069 学園への復学
「――――というのが、治癒魔法の原理とされていましたが、実際は肉体の再構成だけではなく、免疫力の向上や精神を安定させる脳内物質の増加なども同時に行っているのです」
俺はティア先生の授業を受けながら、一カ月前までは冒険者として自由を謳歌していたことを思い出し、ため息をつきたくなるのを我慢した。
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バースドラゴンのアドニスを復活させた翌日、俺たちはカラトフ村で起きた魔物の大量発生について報告するためレーヨンの町に急いで戻った。
すぐに冒険者ギルドに向かい、ベアモンドさんとの面会を求めるため、受付にいたミミナさんに声をかけた。
「お忙しいところすいません、ミミナさん。先日、俺個人にきていた依頼の件で、ベアモンドさんに話したいことがあるんですが、面会は可能ですか?」
「あっ、フウマさん、久しぶりですね。最近、見かけませんでしたが、どこに行ってたんですか?」
彼女は俺を見るなり、二週間ほど留守にしていた理由を尋ねてきたので、その件でベアモンドさんに報告したいことがあると伝えた。
「……分かりました、少し待ってて下さい。ギルド長に確認してきますね」
ミミナさんは、なぜ留守にしていたのか、すぐに聞きたい様子だったが、まずは業務を優先してベアモンドさんに面会できるか聞きに行ってくれた。
階段を上がるミミナさんを見送ると、食堂でお茶を飲みながら談笑をしているサラたちのテーブルに向かう。
「おかえりにゃ、アーたん。ベアモンドは会ってくれそうかにゃ」
俺に気づいたミリーは、追加で飲み物を注文して、ベアモンドさんとの面会について尋ねたので、ミミナさんに確認をお願いしたと伝えた。
ちなみに今は誰もいないので、学園のころのように普通に会話をしている。
「お疲れ様、アッくん。早く報告を済ませて、ゆっくりしたいわ」
こちらを振り向きながらサラは隣の席を勧め、早く仕事から解放されたいとため息をついた。
そんな疲れた様子のサラを気遣い、報告は一人でするから、二人は先に帰ってもいいと伝える。
だがこの後、三人で暮らす貸家を探す予定なので、大丈夫だと言われた。
ミゲイルとケビエルの話を真に受け、常に寝食をともにしようと考えている二人に、思わず微妙な顔をしてしまう。
そして、タイガ亭でも隣の部屋だから、今でも十分じゃないかと訴えるが、神からの命令なので逆らえないと、真顔で返されて何も言えなくなった。
このままでは本当に三人で共同生活することになりそうで、休学してまで武者修行に出た意味がなくなってしまう。
こんなことならいっそのこと、学園に復学した方がいいのではないかと思い、気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、二人とも学園は大丈夫? 俺は正式に休学の手続きをしているけど、二人はどうしたの? サラなんて死霊回遊迷宮の探索から一緒だから、結構な期間一緒にいると思うけど……」
教会からの依頼でサラの護衛を頼まれて以降、いろいろなことがあり過ぎて忘れていたが、二人ともまだ学園の生徒だ。
学ぶべき授業と取るべき単位があるはず、こんな長期間休んでいいはずがない。
サラとミリーは聖女や王女といった高い地位にあるので、ある程度の融通は利くと思うが、半年近く学園を休んでも問題ないのかと心配になる。
それとも長期休暇に対応した特別なカリキュラムがあり、二人ともそれを受けているのだろうか……。
「アーたん、心配する必要はないにゃ。私は卒業なんて気にしていないし、すぐに永久就職するから問題ないにゃ」
ミリーは胸を張り、いつものよく分からない理屈を述べて安心させようとするが、全くもって安心できない。
それどころか言葉の端々から、何も告げずに学園を去ったのではと疑念を抱いてしまう……。
「そうよ、アッくん。卒業に必要な単位は一年生で、あらかた取ったわ。問題は出席日数だけど――正直、留年してアッくんと同級生になって、一緒に卒業したい私にとっては都合がいいの」
サラもどうやら勝手に学園を飛び出し、俺を追ってきたようだ。しかも、留年しても構わないと開き直り、悪びれる様子も見せない。
全然気にしていない彼女たちを見て、俺はこめかみを押さえテーブルに突っ伏す。
二人の気持ちは嬉しいが、いまだに好意に応える勇気はなく、すぐに付き合うとか結婚するとかはできない。
