一変し、広葉樹は葉先を黄色く染め始め秋の風景となっていた。
廃魔石を火魔術で燃やすと出る、特有の赤い煙が、動力である先頭車両の煙突から定期的に排出され、秋の景色が時折ボッと赤く色付く。初めて魔導列車に乗った時にほぼ寝ていたソニアは知らず、今朝方になってやっと赤煙に気がついて、火事かと思い大騒ぎした。
『ペキュラ行き、寝台特急国賓特別号はあと1時間程で目的地へと到着いたします。忘れ物が無いか今一度ご確認の程宜しくお願いします』
車内アナウンスが流れ、ソニアは「お」と視線を上げる。最初に流れた時は驚きすぎて猫の様に飛び上がってハンナにしがみついたが、その後度々流れてやっと慣れてきた。
「ソニア様、もう直ぐ到着ですね」
「うん!」
ペキュラの使節団とソニアを乗せた寝台特急国賓特別号は、途中駅で一度も止まらずにペキュラ首都へと向かった。予定より一両増やしてもらい、ランドリックも同道している。
森を出ると広大な麦畑の中に、時折小さな集落が見える。暫く拓けた場所を走ると、遠くに白く細い尖塔が見えた。それは等間隔に並び立ち、その下には針葉樹の森が広がっていた。
「ハンナ、あの塔は何スか?いっぱいある……」
ハンナはソニアが指差す窓の外を覗き込み、「ああ」と頷いた。
「あれは結界の塔でございます。あれから先に進みますとペキュラの首都クロワーズになります」
「結界の塔?」
「ええ。あの塔が等間隔で首都をぐるりと囲み護っているのです。魔獣や魔法攻撃なんかは軒並み弾くそうですよ」
「へえ〜!」
凄いものがあるもんだ、と感心する。ハンナも横に来て一緒に窓の外を眺める。
「ああ、ほら。黒い尖塔がお見えになりますか?あれが目的地のクロワーズ城です」
「クロワーズ城……」
針葉樹の上に鋭角な黒い塔の先が幾つか伸びている。あれがそうなのだろうか。
「大魔導士はクロワーズ城に居られます。ペキュラは王制ではありませんので、国の代表は大魔導士になります。これは世襲ではなく、四年に一度大々的なトーナメントが行われているそうです。現在の大魔導士はグレゴリオール・ストロバトス様。大魔導士の座を既に二十三年守っております」
「へぇ〜。実力主義ってヤツっスかー…………いや、待って!!大魔導士はつまり王様ってことっスか!?」
「はい、王相当地位となりますね。……ご存知無かったのですか?」
「無かったっスーー!」
やっと城を出られたのに何が悲しくて行き先が城なのか。ソニアはがっくりと項垂れた。
「まぁ、でも、ソニア様が思ってらっしゃる“城”とは少し違うかもしれません」
「え?」
どういうことかと聞き返そうとした時、列車がゆっくりとスピードを落とし、止まった。もう一度外を見ると、先程遠くに見えた白い尖塔が直ぐそこにある。
再びゆっくり動き始める。スピードは出さずにゆっくりのまま進む。尖塔の横を通る時、巨大な門とそれを管理しているであろう人々が見えた。開門の為に止まっていた様だ。
門はつるりと継ぎ目が分からず、一枚岩から切り出した様に見える。だがこんな大きな扉をどうやって削り出し、どうやって設置したのか。謎すぎる。
「うひゃ〜!門デカっっ……開け閉めも大変っスねぇ。このまま駅まで行くんスね?」
「駅どころではありませんよ。立たないよう気をつけて下さいね」
列車はゆっくりと下り始めた。ゴトン、ゴトン、と重い音を立てながら地面の下に潜る。煉瓦で出来たトンネルが列車をゆっくり飲み込んで行く。等間隔に壁に並んだ魔導燈が煉瓦を赤く照らす。
ソニアは小さく「おおっ……」と声を上げ、息を呑んだ。
「何処に向かってるんスか?」
「城の真下です。この列車は城内直通なのです」
「ええっ!?大丈夫なんスか?その、安全面的に」
不穏な輩が入って来ないのだろうか。
「それも、ペキュラならでは、と言わざるを得ませんね」
