007 ラーラのお願い(1)
乱れた呼吸を整えようと胸に手を当て、ゆっくりと息をするサラ先輩に思わず見惚れてしまう。
「生徒会長のあなたが最後に来るとは、皆に示しがつかないわよ」
「まぁ、まぁ、生徒からの相談も立派な生徒会の仕事だから気にしなくて良いよ」
「……ある程度は仕方がないが、もう少し計画性を持って行動してくれると助かる」
ようやく落ち着いてきたサラ先輩に三者三様の言葉を投げかける。そんな先輩たちに彼女は両手を合わせて頭を下げる。
「本当にごめんなさい。今後このようなことが無いように気を付けます。許してください!」
ユウカ先輩とコルン先輩は頷き、リリア先輩は興味を無くしたのか、ふたたび本に視線を落とす。俺は四人のやり取りを見て笑みが零れる。
「あぁ、アーク君、今笑ったでしょ! ひどくない」
「すいません、サラ先輩。別に悪気はないんです。ただ、4人とも仲が良いなと思って」
頬を膨らませて俺を睨むサラ先輩に軽く頭を下げて謝罪すると、生徒会室に新たな来訪者が入ってきた。
「サラ先輩、遅れてきたあなたに文句を言う権利はありませんよ」
サラ先輩に冷たく言い放つのは、初等部で生徒会長を務めているフォルテだ。
長かった黒髪は肩口で綺麗に切りそろえられ、漆黒の髪とは対照的に金色に輝く瞳は見る者を一瞬で虜にしてしまう。
彼女も、この五年間で美しい少女に成長していた。
「これは殿下、こんなところまで何か用ですか?」
「サラ先輩、何度も言いましたが、この学園では敬称は不要です。ここでは同じ学園に通う一学生として扱ってください」
なぜか2人は会うたびに不穏な空気になる。
五年前の事件の時は、このような関係ではなかったはずだ。出来れば仲良くしてほしいと思う。
俺が不思議そうに睨み合う彼女たちを眺めている。すると、フォルテの影に隠れていた金髪の少女が声をかけてきた。
「サラ先輩、すいません。お兄ちゃんに相談したいことがあって、フォルテちゃんに付いて来てもらったんです」
おずおずとサラ先輩に話しかける少女は、俺の妹でカインズ侯爵家の四女のラーラだ。気が強いカインズ家の女性陣の中で珍しく大人しくて控え目な性格をしている。
長く伸びた金髪は両サイドでまとめられ肩口にかかっている。金色の瞳は父親ゆずりで、すっと綺麗に伸びた鼻は母親ゆずりだ。
――兄馬鹿かもしれないが、フォルテに負けないの美少女だと思う。
「ラーラちゃんは気にしないで、いつでも遊びに来ていいのよ。それに私のことはサラお姉ちゃんと呼んでくれると嬉しいわ」
そう言って、サラ先輩は妹に優しく微笑みかけた。
◆
サラが何か戯言をほざいている。ラーラは私の親友であり、将来は義妹になることが決まっている……予定だ。
――サラのことを「お姉ちゃん」などと呼ぶはずがない!
「ところで、ラーラ、俺に相談したいことがあると言っていたが何だい?」
アークがラーラに微笑みながら優しく来訪の理由を尋ねる。
前髪の隙間から僅かに見える漆黒の瞳は、星空のように煌めいている。
以前、こんなに奇麗な瞳を前髪で隠すのは勿体ないと思い、髪を切るなり後ろで束ねるなりしたらどうかと、ラーラを通して提案したことがある。
けれど、本人は目立ちたくないのか頑なに固辞したらしい。
――ああ、本当に勿体ない!
悔しさのあまり唇を噛み締めている私の隣で、ラーラが答える。
「あのね、今度、武術大会があるでしょ。今年から中等部と合同でやることになったから、そのことで相談したくて」
「あぁ、そうか。ラーラは初等部の実行委員長だったね。中等部はユウカ先輩が実行委員長をしてるから、三人で少し話そうか」
中等部にあまり馴染みのないラーラを気遣ってアークは、ユウカとの間を取り持つようだ。
妹思いの良い兄だと感心していると、彼はユウカの方に向き直り、お伺いをたてる。
「うん、いいよ。初めての合同での武術大会だから、分からないのは僕たち中等部も一緒だよ。何も気にしなくていいから、一緒に良い武術大会にしようね」
ユウカが快諾すると、アークたちは生徒会室の奥にある別室に入っていった。
「じゃ、私も一緒に相談に乗ってあげようかな」
「サラ先輩はこれから今季の各部の予算配分についてリリア先輩、コルン先輩と決めないといけないでしょう。そんな時間はないのでは?」
サラがアークたちの後を追おうとしたので、しっかりと注意する。こんなヤツが生徒会長とは、ミューズネイト学園もレベルが落ちたのではないかと心配になる。
「なんで、殿下が中等部の生徒会の仕事のこと知っているんですか!? やっぱり配下の者を忍ばせてるんじゃないですか?」
「『やっぱり』とか意味が分かりませんが、私も初等部で生徒会長をしていますので、大体この時期に行う業務については把握してる――ただ、それだけです」
サラが何か訳の分からない抗議をしてくるので、とりあえず一蹴する。
それよりもラーラが、きちんと計画通りにできるのか、そちらの方が気にかかる。
私は計画が上手く行くことを祈りながら、三人が部屋に入っていくのを見送った。
◆
「――粗方の内容は説明した通りだよ。そんなに初等部と変わらないから安心したかい?」
ユウカ先輩は笑顔で優しく説明してくれた。その隣ではお兄ちゃんが静かに見守ってくれている。
「はい、丁寧に教えてくれてありがとうございます。それで毎年行われる武術の成績上位者によるトーナメント戦・竜星杯ですが、今回から生徒会執行部も参加できるようにしたいと思っていますが、問題ありませんか?」
先輩にお礼を述べて、フォルテちゃんからお願いされたことをユウカ先輩に尋ねると少し驚いた表情をした。
やっぱり少し無謀な提案だったかと思い、緊張で手が汗ばむ。
けれど、彼女はすぐに柔和に笑みを浮かべ、質問の核心を尋ねる。
「それは初等部の生徒会長であるフォルテちゃんが大会に参加したいということかい?」
「はい、今年は合同での武術大会となります。ぜひ中等部の先輩たちの胸を借りて全力で挑ませて頂けないでしょうか?」
……フォルテちゃんはアルスお兄様と同じく雷魔法が使える。
千人に一人しか使えない特別な属性。その威力は基本属性である火、水、風、土のどの属性より遥かに強力だ。
雷光を纏い、光矢を放つ姿を思い出すと――やはり初等部の中でフォルテちゃんに敵う生徒はいない。
「まぁ、今まで前例は無かったけど、それを言うなら初等部と中等部での合同の武術大会も今まで無かったわけだし、無理じゃないと思うよ。どちらかと言えば、今回だからこそ可能かもしれないね」
ユウカ先輩は前向きに検討してくれそうで安心する。まずは第一関門はクリアしたと言っていい。
安堵の息を吐いた私は、次の関門をクリアするべく気を引き締めた。
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