それに俺のせいで人生に汚点が残るような真似はしてほしくない。二人の両親にも申し訳が立たない。
いずれ家族になるかも知れない人たちに悪い印象を与えるようなことはしたくない。
軽い頭痛に襲われながらも、二人に俺のせいで学業を疎かにするような真似は止めて欲しいと告げる。
将来――そのことで二人の家族との関係に悪影響が出てはよくないと言って、すぐにミューズネイト学園に戻ろうと提案する。
「アッくんが、そこまで考えてくれていたなんて……。分かったわ、すぐに戻りましょう」
「アーたんが言うなら仕方ないにゃ。全く、将来、どんな教育パパになることやら……」
彼女たちは、俺も一緒に復学するという条件を付けると、何とか学園に復学することを了承してくれた。
二人が勘違いしている――ような気がしないでもないが、これ以上話して突拍子もないようなことを言い出しても嫌なので、そのまま聞き流した。
ちょうどそのとき、ミミナさんがベアモンドさんとの面会の準備ができたと伝えに来てくれた。
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「――――ですから、このアドニスがデスドラゴンの魂が浄化され、生まれ変わった聖竜バースドラゴンになります。
そして、残った魔石の半分を村の復興に当ててもらって、残りを討伐報酬として頂きました。量が多かったので、村に置いてきましたが、そのうちギルドに届くと思います」
目の前でカラトフ村で起きた前代未聞の魔物の大量発生の討伐報告をするフウマを眺めながら、ため息をつきたくなるのを我慢した。
小さく息を吐き、すぐにミミナを呼びカラトフ村に調査員を派遣するように指示する。
加えて、報告を簡単にまとめた紙を渡して、村にある魔石と魔物の素材の回収を頼み、人員についても必要な人数を試算して派遣するように頼む。
「よくやってくれた、フウマ。そして、ミザリー様にサラ様も、本当に助かりました。もし、フウマがサンドロ君の依頼を無視していたら、カラトフ村はもちろん、この町も魔物の大軍勢に襲われ壊滅していたかもしれません」
深々と頭を下げるとフウマは慌てて手を振り、そんな感謝されることはしていないと口を開き否定する。
「そんな、ベアモンドさん、頭を上げてください。俺は冒険者として依頼を受けただけです。そして、魔物の討伐は冒険者としての義務です。そんな感謝されるようなことしてないです」
フウマは当たり前のことをしただけで、そこまで畏まって感謝する必要はないというが、そんな訳はない。
数百体の魔物をたった三人で討伐して、しかも五大邪竜の1柱であるデスドラゴンの復活を阻止したのだ。
S級冒険者としての功績を遥かに上回る偉業を成し遂げて、大したことはしていないと言うフウマを見て、また、ため息をつきそうになる。
「まあ、とりあえず、これからのことは調査員が帰ってきてからだ。正直、ギルドからも報奨金を出さなきゃならないが、どの程度出していいか分からん。多分、本部に報告して決めることになると思う。それまで悪いが待ってほしい」
「ああ、それは構いません。それより急な話で申し訳ありませんが、俺たち三人は、明後日にはレーヨンを出て、ガインズネット学園都市に戻ることにしました。学園に復学しようと思います。なので、報酬などは学園都市にあるギルドで貰えるようにして下さい」
フウマは報酬に関心はないので好きにしてほしいと告げ、すぐに学園都市に戻るので後の面倒事はよろしく頼むと言った。
そのままソファから立ち上がると今まで大変お世話になりましたと、きっちり頭を下げて、さっさと部屋から出て行ってしまった。
何の冗談かと思ったが――その二日後にそれが事実だと分かった。
レオン陛下に報告を怠ったことを責められ、ガリュウ王太子をはじめ王家の方々にフウマを引き留めなかったことを非難された。
その対応に追われながら、ギルド本部へのSS級冒険者の申請など想像を絶する業務を連日行う羽目になってしまった。
机に置かれた大量の紙束を見つめながら、必ずフウマ――もといアークにこの報いは受けさせてやると心に固く誓った。
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あと、「呪術と魔法は脳筋に ~魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません~」という作品も投稿していますので、読んで頂けたら、なお嬉しいです。<(_ _)>