『ご乗車ありがとうございました。只今扉が開きます。お気をつけてお降り下さい』
ガチャン、と錠の外れる音がしてスライド式の扉が開き、ソニアは列車を降りた。
「な、なんスかこれぇ…」
降りて、目の前に広がる空間に足をとめた。
列車の外には皆同じ黒いローブを着た人たちが一列に並んで待ち構えていた。そして彼等の背後には右から左、下から上へと視界いっぱい夥しいほどの数の扉が並んでいる。
「あの扉、どうやって浮いてるスか?」
「あれはペキュラの国家機密です。私もよく存じ上げません」
上の方の扉はどうやって登るんだろう、と呆気に取られるソニアの横で、ローブ姿のペキュラの人が進み出てきて挨拶をし、ハンナと何やらやり取りを始めた。
ふと列車の方を振り返ると、丁度前方車両から降りてきたクスフェがこっちを向き、相変わらずの隈の浮いた顔を笑顔にして手を振ってきた。
(そういやテノラスにいる時全然会わなかったな〜)
使節として婚約披露パーティーに参加してくれていたらしいが、会場で会うことはなかった。
ソニアも笑って手を振り返すと、花でも飛びそうなキラキラの顔でクスフェがソニアの方へ足を踏み出した。だが侍従二人が素早くクスフェの両脇を捕らえ、抵抗するクスフェを近くの扉へ連れて入って行った。イヤイヤと首を左右に振っているのはわかった。
「何事……」
「どうかしましたか?」
ペキュラの人と話し終えたハンナがいつの間にか直ぐ横に戻ってきていた。
「教授サンが連れて行かれた?っス」
「ああ。お気になさらず。いずれ話すことになりますから今は放って置いて大丈夫です。それより大魔導士様へのご挨拶へ伺ってもよろしいようですので、早速参りましょう」
「あ、うん」
ハンナは手にした封筒を開けた。
「ペキュラの人から貰ったんスか?」
「はい、今し方。大魔導士様の待つお部屋までのルートが書いてあります。“千七百四十七”」
ハンナが数を唱えると、右上方にあった扉が瞬時に目の前まで降りてきた。
「わっ!?」
ハンナは躊躇いなくドアノブに手をかけて、ソニアを誘導した。
「どうぞお入り下さい」
「う、うん」
ソニアが恐る恐る潜ると、その先はまた扉だらけの部屋だった。
「えー?」
「“二百一”」
再びハンナが数字を言うと、今度は左奥から扉がスライドしてきて、二人の目の前で止まった。
ハンナはまたドアを開ける。
「“五百八十”」
「“三”」
「“四十ニ”」
ハンナは手紙を片手に次々ドアを呼び、次々と潜る。
ソニアは段々口の端が引き攣るのを感じた。
「これって、まさか……扉の番号の順番合ってないと、目的の部屋へ着けない、とか?」
「流石ソニア様。その通りです」
「お、覚えられる気がしないっスー!一体扉何個あるんスかっ!?」
ハンナは次の扉を開く。
「総数は存じ上げませんが、こんなに潜る扉が多いのは大魔導士様のお部屋だけですよ。しかも謁見の度に変わるそうなので、覚える必要はありません。私達が泊まる部屋番号は扉三枚分ですから大丈夫です」
扉三枚と聞いてソニアはホッと胸を撫で下ろし、先へ進む。ハンナはクスリと笑って、ソニアに言った。
「それに、もし万が一迷子になったら“二、三、五”と覚えておいて下さい」
「“二、三、五”……?」
「この順番に扉を潜ると城の庭へと出られます。迷子用の簡単避難経路だそうです。昔、扉の間を彷徨って餓死しかけた者が居るとか居ないとか。お部屋に居られなかったら庭まで迎えに行きますね」
怖い話である。ソニアは勢いよく首を縦に振った。
「“二、三、五”、絶対忘れないっス」
「ふふ。次が最後ですよ」
そう言われた扉の向こう側は、赤い絨毯が敷かれた、如何にも身分が上の人が使いそうな廊下だった。
ふかふかの廊下から窓の外を見下ろせば、大分高い。だが城の全貌を見ていないソニアは、多分半分より上の部屋、ぐらいのざっくりした事しかわからなかった。
