044 ミゲイルとの対戦
「ルキフェお兄様、今日は本気で戦わせてもらいます」
金色に輝くサラ――もといミゲイルの攻撃を受けて、跪く俺にミゲイルは手加減しないと宣言する。
第一回戦の第一試合で俺は予選トーナメントを一位で通過したサラと戦うことになった。
――試合開始早々にサラはミゲイルと一体化して攻撃してきた。
俺は咄嗟に後ろに下がり距離を取ろうとするが、天使の力を解放したミゲイルの動きは早く、あっという間に詰められ、神速の一撃を受けてしまう。
せっかく、顔を隠すために被っていた狐のお面も早々に砕け、観客に素顔を晒してしまった。
ミゲイルの初撃をギリギリでショートソードで受けたが、片手で止められるほど甘い斬撃ではなかった。勢いを殺せず攻撃を受けてしまう。
上段からの斬撃に仮面を当て軌道をずらすと、そのまま肩当てで受けてダメージを最小限に抑えたが、すぐに起き上がることが出来なかった。
膝をつく俺に審判は駆け寄り戦闘可能か尋ねるが、すぐに立ち上がり構えを取ると、審判は武闘台の中央に戻った。
俺は後ろに下がり、ミゲイルとの距離を大きくとると、すぐに腰に巻いた鎖を外して二本のショートソードの柄頭に繋いだ。
前世で愛用していた鎖鎌を真似て造ったチェーンソードを持つと観客が、初めて見る武器にざわめく。
だが、会場からの雑音を無視して集中すると、ショートソードをミゲイル目がけて投げた。
ミゲイルはまっすぐ飛んでくるショートソードを神剣で弾こうと横薙ぎに払う。
しかし、俺が鎖に力を加えると、まるで生き物のように軌道を変化させ、神剣を避けてミゲイルを襲う。
予想外の軌道にミゲイルは大きく横に跳んで躱し、こちらに向かって突進してくる。
俺は残ったショートソードを構えて迎え撃つふりをして、鎖に魔力を通して思い切り引っ張る。
その瞬間、躱されたはずのショートソードがくねりと曲がり、ミゲイルを背後から襲う。
ミゲイルは背後から迫るショートソードに気づいて打ち落とそうとする。その隙を狙い、残りのショートソードを上段に構えて斬りかかる。
前後から挟み撃ちされる格好となったミゲイルは、神剣を下段に構え直すと、横薙ぎに振り抜く。
ガンッ、ガキンッ!
神剣は半円を描きながら、背後から迫るショートソードを打ち落とし、そのままの勢いで上段から振り下ろしたショートソードも弾き飛ばす。
ミゲイルの神剣に弾かれ仰け反りながらも必死に耐え、鎖を強く引っ張る。
すると、打ち落とされたショートソードは手元に戻り、二刀の構えとなる。
油断なく見据える俺に、ミゲイルは微笑みながら語りかける。
「流石です、お兄様。さきほどの攻撃には驚かされました、まさか無生物の使役まで可能とするとは……」
「……いや、俺はそんなことはしていない。ただの物質強化魔法の応用で鎖を操作しただけだが」
彼女が尊敬の眼差しを向けてくるが、俺は決して鎖を使役している訳ではない。物質強化魔法を使って、少し鎖の軌道を変えているだけだ。
――物質強化魔法とは読んで字の如く物質を強化する魔法だ。
基本は武器を硬化したり重量を増加したりして攻撃力を上げるために使う。
だが、魔力操作を磨き上げた結果、緻密な物質強化魔法を使うことで新たな可能性を発見した。
この魔法はただ物質を硬化したり重量を増やしたりするだけではなく、逆に軟化させたり軽量化したりすることができる。
本来なら、そんなことに意味がないと思うかもしれない。
しかし、精密な魔力操作により物体の一部を硬化させつつ、別の一部を軟化させることで、鎖のような紐状の物体なら、わずかだが操作できるようになった。
前世で培った鎖鎌の技術に、物質強化魔法の応用を組み合わせた結果、まるで生き物を操っているように見えたのだろう。
会場も蛇のように動くチェーンソードに驚いているが、既存の魔法の応用で大したことはない。
それよりも決勝まで温存する予定だった奥の手を一回戦から使うことになってしまった。
それほどにミゲイルは強く、油断すれば一撃で負けてしまう。
ガリュウとは決勝まで進まないと戦うことができず、ここで負けてしまっては意味がない。
