026 父からの言葉
アークとラーラが学園都市の大講堂前に並んで立っていると、通りすがりの人々が見目麗しい兄妹に見とれて思わず立ち止まる。
おかげで大講堂前には小さな人だかりができてしまい、アークは少し気まずい気持ちになるが、ここで両親と待ち合わせをしているので、動くに動けない。
「アークお兄ちゃん、パパたち遅いね。道に迷ってるのかな?」
ラーラがアークを見ながら両親の到着を待ち遠しそうに尋ねる。彼はそんな妹の頭に手を置き微笑み、もうすぐ来るからと優しく諭す。
だが、確かに少し遅いかもしれないと少し不安になるアークだったが、妹を安心させるために笑顔を崩さない。
なんとなく二人とも無言になり遠くを見ていると、道の向こうから銀髪の美女が手を振り駆けてくる。
彼女はアークの前まで止まると、突然飛びつき抱きしめる。アークは慌てて苦笑しながら彼女を受け止める
「お久しぶりです、母さん。お元気そうで安心しました」
「もう、アー君ってば、全然、お家に帰ってこないんだもん。母さん、すごく寂しかったんです」
銀髪の美女はアークの胸に埋めた顔を上げると、頬を膨らませて可愛らしく睨む。
若くして結婚したらしいが、それでもとても若く見える彼女を、まだ二十代前半といっても誰も疑わないだろう。
「カーラ、あまりアークを困らせるんじゃない。それに公衆の面前で少しはしたないよ」
彼女を追って兄妹に近づく金髪の男性は、少し困った顔をしながら妻を嗜めると、ラーラの方を向き微笑みながら頭を撫でる。
「ラーラ、待たせてしまったね。寒くはなかったかい、まずは何処か暖かい所にでも入って、ゆっくり話そうか。アーク、案内を頼めるかい?」
カインズ公爵家当主アインはアークに家族四人が落ち着いて話せる場所はないか尋ねる。アークは少し考えたあと頷き、カーラを優しく離して案内役を引き受ける。
彼が先導しようと歩き出すと、カーラは腕に手を回し強引に組んできた。
アインがそんな妻の行動にため息をつくと、ラーラが彼の手を握り一緒に行こうと促す。
愛しい娘の手の暖かさと可愛らしい仕草に感動するアインは、思わず相好を崩しそうになるが、何とか表情を引き締めてアークの後に続いた。
◆
フォルテに紹介された上品な喫茶店に両親を連れて行くと、俺は予約していた個室まで案内してもらう。
「ん? アーク、もしかして予約していたのかい?」
「ええ、父さん。久しぶりに会うので、ゆっくり話したいと思いまして」
「ふふふ、やっぱり親子ね。考えることは同じですね」
俺と父さんのやりとりを見て、母さんはすごく嬉しそうに微笑んで部屋に入る。
皆が席に着いたことを確認すると、部屋まで案内してくれた店員に注文をお願いしてチップを渡す。
テーブルの上には、注文した飲み物といろいろな焼き菓子が載った大皿が並ぶ。そして、父さんが家族の再会を祝す言葉を述べると、すぐに会話が始まった。
「アー君は、文化祭では何もしなくていいのですか? 中等部の副生徒会長なんでしょ」
「大丈夫ですよ、文化祭は学園都市全体の行事です。なので、学校の教諭や教授、その助手など大勢の大人が準備して運営します。学生である俺の出番はありませんよ」
母さんの質問に答えていると隣では父さんがラーラの初等部での活動を聞いている。
今、ラーラは初等部の生徒会長をしていて、いろいろと積極的に動いているようだ。よく中等部の生徒会室を訪ねてはフォルテに相談している。
「そうか、ラーラは色々と頑張ってるんだね。パパも嬉しいよ、それで初等部でも九九図を取り入れた授業を試験的に行うのかい?」
「うん、加算と減算の九九図を取り入れるつもり。高学年の成績上位者には乗算九九図に挑戦してもらうつもりよ、もちろん私も」
母さんと話していると、何やらとんでもないことを父さんとラーラが話し合っているようなので、思わず二人の会話を遮ってしまう。
「ごめん、ちょっといいかな。どうしてラーラが九九図の事を知ってるんだい? あれはまだ、ジークと話しただけで誰にも言っていないはずだよ」
「うん、ジーク君がパパに報せた時に教えてもらったの。すでにカインズ領内の学校では授業に取り入れてるよ」
つい先日、ジークと話した内容が、すでに試験的に領内で行われていることに驚く。そんな俺を見た父さんが、首を横に振ると仕方ないとばかりに話し出した。
「アーク、君はもう少し自分のことを冷静に評価した方がいいね。君が発明した算盤だが、あれは世の中に大きな変化をもたらすものだ。うちの会計や経理担当の役人たちにマニュアルと一緒に支給したら、いつの間にか業務時間が半分以下になっていたよ。おかげで人員が足りていない他の部署に回すことできて助かっているけど――」
その後も父さんは、ラーラが幼いころに作った「童話」や「おとぎ話」を領民たちの間で普及させ、道徳教育に使い治安改善に繋がった事や、一般娯楽としても広がり領内の識字率が向上したことを説明した。
加えて、識字率が上がり九九図を普及させる下地ができた領民たちは、瞬く間に簡単な計算ができるようになったとのことだ。
この先、計算が出来るようになった領民たちは、物々交換から積極的に貨幣による売買をするようになる。
そうなれば、経済が回り出し景気が良くなる可能性がある――。
その情報を手に入れた各国の商業ギルドはカインズ領内に支部支局を次々と立ち上げているらしい。
知らない間に領内がすごいことになっていることに呆然としている俺に、父さんは各国の商業ギルドに算盤の特許を申請したことを伝えた。
すでに多くの商業ギルドから注文が殺到しており、特許料だけでも莫大な金が入ってくるとのことだ。
そして、受注自体をカインズ家お抱えの商工ギルドが受けているので、売上の三割もカインズ家に入ってくるとのことだ。
あまりにも話が大きくなり過ぎて、言葉を失っている俺に、父さんが止めの言葉を投げかけた。
「今更だけど、今日のジークの研究発表で算盤の有用性と、その経済効果や各分野に与える影響力の大きさは世界中に一気に広まることになるだろうね。もちろん、領内で行った実験データも添えられるので、その実用性は誰も疑いようがない。そうなったら、発明者としてアークの名も世界中に轟くことになるからね」
父さんの言葉を聞き、持っていたコーヒーカップを落としそうになる。
ほんの些細な思いつきが、どうしてこんな大事になるのだろうか……。
周りの人たちが優秀すぎて、一を説明したことが、十にも百にも変えて暴走して、とんでもない功績にしているような気がする。
前世では割と優秀だったと思う。それ故に頭領や妻に裏切られて殺された。
出る杭は打たれるというのは世界が変われども同じだ。やはり出過ぎるといつか叩かれる。
これだけ目立ってしまっては、もはや平穏な人生は送れないかもしれない……。
すでに世界中に名前が知れ渡ることが確定したと分かった俺は、本当はしたくなかったが、ある計画を実行すると、静かに心に決めた。
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