「ソニア様、こちらへ」
ハンナの先導で両開きの大きい扉の前に立つ。扉には騎士も兵士も居なかったが、二人が立ち止まるとゆっくり開き始めた。
扉の向こう側にも赤い絨毯が続き、目で追うと部屋の中央に浮かぶ天球儀が視界に入る。藍色の天球儀は、天井に嵌められたクリスタル窓から降り注ぐ光を受けて淡く光っていた。
半円形の部屋の壁はカーブに沿って棚が設置されており、全てにぎっしりと本が詰まっている。
部屋の奥へ進むと一段高いフロアがあり、そこのソファに腰掛けた男性がゆったりと立ち上がった。
「ようこそペキュラへ。第六十八代大魔導士グレゴリオール・ストロバトスだ。聖女ソニアを歓迎する」
ソニアは驚きに目を見張った。
ペキュラの魔導士と聞くと、今までのイメージ代表が不健康に隈の浮いた痩せ型のクスフェだったからだ。
男は群青色のスリーピースの上に黒のローブを着用していた。ローブはゆったりしたオーバーサイズだが、ジャケットは前を開け、ダブルのベストとシャツはピチッと布が張っていた。
赤い目にモノクルをかけ、白髪混じりの金髪はオールバック。密度の濃い眉と整えた口髭から威厳が滲み出ている。
(ムキムキのバッキバキ……強そう)
「ソニアです。歓迎ありがとうございます」
階段から降りて目の前に立ったグレゴリオールは首が痛くなるほどに背が高い。筋肉で横にも大きく、威圧感が半端ない。
だが脳筋そうな外見とは裏腹に、恭しく腰を折り、ソニアの手を取りリップ音を鳴らし、階段上にあるソファへとエスコートした。
(し、紳士いっっ!!)
ソニアがソファへ座ると、ふわりとテーブルと椅子が現れる。どこからともなく茶器が飛んできて、テーブルに載り、ポットからお茶が注がれた。
(キ、キョロキョロしたいっ……!)
魔法だと思う。初めて見る魔法。こんなに優雅で、日常に溶け込んだ魔法は初めて見た。
食い入る様に見ていると、「ふっ」とダンディな笑い声が聞こえる。ソニアが視線を向けると、グレゴリオールは掌を上げ「失礼」と言った。
「可愛らしかったものでつい。あのクラウディオ殿の婚約者がこの様に素直な方というのは純粋に驚きだ」
「あの」という含みに思い当たる節があるので、ソニアはへらっと笑って視線を外した。
(裏であれこれ根回しするの好きだもんねぇ、クラウディオさんは。その婚約者が単純で面白いってことかなぁ。その通りだからいいけど)
グレゴリオールはそれ以上追求はせず、当たり障りない話題を振った後、本題に入った。
「ソニア殿には、我が国の聖女から謁見の申し込みが入っている。良かったらお茶会や治療施設の視察等に付き合ってやってくれ」
ペキュラの聖女はニーマシーで怪我した時に力を貸してくれた。ソニアも改めてお礼を言いたかったのだ。
「それは嬉しいです。私もまた会いたいと思っていました。だけど、ご子息の治療を先に済ませた方がいいのではないですか?いつ頃伺えばいいでしょうか?」
酷い怪我らしいし、なんなら今直ぐでもいいよ! くらいの心持ちで聞いてみたが、グレゴリオールはその立派な眉尻を下げた。顔がほとほと困ったと言っている。
「うむ……親としては直ぐ診てもらいたいぐらいなのだがな。その、愚息は今反抗期でな」
「はんこうき」
クラウディオが知ってる感じだったので、歳もクラウディオと同じぐらいを想像していたのだが、違ったのだろうか。
「えーと、息子さんはおいくつで?」
「うむ、二十二歳になる」
「はんこうき……??」
反抗期とは十代半ばの自立する頃になるものでは? と更に疑問符で頭がいっぱいになる。
「なので私の言う事を聞かんでな。ソニア殿の手が空いた時にでも訪ねてやってくれ。何、治療は急がん。クスフェもソニア殿と話したいそうだ。気の済むまでこの城に滞在してくれて構わない」
