065 ヘルドラゴン
村の上空からミリーの戦況を見守っていると、巨大な魔物の軍勢が侵攻する東側から三回、轟音が鳴り響いた。
振り返ると、キングサイクロプスを両断するサラの姿が目に映り、討伐が成功したと分かった。
安堵の息を吐き、ミリーに視線を戻すと、海岸に巨大な光の柱が現れて辺り一面の海水を蒸発させた。
一体、何が起きたのかと思い、風を捜査してミリーのもとに向かおうとしたとき、いきなり背後から声をかけられる。
「なんで、君たちはボクの弟の復活を邪魔するのかな?」
村の上空からミリーの戦況を見守っていると、巨大な魔物の軍勢が侵攻する東から三回続けて轟音が鳴り響いた。
振り返ると、キングサイクロプスを両断するサラの姿が目に映り、討伐が成功したと分かった。
安堵の息を吐き、ミリーに視線を戻すと、海岸に巨大な光の柱が現れて、辺り一面の海水を蒸発させた。
一体、何が起きたのか分からず、風を操作してミリーのもとに向かおうとしたとき、いきなり背後から声をかけられる。
「どうして君たちは、ボクの弟の復活を邪魔するのかな?」
突然、背後を取られ焦った俺は、さっと振り向きながらショートソードを抜き、剣先を向ける。
そこにいたのは、竜人に似て非なる姿をした――明らかに人間でも竜人でもない、少女だった。
……一瞬、竜人かと思ったが、四肢には手甲や脛当てのような光沢がある鱗がびっしりと生えており、明らかに違う種族だと分かる。
それに指先や踵には鋭い鍵爪が伸びている。そして、決定的に竜人と異なるのは背中に生えた大きな翼だ。
その大きな漆黒の皮膜翼と赤い瞳に浮かぶ縦長の瞳孔。加えて、紅蓮に燃える髪の隙間から突き出た尖った耳と角。
――まるで竜を強引に人型に押し込んだような姿をしていた。
目の前の少女は中世的な顔で笑う。とても美しく整っていたが、鋭い目元からは獰猛で苛烈な雰囲気が漂っている。
急に剣を突き付けられた少女は、やれやれと首を横に振ると、とりあえず質問に答えろと殺気を含めて笑みを深める。
「なに、ここで殺し合いでもするの? ボクはいいけど、大勢の村の人たちが死んじゃうよ。まあ、ボクは構わないけどね。それより、まずはボクの質問に答えろよ」
彼女はつまらなそうに俺のショートソードを摘まむと、そうっと押し返して笑顔のまま見つめる。
だが、その眼差しには下等な生き物を見るような侮蔑の色が浮かんでいた。
何と答えるべきか迷い、ただ少女をじっと見ていると、彼女は不快感を隠そうともせずに、いい加減答えろと凄んだ。
思わずショートソードを握る手に力が入る。だが小さく息を吐くと、観察するような真似をしたこと詫び、とくに何も知らないと正直に話した。
「つい何者かと思い、見つめてしまいすまない。そして、君が言っている『弟の復活』についても、心当たりがない。俺たちはただ魔物の大量発生の討伐に来ただけなんだ。よかったら、俺からも質問していいかい? 君は一体、何者なんだ?」
『弟の復活』なんて言葉に見当がつかず、ただ依頼を受けに来ただけだと説明し、分からないからこそ――まずは少女の名前を尋ねた。
彼女は肩をすくめ首を振ると、礼儀知らずだと注意する。
「ふ〜ん、本当に弟のことは知らないんだね。まあ、だけど邪魔をしているのは違わないけど。あと人にものを尋ねるなら、まずは自分の名前ぐらい名乗りなよ」
思わずその言葉に反省する。
だが、いきなり名前も告げずに質問してきたのは少女も同じだった。不満が口から出そうになり、ぐっと我慢すると、こちらから答える。
「……俺はフウマ、レーヨンの町で冒険者をしている。この村に来たのも冒険者として依頼を受けただけだ。念の為にもう一度言うけど、君の弟の事は何も知らない」
