020 それぞれの思惑
嫌な予感がしてアーク君の後を追って医療用テントに入ると、ミザリー先輩と握手を交わしていた。
何が起きたか分からないが、俯くミザリー先輩の顔が赤い。……きっと大きな勘違いによって重大な問題が発生した気がする。
漠然とした不安に駆られている私に医療班の生徒が駆け寄ってきて、ミザリー先輩に治癒魔法をかけて欲しいとお願いする。
急いでミザリー先輩のもとに向かい、治癒魔法をかけるためにアーク君と繋いでいる手を離すように促す。
もちろん、手を繋いだままでも治癒魔法はかけられる。だが、絶対に離してもらう。強引に二人の間に入り、握手を解除すると魔法を発動する。
「癒しの陽光 (ハイヒール)」
治癒の光に包まれた右手をミザリー先輩の腰に手を当てると、赤黒く腫れ上がっていた部分が一瞬で元に戻る。
完璧な治療に満足して頷くと、心配そうにアーク君が声をかけてきた。
「サラ先輩、大丈夫ですか? また、上級の治癒魔法なんて使って」
「ふふふ、ちょっと無理しちゃった。けど最上級じゃないから(全然)大丈夫よ」
もう一度倒れるふりをして項垂れ掛かってもよかったが、あまり使うといざという時に使えないので自重した。
こちらの様子を伺うアーク君に笑顔を向け、十分な魔力が残っていることを確かめると、ふと気になったことを尋ねた。
「そういうアーク君はどうなの? さっきも下級とは言え火魔法を20発以上同時に発動したでしょ」
「そうですね、確かに少し使い過ぎましたが、大丈夫ですよ。それに魔力操作を鍛えてきたおかげで魔力消費も大分抑えることが出来ていますし」
アーク君の言葉に私とミザリー先輩は目を大きく見開く。どんなに魔力操作を極めようが、その消費を抑えることは不可能だ。
出来ることといえば、魔力を溜めるための詠唱の省略や破棄。発動速度と精密度の向上。そして、同時に展開できる魔法の数を増やすことぐらいだ。
魔力消費を抑えることはそれだけ難しく、実現不可能とされている。
だからこそ治癒魔法や聖魔法と限定された魔法だけだが、魔力消費を抑えて発動できる私は、特別な存在として聖女に認められたのだ。
アーク君がどれほど抑えて魔法を発動できるか分からないが、もし全属性で可能ならば……。
やはりアーク君には何か重大な秘密があるようだ。
――やはり、見回りを更に強化しないといけない!
◆
突然、驚き固まってしまった先輩たちを残してテントを出る。そこにはフォルテが待っていた。
どこか不機嫌そうに見える彼女に声をかける。
「フォルテ、体調は大丈夫? さっきは危うく怪我をさせるところだったね、本当に悪かった」
「……いいえ、別に。それより先程の試合です。ミザリー先輩の顔色が急に悪くなったような気がしましたが、毒魔法を使ったのですか?」
毒魔法――なるほどフォルテが不機嫌な理由が分かったような気がする。
魔法の属性は基本の火、水、風、土、治癒の五つ。それに特別な属性となる氷、雷、聖がある。そして、最後に禁忌とされる闇、毒、死霊がある。
禁忌魔法である闇、毒、死霊を使うのは一部の魔物と邪神の信者だけだ。
一般人が使えば、どこの国など関係なく重い罪が科せられるのは、子供でも知っていることだ。
確かにミザリー先輩が呼吸困難になった姿は、毒に苦しみ踠いているようにも見える。
フォルテの表情――その理由が分かり、苦笑して答える。
「いいや、毒魔法なんて使ってないよ。使ったのは下級の火魔法だけさ、数は多かったけどね。それに毒魔法だったら魔法防御が防ぐはずだよ」
俺は肩をすくめて、少しおどけて見せる。いまだに不機嫌そうな顔をするフォルテに笑いかけると、微かに表情を和らげて詫びる
「……そうですか、すいません。疑うようなことを聞いて」
「別に気にして無いよ、確かにミザリー先輩の様子を見れば疑いたくなるさ」
疑った罪悪感からなのか、フォルテの表情を曇らせ俯く。俺は彼女の肩に手を置き優しく笑いかけ、気にしていないと伝える。
フォルテが元気をなくせば、妹が悲しむ。
早く元気になってほしいと願いながら彼女と別れると、試合場へと歩き出した。
◆
爽やかに立ち去るアークを見つめる。
確かに毒魔法なら魔法防御が防ぐはずだ。こんな単純な事も気づかずアークを疑った自分が許せない。
だけど、素敵な笑顔で気にしていないと言ったアークに免じて、自分を許すことにした。
そして今、私がすべきことはアークの笑顔を記憶領域に永久保存することだ。
ついでに決勝に向けて何か裏工作できないか考えるが、アークの笑顔を焼き付けることに、全エネルギーを使っているので何も思い浮かばない。
そういえば決勝の相手はマーベラスとか言ったか。……最近、男爵位を買った元商家の長男だったはずだ。
レーベル男爵は魔道具の開発に長けていて、いくつもの画期的な魔道具を発明して販売していると聞いている。しかし、正直あまり良い印象を持っていない。
金は有るが品が無く、知識はあるが教養がない所謂、典型的な成金貴族という印象が強い。
スカイとの対戦でも魔道具に何か細工をしていたようだ。父上の配下の魔導士がいろいろと調べて報告していた。
――――まあ、決勝で万が一、いや億が一でもアークが負ければ、その時はすぐにヤツの魔道具を押収して不正を暴く。
そして、アークの不戦勝を確定させ、父上に優勝を認めさせて許嫁にしてもらう。
――うん、よく考えたら何も裏工作をする必要なんて無いことが分かった。
ならば今、私がやるべきことは、アークの笑顔を記憶領域に永久保存すること、それだけだ!
◆
フォルテ殿下と別れて試合場に向かうアークを睨みつける。
大して魔力も無く上級以上の魔法も使えないクズなのに、どうしてアイツはあんなに人気があるんだ。
座学と武術の成績は良いが、魔法は中の上ぐらいで、将来は役人を目指しているという。
はっきり言って俺の方がヤツより優れている。魔力量も一万を超えているし、魔法も風魔法なら最上級まで扱うことができる。
少し顔が良いだけのヤツが何故、あんなにもてはやされるんだ。
――公爵家の人間だからか!
……だが、ちやほやされるのもあと少しだ。いけ好かなかったスカイと同じように決勝では最上級の風魔法で、その綺麗な顔を切り刻んでやる。
そして、レーベル男爵家の長男マーベラス――俺こそが聖女サラにふさわしい男だと証明してやる!
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