「はぁ」
大魔導士相手に気の抜けた返事をするしかなかった。
挨拶を終えてハンナの先導で部屋を出ると、そこには無数の扉が並んでいた。
「うおっ!?さっきは廊下だったっスよね?」
ハンナは振り返って、大振りの鍵を見せる。大門とかにしか使われないような大きさの、アンティークなデザインで持ち手の所に宝石がはめられている。
「扉の間に続く鍵です。この城ならどの扉でも、この鍵を差してからドアを開けば扉の間に出られます。後でソニア様にもお渡ししますね。これが無いと、まず扉の間を探して城中彷徨わなければなりませんから」
なんという遭難城。遭難した時のスリルと絶望を味わいたい遭難マニアが遭難したいが為に建てたに違いない。
「他に類を見ない、最強のセキュリティと言われています」
違うらしい。
当てがわれた部屋へ行くと、不審物検査を終えた荷物が運び込まれていた。
ハンナがお茶の用意をしてから荷解きに手をつける。
「ハンナ、すまんっス。お茶飲んだら手伝うっスー」
部屋のソファに座った途端、肩から力が抜けてぐったりした。思った以上に緊張していたみたいだ。
「ではソニア様がご自宅から持っていらっしゃったお荷物をこちらに分けておきますので、お願いします」
ソニアは大きめの革鞄に換えの下着と聖女服、それにワンピースを二着程詰めて持ってきていた。
対してハンナは幾つも大振りのトランクや木箱を持ち込んでいる。
「というか……そんなに何が入ってるっス?」
「クラウディオ様がご用意された正装等ですね」
木箱一つから装飾過多な聖女服が出される。ハンナは丁寧に皺を伸ばして、備え付けの衣装部屋へと運ぶ。皺にならない様にふんわり仕舞われているので、一箱に一着か二着しか入っていないようだ。ドレスもあったけど(いつ着るのさ?)と疑問しかない。
トランクは装飾品だったり、茶器だったり。
「そんな割れ物持ってきてたんスかっ?」
「どなたかお茶に招く時はこちらで茶器を用意しなければなりませんので」
「テノラスのマナー?」
「はい。お茶のマナーはペキュラも大差無いかと。エーリズでは違いましたか?」
「お茶会なんてやったことないっスよー」
一緒に出されたクッキーを一口でパクッと食べる。甘さが沁みる。続けざまにもう一個。
「そう言えばペキュラって王政じゃ無いのに、爵位があるんスね?」
今回同道したランドリックがペキュラで伯爵位を持っていると言っていたのを思い出す。あんまり政治に興味は無いけど、爵位は王様や皇帝が授けるものだと思っていた。
「そうですね。ペキュラでは魔力の強さや研究、功績から六段階の階級があるのです。それはペキュラ独自のものですから、国交を行うにあたって他国の貴族達から軽んじられる事があったそうです。それで三国同盟を結ぶ時、新たに爵位を設定致しました、という背景があります。ペキュラ国内においては爵位は後付けという印象が強く、階級の方が重要視されていますね」
「あ、そうだったんスね。それじゃあペキュラ国内では爵位では呼ばないんスか?」
「はい。ヴィルジュ様は確かに功績が大きく伯爵位をお待ちですが、魔力量が少ないので階級でいうと下から三番目のテイル級です」
「むむ……難しいっス。間違えないようにしないと」
「大丈夫ですよ。ペキュラで階級や爵位を付けて呼ぶことは稀ですから」
そもそもソニアはランドリックを爵位でなく名前で呼んでなかったか、なんて余計な事は言わない出来た侍女ハンナは、皿にそっとクッキーを追加した。
次の日、朝から予定伺いの手紙がソニアの部屋に何通も届いていた。ドア下から差し込まれた手紙の中から試しに一通手に取ってみたが、差出人が知らない人だった。ひとまず全部拾ってテーブルに置いておく。
それからいつもの聖女服に着替えて、ポケットにはハンナから渡された「扉の鍵」を装備した。
(超大事!)