釈然としないまま名乗ったが、興味がないのか彼女は無反応だった。ただ、ふーんとだけ呟くと仕方なさそうに口を開いた。
「そうか、君は冒険者だったんだね。てっきりアイツの従者かと思ったけど違うんだ。なら、とりあえずは無視していいのかな? う〜ん、分かんないなぁ」
独り言のように話し始めた少女は、顎に手を当て考え込む。その姿は年相応の幼さを感じた。やがて何かを思い出したかのように、再び話し始めた。
「……ああ、そういえば、ボクも名乗らないと君と同じ礼儀知らずになるところだったね。ボクの名はタルロス。君たちにはヘルドラゴンって言った方が分かるかな?」
いきなり少女――タルロスが、とんでもないことをさらりと言い放った。
目を見開く俺に、タルロスは邪悪な笑顔を向ける。自らをこの世界に君臨する五大邪竜の一柱だと告白したのだ。
その瞬間、サンドロ君が目撃した巨大な竜や人型の魔物はタルロスだと確信する。
少女の正体がヘルドラゴンだと分かり、昔読んだ文献の記憶から、その弟がサラが討伐したデスドラゴンだと知る。
タルロスの視線がサラに向かないよう必死に考えるが何も思い浮かばず、つい俯いてしまった。その先には偶然にも、例の祠があった場所だった。
「なんだ、やっぱり気づいていたのか。そうだよ、その真下にあるのが、弟の卵だよ。ということは、何も知らないというのは嘘なのかな?」
タルロスは陽気な口調で話しかけるが、その目からは殺気の色が滲み、両手の鉤爪は微かに鋭く伸びたように見えた。
明るい声とは裏腹に、俺を見つめる瞳には怒気が溢れている。
そして、一瞬で陽気な雰囲気は消し飛び、憎悪を込めた声で呟く。
「……邪魔者は排除する」
次の瞬間、タルロスの体は赤黒く染まり、一瞬で巨大化した。
◆
本来の竜の姿に戻り、目の前で驚愕する冒険者――フウマを見下ろしながら、弟の死に際の言葉を思い出す。
大陸の南端に位置する闇落静屠の奥で眠りについていると、いきなり弟の声が届き目覚めた。
助けを求める弟のもとに、すぐに向かおうとしたが、一瞬で言葉は途切れて、こちらからの問いかけにも反応しなくなった。
そして、ボクたちだけが感じる魂の絆が切れたことが分かり、デスドラゴンである弟が殺されたことを理解した。
……信じられないことに最強種のドラゴンの中でも最も強大な力を持つ五大邪竜である弟を瞬殺できる存在がいる。
そのことに強い警戒感を覚えた。
ただ、ボクたちドラゴンは不死であり肉体が朽ちようが、魂は不滅だ。悠久の時が過ぎれば、復活することを思い出して、少しだけ安堵する。
――しかし、その永遠と思えるほどの時間を経て復活したところで、弟を殺した者はこの世にいない。弟が自らの手で仇をとることはできない。
無念の中で殺された弟のことを思い、すぐに復活させるためにこの地に眠る魔光星卵に弟の魂を封じ込めた。
そして、復活の儀式のために呼び寄せた大量の生贄――魔物たちを討伐して邪魔をしようとする人間が現れた。
最初はアイツらの手先かと思ったが、どうやら違ったらしい。
少しだけ安心したが、魔光星卵のことは気づいていたようだ。
やはり邪魔な存在だと判断したボクは、殺すことに決めた。
強大な竜の姿に戻り、足元から見上げるフウマに視線を落として、地獄の業火を吐き出した。
その瞬間――いきなりフウマは輝き出し六枚の翼を広げた。
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あと、「呪術と魔法は脳筋に ~魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません~」という作品も投稿していますので、読んで頂けたら、なお嬉しいです。<(_ _)>




