39 閉店前の訪問者
「バトルトラックって言う映画……見た事ある? 」
コーヒータイムのマスターと、ナンバーワン常連客である藤巻博昭とは趣味が似通っているのか何故か話が合う。
喫茶店コーヒータイムのマスターである江森洋介は、お店でアルバイトをしている江森美央の叔父にあたる人物であり、藤巻とはふた回り近く年の差があるのだが、子供のいない江森洋介がいつまでも若い趣味にチャレンジし続けて来た結果なのか、それとも藤巻博昭が懐古主義の趣味を持つのか、不思議な事に互いの趣味領域は交差している部分が多かったのだ。
前述のセリフも、マスターから藤巻に対しての問いかけであり、あまりにもマニアックなそれは、普通の客に対するサービス精神に溢れた当たり障りの無い質問ではない。似た趣味を持つ君には分かるかなあと、自己のアイデンティティを賭けたガチンコの質問なのである。
ーーだが「広く浅く常に偏る」を信条とする藤巻も負けてはいられない
「八十年代の映画ですよね、確か平安堂でVHSビデオ借りた覚えが……。あっ、マッド・マックス2に影響されたかのような世紀末映画で、主人公はバイクに乗ってましたね」
詳細までは答えずとも、ここまで藤巻が答えてしまうならばもうそれは正確だと、マスターはがっくりと肩を落とし、対照的に藤巻はジャックダニエルが入った琥珀色に輝くグラスを、勝ち誇ったかの様に高々と掲げる。
バトル・トラックとは、第三次世界大戦後の荒廃した世界において、要塞の様な武装トラックを基地として旅をしながら、途中途中の集落で化石燃料を掠奪し続け悪の限りを尽くす通称「大佐」率いる悪党軍団と、旅の途中でたまたま立ち寄った集落が大佐の攻撃を受けており、力無き者のために集落を守ろうと立ち上がった正義のバイク乗り「ハンター」との闘いを描いた近未来カーアクション映画である。
藤巻はレンタルビデオ店で後々借りたと言っていたが、マスターはゴールデン洋画劇場でテレビ放送されていたのを見て、血湧き肉躍ったのだそうだ。
「子供の頃からテレビはあまり見なかったので時系列がまるで分からないけど、SF映画でバイクアクションなら、メガフォースって映画も借りて見た事があるなあ」
「藤巻君、僕は青春時代に映画館でそれを見たよ。確かに面白かったけど最後にバイクが空を飛ぶのはなあ……」
「ですねえ……配給先が香港ゴールデンハーベスト社だったから、何でも有りだったんですかね」
互いに苦笑いしながら懐古主義に花を咲かせているのだが、ここまで話が盛り上がって来ると、その時間が面白くないとふてくされる者が必ず一人現れる。
ーー二人の話に首を突っ込む事の出来ず、忸怩たる想いでそれをぐぬぬと見詰める江森美央その人の事である。
先程藤巻が笑顔で平らげた『ふわとろと言う言葉に騙されない、昭和テイストのオムライス』の皿や、他の客が使用したグラスやコーヒーカップを洗いながら、どうせあたしゃ十九歳でそれこそ乙女が歓喜する様な映画も見て来なかったアニメファンですから、そんな前時代の映画の話で盛り上がれませんようと、口を尖らせてやや不満顔。
しかしまあ……ひねくれた藤巻ロジックで脳内をかき回されて、変な場所を会話の着地点にされて消化不良を起こしてしまうよりは良いかと、それ以上の“つまらない”アピールをしないのは大人になって来た証拠なのかも知れない。
マスターと藤巻の話は盛り上がりだけ盛り上がり、二人の話題はレンタル業界は何故衰退してしまったのかに話はシフトして行く。
インターネットが普及した事で安価なDVDがネット購入出来るようになった事、そしてインターネットでも映画が視聴出来るようになった事が、主な原因じゃないかとマスターが説くと、藤巻はニヤリと口元に笑みを浮かべながらいよいよその面倒くさい論理の牙でマスターに襲いかかる。
「レンタル業界の衰退は自業自得ですね、俺にはそう思えて仕方がありません」
ギョッとするマスター、平静を装いながら耳だけ大きくしていた美央は「始まったぞ」とニヤリ顔。普段よりちょっと濃いめのジャックダニエルで口が滑らかになったのか、その理論を推す理由を懇々と説き始めた。
レンタルの売り上げを伸ばそうと思ったのか、低俗な配給会社の商品まで陳列してしまったのが大きな原因でしょうね。ーーマスターも見た事があるでしょう? 騙しパッケージやパクリタイトルの商品を
例えば映画『トランスフォーマー』、棚にズラリと並んだレンタル商品の隣に、パクリタイトルの『トランスモーファー』が置いてあって、知らずに手にした事はありませんか? 映画『アイアンマン』に紛れて『メタルマン』が置いてあった事もありました。
それに、どう考えても映画のポスターやスチール写真ではなく、コンピュータグラフィックスを使ってレンタル用に描き上げた様な仰々しいパッケージで棚に並び、期待して借りてみたら欧米のテレビチャンネルで放送されたテレビ映画だったりとか、レンタル客が借りてガッカリする事を平気でやって来てしまったからこそ、店としての信用がドン底まで落ちたのだと思いますよ。
「名作コーナーをワザワザ作らなきゃいけないほどに、パクリと凡作だらけの商品陳列。客が足を運ばなくなる訳ですよ」