部屋に余分にあるクッキーも布に包んでポケットに入れておく。誘拐された後、パンがポケットに入るか試したのだが、パンが大きすぎて駄目だったのだ。万が一遭難した時用にパンの代わりにクッキーを持つことにした。
その後部屋に来たハンナはすぐ手紙に気がつき、ソニアが洗顔している間にさっと目を通した。
朝食を済ませると「急ですが、ペキュラの聖女様からお茶会の招待を受けております。いかがなさいますか?」と聞かれたので、「行く」と返事すると「お召替えをお願いします」と言われ、いつもよりスカート丈が長いドレス風聖女服に着替えさせられてしまった。
ハンナは首を傾げて脱いだ服のポケットを探り、鍵は手渡されたが、クッキーは澄まし顔で棚に戻された。なんてこった。
髪をアップにセットされ、ハンナの先導でお茶会の場所へと向かう。と言っても扉三枚潜るだけ。どうやら招待状に扉の番号が書いてあるようだ。
着いた先は温室の外だった。「扉の間」の扉は全て同じ木目調のデザインだが、扉を閉めるとスッとその木目調の姿を消し、温室入り口のガラス張りの扉が現れた。
中へ入ると温室に静かに控えていたメイドが頭を下げて奥へと案内してくれる。煉瓦で舗装された細い道の先には円形に開けた場所があった。周りをピンクや黄色の春の花が彩っている。
その場所の中央に、お茶会のセッティングがされたテーブルと二人の聖女が立っていた。
「お待ちしておりました、ソニアさん。ようこそペキュラへ」
「待ってたよー」
サラサラの青いロングヘアに細いウエスト、大きいお胸とお尻を持つ美しい女性と、対照的にもう一人はピンクローズヘアを可愛いツインテールにした、ちょっと眠そうな小柄な女の子だ。
二人共揃いのデザインの聖女服を着ている。袖口や裾にレース飾りが多く着いた華やかなデザインだ。
「お招きありがとうございます」
テーブルの近くまで進むと、二人もソニアの前に移動してきた。先にツインテールの子が前に出る。
「わたしはレレ・トア。上級聖女でペキュラの筆頭聖女。クロニクル級だよ」
なんとこの小さい子が筆頭らしい。驚きを隠しきれずに差し出された手を握り返す。
「ソニアです」
しかし等級を言われてもわからない。昨日ハンナが説明してくれた時に普段あんまり使わないんだー、で納得せず全部の級の名前を訊いておけばよかった。自己紹介で使っているではないか。さすがに今振り返って聞くわけにもいかない。
少々困惑したのが顔に出たのか、レレは胸を反り返してちょっと思ってたのと違うことをこたえた。
「わたし、二十歳だから」
「…………えっ!?」
ソニアも小柄な方なので、成人女性で自分より小さい人は初めて会ったかもしれない。
「それは、びっくりっス」
「ソニアはその話し方が素?」
「あ」
「好きな話し方でいいよー。貴女は今大魔導士の客人という立場だからね。偉そにしてて大丈夫大丈夫」
一応お城内ということで畏まっていたが、ボロが出るのは一瞬だった。ハンナに視線を向けると小さく頷かれたので、ソニアはヘラッと笑った。
「そうさせてもらうっス。改めてよろしく」
「うん、よろしくね。それとこっちがー」
レレが横に避けるともう一人が前に進み出る。
「筆頭補佐をしております、シャルロッテ・シェパードです。私も上級聖女を務めておりますが、階級はフォークロア級ですわ」
フォークロア級。またまた初耳である。実力で階級が決まると言っていたから、筆頭ならそれより上ということだろう。
クロニクル級はフォークロア級より上、と頭に刻む。
美しいシャルロッテの顔を改めて見て、ソニアはハッとした。
「あ、ベッドの横にいた人だ!」
滞空艇で治療を受けた時、沢山いる聖女の中でも一番近くにいた聖女だ。
「あら、あんな状態の時の事を覚えていて下さったんですね。嬉しいです」
「えー、待って。わたしもベッド横にいたよ」
「レレはベッド横に用意された軽食の横でしょう。貴女ってば治療を終えてからずーっと食べてたんだから」
「……魔力を使うとお腹が空くんだもん」
