083 堕天使サタナル
私に覆いかぶさり気を失っているアークを見て、一気に目が覚める。
……確か私はベルゼガの魔法で意識を奪われ、魔族召喚の媒介として魔法陣の中央に寝かされていたはずだ。
とにかく、すぐに状況を理解しようとアークを退けて周りを見渡す。
魔法陣が薄く輝き魔法が発動していることに気づく。だが、それにも関わらず私は無事だ。魔族は召喚されておらず、意識も奪われていない。
「目が覚めたかい、フォルテ。アークのせいでさっきは失敗したけど、次は成功させるから、そのまま動かずにいてほしい」
ヘルネストは声をかけると、横たわるアークを不快気に睨む。
小さく舌打ちをすると、発動中に魔法陣に飛び込み、強引にフォルテの身代わりになり、召喚を失敗させたと教える。
だが、すぐに詠唱を始めると、素早く召喚魔法を完成させた。
ヘルネストが、気を失い何もできないアークを一瞥すると、今度こそ魔族を召喚させると、不気味に笑いながら私に告げる。
「ふざけるな、誰が貴様の言いなりになんてなるか!」
アークが私のせいで気を失ったと知り、怒りで頭が真っ白になった私は特級の雷魔法をヘルネストに向けて放つ。
「雷神の憤怒の鉄槌 (トールハンマー)」
無詠唱でヘルネストを目がけて極大の雷の砲弾を撃つ。だが突然、ベルゼガが現れて手を掲げると、すっと手の平に吸い込まれて忽然と消える。
「ヘル、会話を楽しむのもいいが、早く我が同胞を呼び出して欲しいな。それにできればルチーフェに危害を加えないで欲しい……」
ベルゼガはヘルネストを守り、早く魔族を召喚してほしいとお願いすると、私の隣に横たわるアークに淫靡に見つめた。
淫猥に顔を歪めるベルゼガの視線から、アークを守るために身を乗り出して背後に隠した。
そんな私の姿を見たベルゼガは、肩をすくめて首を横に振ると、ヘルネストの方を向いて、さっさと魔法を発動しろと鋭く睨みつける。
それまで薄笑いを浮かべていたヘルネストは、ビクッと体を揺らす。
そして、真剣な眼差しを私に向けると、魔法陣に触れ召喚魔法を発動した。
◆
――親友であり盟友であるルキフェルに呼ばれたような気がした。
我は、人間からの召喚に応じて、瞼を開く。
……目前には愛すべきルキフェルが横たわっていた。
そして、静かに心と向き合うと、我を呼び出すための媒介となった人間の女からアークに対する深い愛を感じた。
この人間の女を気に入った我は、意識を奪わずに一体化する。
女はフォルテと名乗り、アークを守ってほしいと懇願した。そのためなら、すべてを捧げると覚悟を伝える。
命を懸けてアークを愛するフォルテの想いを受け入れ、その願いを叶える。
ルキフェルの傍らに落ちてあった拳銃を拾い、紫髪の男に銃口を向ける。
「これはお久しぶりです、堕天使サタナル。それとも魔界の王サタンとお呼びした方がいいですか?」
我が紫髪の男を撃とうとすると、庇うようにベルゼガが現れて立ちはだかる。
数年前、忽然と魔界から姿を消したベルゼガが、人間界に来ていたことが分かり、また何かよからぬことを企んでいると察する。
「名前などなんとでも呼ぶがいい、ベルゼガ。それよりも貴様、人間界で一体、何をするつもりだ。我は人間への過度な干渉を禁じていたはずだが……」
不愉快な態度を露わにして、ベルゼガに人間界への干渉は止めろと忠告して睨みつける。
だが、ヤツは気にした素振りも見せず、気持ち悪い笑顔を浮かべたまま、何のことやらと惚ける。
「一体、何を言っているのか分かりません。ただ、ワタシは愛しいヘルの復讐を叶えてあげたいだけで……」
バンッ!
ふざけた態度をとるベルゼガに問答無用で発砲する。
やはり人間が作った武器ではダメージを与えることはできなかった。ベルゼガはニヤニヤと笑っている。
「これは、これは、いきなり酷いではありませんか。ワタシが一体、何をしたというのでしょうか?」
「とぼけるな、ベルゼガ。このフォルテがすべて教えてくれたぞ。貴様たちの下らない計画をな」
我がフォルテの意識を消していないと分かり、ベルゼガは笑みを消して、顔を険しくした。
そして、自らの宿主であるヘルネストを下がらせると、油断なくこちらを見据える。
「……そうですか、知ってしまったんですね。ですが意外ですよ、まさか、貴女が人間ごときの意識を奪わず、その声に耳を傾けるとは」
「そうか、ルキフェルも人間を愛していたのだ、我も同じだと何故思わない。それより、貴様の方がよほど意外だ。人間など玩具としか思っていない貴様が、そこの人間の意識を奪わず庇護するとはな」
「……おい、サタナル。ルチーフェを忌まわしき名で汚すな! あの天界でふんぞり返る創造主がつけた名前で呼ぶなど許さん!」
ベルゼガは天使だったころの名前――「ルキフェル」と呼ぶ我に怒りの眼差しを向ける。
そして、魔族がつけた「ルチーフェ」の名で呼べと叫ぶ。
魔族に寄り添う道を選んだ我々に、魔族の長だったソロモンが敬愛の印としてルキフェルに送った名前――。
それこそが、本当の名だとベルゼガが憤怒する。だが、すぐにいつもの薄ら笑いを浮かべ平静を装う。
「ふう〜、まあ、それはよしとしましょう。それよりワタシも貴女と同様にルチーフェが愛した人間を愛そうと思っただけですよ。それに可愛いヘルはワタシの特別なんです。他の人間と比べないでほしいですね」
そう言ってヘルネストの背後に回って、ベルゼガは優しく包容する。
我はつまらなそうに二人を見つめ、そっと銃口を向けて引き金を引く。その瞬間、無駄なことだと嘲笑するヤツの額を撃ち抜く。
「ツッ!! 一体、何をした!? たかが人間が造った道具でワタシを傷つけることはできないはずだ!」
少しのダメージに大袈裟に驚くベルゼガは、激昂して額を押さえながら睨む。
それを軽く受け流して、我は人間が造ったものでも手を加えれば、多少は使える物になると教える。
「貴様も知っているだろうに……。我がルキフェルに万物変化魔法を教えたことを。このような玩具でも少し弄ってやれば、貴様に傷を与えることも可能だ」
すでに傷口を塞ぎ、黙って言葉を聞いていたベルゼガは、首を横に振ると小さく溜息を吐いて、さすがは魔族の王だと呟く。
そして、我から視線を外して目配せすると、ヘルネストと一体化した。
「いやはや、本当は地獄の門番である悪魔侯ナベウスを呼び出すつもりが、貴女が来るとは、なかなか思い通りにならないものですね。仕方ないので、直接、同胞を召喚させてもらいますよ」
肉体を得たベルゼガが高速で魔力を練り上げて、魔法を発動しようとしたそのとき、全身が焼き爛れたバフォメットが魔法陣に飛び込んだ。
自らを犠牲にして媒介となり、魔族召喚魔法を完成させる。
魔族と強い関係を持つバフォメットが魂を捧げて完成した魔法は、強引に魔界の門をこじ開けた。
直後、研究所の上空に奈落が出現して、大量の悪魔が溢れ出した。
――こうして帝都に、かつてない災厄が降り立った。
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あと、「呪術と魔法は脳筋に ~魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません~」という作品も投稿していますので、読んで頂けたら、なお嬉しいです。<(_ _)>