俺は次の試合のことは考えず、今持てるすべての力を出し切り、この試合に勝つことだけに集中する。
軽く息を吐くと、悠然と構えるミゲイルに向かい走り出した。
◆
まさかルキフェお兄様が無生物まで使役できるようになっているとは思わなかった。
我が主――神に次ぐ神気を持っていたお兄様は、多くの神獣や聖獣を使役して悪魔の討伐を行っていた。
あの不幸な事件のせいで、天界から追放されている間もお兄様は、鍛錬を欠かさず己を磨いていたのだろう。
無生物の使役――生無き物体に仮初の命を与えて使役する、
まさに神にのみが行使できる御業をお兄様は習得していた。
私もお兄様から引き継いだ天使長になってからは、より一層の努力をしてきたつもりだった。
だが、それを上回るほどの鍛錬をしてきたことに感動で涙が出そうになる。
――いけない、まだ試合中だった。
いくら人間の身体能力まで力を落としているとはいえ、これ以上手を抜くことはできない。
天使の力を取り戻していないとはいえ、お兄様に失礼だ。
猛然と向かってくる凛々しいお姿に一瞬、目を奪われそうになる。
小さく首を振り邪念を払い、神剣を構え直すと――すぐ目の前までお兄様が迫っていた。
◆
アーたんとサラの戦いは、今まで見てきたどの試合より凄かった。
技、力、速さ――すべてが信じられないほど高く、すでに人間の領域を超えている。
サラの剣技は流麗かつ苛烈で、その一撃は軽やかに放たれるが、一振りで相手を葬れるほど激しく重い。
……対してアーたんは、速さには経験で応え、技には知恵で受け流し、力には技で凌いだ。
人間を遥かに上回る身体強化魔法を使い、人智を超えた動きで攻撃を続けるサラに、アーたんは人が持つすべての力を使って抗う。
――今では、わずかな隙をつき、攻撃を仕掛けるほどだ。
二本のショートソードを両手に持ち、手数で圧倒しようとするアーたん。一方、サラは長剣を握り締め、渾身の一撃で追い詰めようとする。
窮地に追い込まれたのはアーたんだった。
千差万別、多種多様な斬撃を放っていたアーたんだったが、一瞬の隙を突かれて鍔迫り合いに持ち込まれてしまった。
サラの赤く燃える剣を二つのショートソードを交差して受け、押し込まれまいと必死に耐えるアーたん。
サラも身体強化魔法で人間を上回る力で抑え込もうとするが、アーたんはギリギリで抵抗する。
お互いの顔が近づき額がぶつかり合い、頭突きのような恰好になった。その直後、アーたんが輝き出して、背中に四枚の翼が広がった。
金色に輝くサラに対して白銀の光を放つアーたん。
今まで必死に耐えていたのが嘘だと感じるほどに、サラの剣を容易く押し戻すと、そのまま後方に弾き飛ばした。
そして、サラが着地するより先に動き、ショートソードを斬りつける。
軽やかに放たれた一撃。しかし、その力は凄まじく、何とか受け止めたサラの足元の石畳にはヒビが入っていた。
立場が逆転して、今度はサラが押し込まれまいと必死に耐えていた。
しばらく膠着状態が続くと思われたが、アーたんがもう片方のショートソードを手放すと、まるで生きているかのように動き出し、サラの体に巻きついた。
突然、簀巻きにされたサラは身動きが取れず、持っていた剣を奪われる。
アーたんは剣の切っ先をサラに向けて口を開いた。
「ミゲイル、久しぶりだな。お前の成長した姿しかと見せてもらった。私がいなくなっても鍛錬を続けていたのだな、ミゲイル。私はお前の兄であることを誇りに思う」
「ルキフェお兄様……」
サラはアーたんの言葉に涙を流し微笑むと敗北を宣言した。
そして、鎖を解いたアーたんと抱擁を交わした。
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あと、「呪術と魔法は脳筋に ~魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません~」という作品も投稿していますので、読んで頂けたら、なお嬉しいです。<(_ _)>