そう言えばパンを持ったまま退室した子がいたなー、と思い当たる。
ソニアは丁寧に頭を下げた。
「あの時はきちんとお礼が言えなくてすまんっス。助けてくれて本当にありがとう」
「どういたしましてですわ」
「いいよ。でももしわたしがピンチの時には助けに来てね」
「約束するっス」
挨拶を終えて其々席に着きお茶会はスタートした。気軽に話したいからと、お茶を一杯注ぐとメイド達は離れていった。
レレは早速ケーキスタンドから、綺麗に並んだサンドイッチを半分ほど取り皿に移した。それを見たソニアも残った量のさらに半分を取り皿に移す。
「お、ソニアもしょっぱい派?」
シャルロッテは微笑んでスコーンをひとつお皿に載せた。クロテッドクリームをスコーンと同じサイズ分盛る。
「どっちも好きっスけど、甘いものはやっぱり後っスね〜」
「わかるー」
「お二人共朝食をお食べになってないのかしら?今はデザートの時間でしてよ」
「朝食にもフルーツ出たよ」
シャルロッテは上品に一口サイズに切り分けたスコーンに、見えなくなるほどクリームを載せて口へ運んだ。それをレレは呆れて見る。
「いくらなんでも塗り過ぎ」
「ほっといて下さいませ。それよりソニアさん、昨日到着されたばかりだというのに、早々に呼び出してしまってごめんなさいね」
ソニアは頬張っていたサンドイッチを飲み込んでから返した。
「大丈夫、暇してたんス」
「今日は先生が報告会に参加してて一日忙しいからさ。今日しかなかったんだ」
「先生?」
「クスフェ教授だよ。先生としては優秀なんだけど…………ねぇ?」
「昨日帰国されたのでご挨拶に伺った時、私達がソニアさんとお茶会したいわねってお話ししたら、いつ? どこで? とまぁ興味深々で。これは乗り込んで来る気だわと思って急ぎお誘いしましたの」
その様子がありありと浮かんでソニアは苦笑する。
「先生の授業は為になるからさ、ソニアのことも誘おうと思っていたんだ。だからさー、それまで待って欲しいのに。女性だけのお茶会に顔を出そうとするなんてどうかしている」
「レレ、先生はいつもどうかしておりますわ」
シャルロッテがうふふと可憐に微笑んで毒を吐いた。怒らせると怖い人かもしれない。
ソニアは次にスコーンを食べようと思ったが、クロテッドクリームが空になっていたので、飛ばして一番上に載っているケーキを取った。
「ソニア、サンドイッチ追加する?」
「ケーキ取ったんで後で貰うっス」
「私はクリームをいただきたいわ」
「まだ塗るか」
シャルロッテはベルを鳴らしてメイドを呼び寄せる。メイドは何も持っていなかったはずなのに、手をくるりと回すといつの間にかクリームがたっぷり盛られた小鉢が出て来た。さらにレースのハンカチを下段のトレイの前で振るとサンドイッチが追加され、最初の量に戻った。
メイドは礼をして再び下がっていく。
「魔法だ……」
昨日は大魔導士の手前遠慮したが、今は不躾な程まじまじと見た。
「正確には魔術式だよ」
「魔、術式?」
「手首のあのレースのリストバンドとかハンカチに小さな転移の魔法陣が刺繍してあんの。それで別の部屋に予め食べ物が載った転移陣を用意しといて呼び寄せるだけ」
「転移陣って、禁止じゃ?」
誘拐された時に、後からあれこれ解説されて知ったのだ。首を傾げたが、レレは軽く肩をすくめた。
「ペキュラ国内ではある程度制限を付けて使用可能だよ。軍隊が送れるほど大きい陣は禁止だけどー、日常生活で使う分ならね」
レレは追加されたサンドイッチを早速お皿に取り、パクリと頬張る。クリームは小鉢から秒で消えた。
「それはそうとソニアに聞きたいことがあったんだ」
「そうそう、私もよ。是非お聞きしたいですわ」
もぐもぐと食べていた二人が手を止め、ひたりとソニアを見た。急に変わった雰囲気にソニアはごくりと息を飲む。
「な、なんスか?」
「あのヤバめの腹黒、どうやって手懐けたの?」
「テノラスの皇弟が人間を好きになるなんて、この目で見てなかったら信じられませんでしたわ」
「へっ……?」
どうやら女子トークに国境は無いらしい。