なるほどねえ、そう言う側面もあるかなあと、マスターは腕を組んで考え込む。正論ではなく側面と言う単語を使うあたりは、まだまだマスターも負けを認めたくないのかも知れないが、ここで珍しく藤巻理論に撃沈してしまった者がいる。悔しいかな美央は納得してしまったのだーーそれ分かるわあと
『クールジャパン』……アニメは日本の文化だと大々的なキャンペーンを打ちながら、売れ筋の名作アニメ映画だけズラリと並んで、見たいテレビアニメなんか一シーズンに二、三本だけ。おまけに発注ミスなのかそもそもアニメなんか相手にしてないのか、テレビシリーズ全六巻の内最終巻だけ発注せずに穴開きのまま棚に並ぶ事もザラで、二期シリーズなどそもそも発注かけていないのも珍しくはない。店に文句を言おうとすると、お客様の声として紙に書けと逆ギレされる始末。
田舎のテレビ局はほぼアニメ放送が無い分、レンタル自粛期間があったとしても、見たくて見たくてしょうがないのにこの品揃えの薄さ。店の信用が失墜して相手にされなくなってもしょうがないと憤る美央は、自説を言い終えてドヤ顔になる藤巻を見詰めながら、たまには良い事言うじゃないのと熱い視線を送っている。
(あたしゃね……見たいのたくさんあったのよ、今までたくさんたくさん諦めて来たのよ。分かる分かるぞ藤巻、もっと言え! )
ただ、美央の熱視線とは裏腹に妖しげな悪寒を感じ取ったのか、藤巻は身体をぶるると震わせつつクチンクチン! とクシャミを始めた事でオチが付いてしまった。
そろそろ閉店の時間、藤巻がそろそろと言い出せば今日も無事終了かなと言う時間帯が訪れた。
二月を目の前にして季節はいよいよ厳しく、窓の外では厳寒の粉雪がサラサラと舞い降り始めている。
それまでは灰色だった空も街も久々に銀世界に変わる事が予想され、美央ちゃんバス停まで歩きだろ? 滑って転ばないように気をつけなよと、美央を気遣いながら藤巻が立ち上がりコートを羽織ろうとすると、意外にも「カランコロン」と店の出入り扉のドアベルが鳴ったのだ。
こんな時間にお客さん? ……20時も過ぎれば街道を走る車の量すら激減する田舎なのにと不思議に思いつつ、一応お客さんである事に間違い無いからと、マスターと美央はいらっしゃいませと声を掛けた。
だが、入店して来た男性を見た藤巻がこれまた素っ頓狂な声を上げた事で、コーヒー目当ての客ではなく藤巻目当ての訪問者であった事がここから伺えたのだ。
そしてこの来店者が初対面ではなかったと美央が気付いた頃には、藤巻を中心としてその訪問者との会話は先に先にとどんどんと進んでいたのである。
「三輪じゃないか、こんな時間にどうしたよ? 」
「祥子さんの情報は確実だな。お前に会いに来たんだよ」
現れたのは三輪秀一、個人弁護士事務所を営む藤巻の旧友である。
長年の付き合いがあるので、互いに互いの性格や行動様式は理解しているはずなのに、この三輪の異様な現れ方には何か理由があると瞬時に判断したのか、せっかく旧友が訪れたと言うのに、藤巻の表情はひどく怪訝な顔付きへと変わる。
「携帯で連絡して来りゃ良いものの、その慌てた様子で直接俺に会いに来るとは……嫌だね」
「嫌だねとか、まだ俺は何も言ってないぞ」
腹の内をあっという間に探られてしまった三輪は、平静を装いながら苦笑するしかないのだが、駆け引きが通用しない相手である事は元より承知であり、更には一番近しい友人を駆け引きで振り回す事の愚も心得ている。
「俺が法律顧問をしているクライアントがとある案件で困っててな、至急の話で腕利きの調査員を求めてる。腕利きと言えば……お前しかいないだろ」
秘密に硬い弁護士であるならば、店のマスターやバイトの女の子の前で核心を話す訳はない。それに気付いた藤巻は、三輪は急を要するビジネスの話を持って来たのだと受け取り、俺は今酔っ払ってるぞと答えた。
「酔っ払いでも構わん、先方がお前に会いたがっているんだよ、今すぐ俺と来てくれ」
三輪秀一と言う男は、切れ者のクセに拡大解釈を嫌う男で、本人が弱者の味方を自負している以上、反社会的勢力の法律顧問や大手企業の脱法指南など一切請け負う男ではない。
つまり、依頼者が弱っているのが見過ごせないと言う三輪の侠気がここへ足を運んだ根幹にあり、依頼者は三輪と、三輪が連れて来た調査員を全面的に信用している事に繋がるーーしかし何だ? 何で依頼者は俺に会いたがってるんだ?
藤巻は首を何度も左右に傾げながらも、渋々三輪について行く事に同意した。
「気つけ代わりにコーヒー飲んで行きますか? 」
マスターの細かな配慮に恐縮しながら、もう時間も遅いですからとそれを固辞し、藤巻は早々と会計を済まるのだが、その際カウンターの裏から三輪の元に足を進めて来た美央の声が聞こえて来た。
「三輪さん、二年参りの際はありがとうございます。ご馳走になったものは、どれも美味しかったです! 」
ーーお前えええ、全部俺のおごりだっただろ、もう忘れたのかよ
内心でイケメンは得だよなあと、苦々しい顔のまま背中を丸め三輪の後について店を出る藤巻。
この時は、この三輪の持ち込んで来た話はごく普通のビジネスで、強いて言うなら時間との戦いが条件に付随するだけだと考えていたのだが、実際に依頼者と会ってその依頼内容を耳にした途端……まさか自分が涙目になってしまうとは、欠片も想像していなかったのであった。




