074 フォルテからの手紙
夜の帳が落ち辺りが闇に包まれると、すぐに行動を開始した。
俺はフォルテの屋敷の裏側に回り、人気がないことを確認する。鞄から屑魔石を取り出し万物変化魔法で砂状にした。
続けて、手の平にある微細な魔石を塀にふうっと吹きかけた。するとそれは、パチパチと小さな火花を上げながら、燃え尽きて消えた。
……やはり誰もいなくなった屋敷とはいえ、警備は厳重なようだ。塀には侵入者用の防壁魔法が施されていた。
念のために路上にある小石を拾い塀に投げたが、何も反応せずに跳ね返ってきた。予想通り魔力がない物には反応しない魔法だと確信する。
肉体強化を使って塀から侵入することは不可能だと判断し、周辺を警戒しながら、疑似飛翔魔法で一気に上空まで飛んだ。
空から屋敷に視線を落とすと、残りの魔石を振りかける。
それは風に舞い広がり、あるところまでくると、塀のときと同じく火花を上げて燃え尽きた。
こちらも予想通り屋敷を覆うように防壁魔法が張ってあった。ただ誰もいない屋敷の割には、厳重すぎると思い、少し違和感を覚える。
だが、フォルテがいないとはいえ、屋敷の中には重要な書類や貴重な調度品などが置いてあるはずだ。
そこまで気にする必要はないと、すぐに頭の中から余計な雑念を消し去る。
もう一度だけ屑魔石を砂状にして屋敷に振り撒き、火花を上げた場所を正確に見極めた。
俺は深く息を吸い込むと、魔法を解除して屋敷に向かって飛び降りた。
……真っ暗な夜空を、地面に引き寄せられるように落ちていくと、さきほど火花が上がった空間に触れる直前に全身の魔力を遮断する。
その瞬間、何も反応することなく、すっと通り過ぎた。
安心する暇もなく、すぐに魔力を戻して肉体強化しようとするが、着地まで間に合わない。
このまま激突すれば守衛に見つかると思った俺は、忍びの動きを思い出して、足先に意識を集中して前傾の姿勢をとる。
まずは、つま先が地面に触れるギリギリのタイミングを見極める。次の瞬間、親指を立てて接地面を極力小さくすると、一気に力を込める。
ただ、親指だけで体重を支えることはできない。
足先に全体重がかかる前に、膝の力を抜いて前方に倒れると、両膝をついて衝撃を分散する。
それでも残った衝撃は、さらに転がることで相殺した。
なんとか怪我せず、無音で着地を成功させると、素早く茂みの中に隠れた。
とりあえず無事に侵入できたことに安堵すると、屋敷をじっと見つめながら、全身を魔力遮断した後遺症がないか確かめる。
意識を体中に張り巡らすが、とくに異常は見つからず安心する。
そして、万物変化魔法が成功したことを思い出し、まだ強くなれると分かり、湧き上がる喜びを抑えた。
……物質変化魔法では魔力が込められた魔石を変化させることはできない。
だが、ルキフェルの記憶を頼りに試した万物変化魔法なら、魔力がある物体――魔石でも性質を変えることができた。
ただ、かなり繊細な魔力操作と対象の性質を熟知する必要がある。
今の俺では、馴染み深い魔石か、自らの肉体だけだ。他の魔力があるものを変化させることはできない。
かなり限定的ではあるが、この魔法を覚えたおかげで戦闘はもちろん、普段の生活でもできることが増えた。
フォルテの休学の理由を調査する上でも活用できた。こんな状況にも関わらず、自らの可能性が広がったことに嬉しくなってしまう。
とにかく、無事に侵入できた。
静かに気持ちを切り替えた俺は、フォルテの休学理由の手掛かりを探すために、静寂に包まれた屋敷の中へと忍ぶことにした。
◆
私は認識阻害の魔道具を使って、フォルテ殿下の私室で待機していた。
すると、何者かが部屋に入って来るのを察する。
ただ、部屋中に設置された監視用の魔道具が、微かな空気の振動を知らせなければ、そのことに気づくことはなかった。
魔道具からの警報を受けると、すぐに五感を強化して部屋の中を見渡す。
そこには、黒装束に身を包んだアークの姿があった。腰を落として周囲を警戒しているのが分かる。
私は認識阻害の魔道具を停止すると、優しく声をかける。
「アーク、やはり来たんだね。フォルテ殿下の予想通りになって驚いたよ」
誰もいないはずの部屋から声が響き、アークは咄嗟にショートソードを構えて、こちらを振り向く。
声の主が私だと分かり、驚愕の表情を浮かべる。
「……なぜ、アルス兄さんが、ここにいるんですか?」
アークは構えを解くが、それでも用心しながら、静かに近づいてきた。思わず苦笑いを浮かべた私は、テーブルの椅子に座るよう勧める。
向かい合うように腰を落とすと、殿下に依頼された本当の任務を伝える。
「……おそらくラーラから休学の話を聞いたアークは、すぐに屋敷に向かうだろうとフォルテ殿下は仰った。そこで守衛にアークにだけは、祖国に帰ったことを伝えるように指示してたんだ。
すぐに教えなかったのは、私が来るまでの時間稼ぎだ。アークが訪ねてきたら、すぐに通信用の魔道具で知らせてくれたよ」
門番の守衛もアークが来る前提で配置されており、もともとフォルテ殿下が祖国に帰ったことは、教える段取りだったと告げる。
あまりにも手の込んだ内容に、アークは怪訝な顔をする。
それでも、ガロン陛下の指示で強制的に殿下が帰国させられた――その極秘事項を直接伝えるためだと話すと、微妙な顔をしながらも納得する。
本当は守衛から伝えてもよかったが、宮廷魔導士の総帥であり、実の兄である私の言葉とでは、信憑性に雲泥の差があった。
それにフォルテ殿下から依頼された任務を果たすため、アークに会って本当の気持ちを確かめる必要もあった。
……「殿下が帰国した」と聞いたとき、アークは明らかにショックを受けて落ち込んでいた。
本人は気づいていないかもしれないが、アークの中で殿下の存在は大きく掛け替えのないものになっていると実感した。
これなら、殿下から託されたものを渡してもいいと判断する。
「殿下は、もしアークが屋敷を訪れ、自分の休学のことを尋ねに来たら、屋敷で待って、これを渡してほしいと言われたんだ。しかも、防壁魔法を施し厳重な警戒をした上でね」
私は特級の防壁魔法を二重に展開して、誰一人侵入できないほどの厳重な警戒をして、屋敷で待っていた。
……どんな魔法を使ったのか分からない。しかし、アークは世界屈指の諜報員でも侵入不可能な警戒網を抜けて私の前に姿を現した。
殿下が仰った通り、アークには家族にすら教えられない特別な力があるのだろう。それを隠すために、大人しく静かに生活しようとしている――そんな気がする。
ただ、本人の思惑とは違って、かなり目立ってしまっているが。
なるべく目立たず世に忍び生きようとするが、周囲の人間が放っておかず、知らず知らずのうちに、注目を浴びる不憫な弟を見て苦笑する。
そんな私をアークが不思議そうに見た。
すぐに真剣な表情に戻り、依頼された任務を果たすため、殿下から託された一通の手紙を手渡した。
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あと、「呪術と魔法は脳筋に ~魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません~」という作品も投稿していますので、読んで頂けたら、なお嬉しいです。<(_ _)>




