005 王女と聖女
とりあえず、5本を正月三が日で書き上げました。
明日からは隔日で投稿したいと思います。
以前から投稿している「呪術と魔法は脳筋に」と交互に投稿する予定です。
もし、お暇なら「呪術と魔法は脳筋に」も読んで頂けると嬉しいです。
アークという少年をじっと見詰める――フォルテ殿下の頬が少し赤くなっている。
――あれは間違いなく恋に落ちた顔だ。
彼は確かカインズ公爵家の人間で、去年入学して今は二年生だ。入学試験を全科目満点で合格した神童。最近では武術でも良い成績を修めているらしい。
一学年上の私にも噂はよく耳に入ってくる。あの美しい容姿で学業と武術の両方で優秀な成績を修めている――白銀の貴公子!
……噂にならないはずがない。
それに周りには同じく見目麗しいガンブルク侯爵の双子がいることで、女子生徒の注目の的だ。
――そうだ、私も少しでもお近づきにならなくては!
「本当に助けてくれてありがとうございました。私はファイアル子爵家の次女サラと申します」
私は優雅にカーテシーをして挨拶する。一瞬、キョトンした彼だが、すぐに居住まいを正すと頭を下げる。
「ああ、さきほどはお名前も聞かず申し訳ありませんでした。あなたがサラ先輩でしたか。噂はかねがね聞いています。治癒魔法において類まれな才能をお持ちで『青の聖女』と呼ばれているとか。僕たち二年生の間でも有名人です」
彼は緊張が解けたのか屈託のない笑みを浮かべる。
――私の事を知っているとは驚きです。これはちょっとしたら、ひょっとするかも……。
そう思うと自然と頬を緩み、口元が綻ぶ。いままで聖女として扱われ、恋や愛から遠ざけられてきた私にも、神はチャンスを与えてくれた!
「そんな、聖女だなんて、恥ずかしいわ! 皆が勝手にそう呼んでるだけで、私なんてそんな……」
私は頬を赤くして火照った顔を冷やすかのように両手で抑える。
少しあざといと思うが、アーク君は優しげな眼差しを私に向けて微笑んでいる。私は世にも珍しい星空のような黒き瞳に吸い込まれそうになった。
◆
「二人とも紹介は終わったか? それでは早く皆に無事を知らせに戻るぞ」
サラのヤツが媚びを売るような真似をしてアークと話している。なんだか面白くない。
――それに「青の聖女」って、呼ばれて恥ずかしくないのか!
私がサラに鋭い視線を向けると、アークが頭を下げて謝罪を口にする。
「大変失礼しました。殿下を差し置いて話し込んでしまい、申し訳ございません」
「そんな、アーク君は悪くないわ! 私が話しかけたのが悪いんだわ。殿下、申し訳ありませんでした」
二人とも深々と頭を下げるが片方からは全然、謝意が感じられない。……気のせいだろうか。
それに会って間もないのに、「アーク君」って馴れ馴れしいだろ。……会ってまだそんなに時間は経ってないぞ!
私はサラへの怒りで、次第に不機嫌な表情へと変わる。
「殿下、不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ありません。どうか、サラ先輩を咎めないようお願いします」
そんな私を見て、アークは人が行き交う通りの真ん中で膝をついて頭を下げた。私は動揺しつつも声をかけようとすると、サラが飛び出しアークを立たせる。
「アーク君、さっきも言ったけど、悪いのは私よ! 私を庇う必要はないの」
サラが白々しい演技で目に涙を浮かべ、アークを庇う。いかん、怒りで視界が真っ赤になってきた。
「……別に怒ってなどいない、謝罪も不要だ。とにかく早くアルスたちの元へ向かうぞ」
私は悟られないよう、小さく息を吐くと、静かに告げた。アークはわずかに表情を緩め、まっすぐに私を見つめ口を開いた。
「殿下、二つほどお願いしたいことがあります。私が救出したことは秘密にして頂き、今回の件で兄であるアルスに、重い罰が出ないよう便宜を図って頂けないでしょうか?」
その言葉に私は頷くが、秘密にする理由が分からず、少しだけ眉を上げ尋ねる。
「もちろん、アルスに罰を与えるつもりはない。そもそも攫われた時、あやつはその場に居なかった。それより、何故だ? お主が救出したことを父上に報告すれば褒賞が頂けるし、将来、近衛騎士や王宮魔導士になる道も拓ける。それにカインズ家にとっても名誉なことだろう?」
その問いに対してアークはアルスに許可なく勝手にやったことで、とくに褒賞や名誉のために行ったわけではないと説明した。
それに身に余る功績で周囲から目立つのは嫌だと正直に話してくれた。
「わかった、恩を仇で返すようなことはしたくない。今回の件は秘密にしよう。ただ、私個人はこの恩を忘れずにいたいと思う。来年から同じ学園に通うのだから、何か困ったことがあれば頼ってほしい」
「ありがとうございます、殿下。何かあれば頼らせて頂きたいと思います」
アークは安心したのか、ホッと息を吐く。そして、星空のような煌めく瞳を私に向けて笑顔で頭を下げた。
ふたたび頬が熱くなり、鼓動がわずかに早くなる。
――やはり、こやつは私のタイプだ!
◆
フォルテ殿下が今回の件を秘密にしてくれると約束してくれて安心する。前世では功績をあげ目立ち過ぎたからこそ、村の生贄にされ妻に殺されたのだ。
――同じ轍は二度と踏まない!
改めて決意した俺は、彼女たちをババルニア王国の大使館前まで送り届けると、急いで寮に戻った。
――寮に着くころには、すでに日は落ちて周囲は暗くなっていた。
すぐに入ると、玄関で寮母さんに呼ばれ、食事がいらない場合は連絡するようにきつく叱られた。
……確かに急いでいたとはいえ、心配をかけてしまった。食事のことより帰りが遅かったことを気にしていたことが、言葉の端々に感じられた。
――優しい人たちに囲まれた自分の境遇に感謝する。
小さな幸せを噛み締めながら部屋に戻ると、以前作った自作の携帯食を食べる。
この世界の携帯食といえば、干し肉とか乾燥させた硬いパンだった。そこで前世で食べていた兵糧丸を思い出し、この世界の食材を代用して作ってみた。
栄養補給が目的のため美味しくはないが、干し肉や乾いたパンよりも栄養があり、バランスも良い。
とりあえず、腹も満たされたので今日は休むことにする。
無事にフォルテたちも救うことが出来て、アルスへの処罰もないことが分かった。俺は緊張から解放されると、そのまま眠りについた。
このころの俺は、まだこの出会いが、世界を巻き込む大きな騒動になるなど気づく由もなかった……。
忍者とは別軸の“ご当地×魔法”をもうひと皿。
『クマモトという名の異世界』——昼休みにサクッと読めます。
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