大旅行会議
三人の会談から二日ほどして、開通間近との情報を受け、ステラは即座に自国へと戻っていった。一方、ヴィタールは、旅行企画の立ち上げの為に、日中はフーケと、午後には私と詳細に語り合った。
ヴィタールはやや軽薄な感のする男ではあったが、企画の詳細や段取りを決める段階に入ると、その才をいかんなく発揮する事になった。
「旅行の基本は異空間の体験です。よって、カペルの人々にとってと特異な経験を与えられるような旅程にするべきです。ジョアンナ様の計画自体は、観光資源を巡るという意味で非常に良いものではありますが、今一つ、新鮮な体験には物足りない所があります」
「と、言うと……?」
会議室を借り切って、貴重な蝋燭を灯しながらの会議。ヴィタールはその日も、いつものように笑みを湛えたままで私の案を聞いていた。
「もともと観光資源に恵まれたカペル王国ですから、どのターゲットが住むどの都市にも、大聖堂や教会はあります。アビスのそれ程大きなものは勿論ありませんが、似通った建物ばかりを訪問するのは些か退屈な体験と言えるでしょう」
「じゃあ、どうしましょうか?細かな違いを感じてもらうように工夫する、とかかしら?」
独り言のように呟く。ヴィタールは頷きながら、しかし完全に納得したという様子でもなかった。それは、案自体の的外れさと言うよりも、実現性に対する不安を表すものだったようだ。
「実のところ、そうした専門的な所を利益に結び付けるのは、難しいのです。……ほら、相手は素人、教養のある聖職者と比べますと、そうした需要は満たしにくいのです」
ヴィタールは少し首を傾げ、難しそうに唸る。
確かに、いざ自分が観光旅行を始めたとして、教養のある層を虜にする事と、一般市民を虜にする事では大きな隔たりがある。もっと言えば、専門家でもない限り、教養があろうがなかろうが、細かな違いなど気づきようもない。そうすると、ある程度万人に共通する部分を計画に取り込む必要があるのだが……。
「全員が納得する旅と言うのは難しいですね……」
前髪をかきあげながら姿勢を崩す。机の上には細かく記された「観光案内」が載っているが、確かに、文字で読むそれらは非常に似通って見えた。
「誰もが関心を持つ共通項と言えば、食や、衣装や……異性だと思いますが……。旅のコンセプトとしては巡礼の旅ですからね……」
ヴィタールは腕を組んで背もたれにもたれる。普段商会ではそうした姿勢をするのかもしれない。
暫くの間沈黙が続く。こうした沈黙は、彼との会議の際には頻繁に起こる。それが空虚な時間にならない事が、彼との会議の醍醐味でもあった。
「食事なら無理なく組み込めるかしら。ワインは酒蔵で随分違うし、教会の主宰神ごとに名物も違うでしょう?」
「そうですね、その線で行くとなると、旅程は、特殊な建築様式のある教会、ここ、ここ、ここ、これらを道で結び、滞在する都市は食と、崇拝する神々の異なる場所……。このような旅程にして、中流層でも何とか旅行が出来る企画となると、やはり菓子よりも料理への特色で夕食を選ぶというのが良さそうですね」
ヴィタールは内地にある道の書かれていない地図を入念に調べながら、色違いの線で行路を描く。しかしそうなると、やはり最後の問題はアビス‐ナルボヌ間である。
「ここの特色が見いだせない……、あ、いや、失礼致しました」
「いえ、大丈夫です。ナルボヌがそう言う場所である事は理解しているつもりですから」
ここに来て、最も重要な部分に問題が現れたと言える。ナルボヌ領には何もない。他の旅程と比べても退屈さで群を抜いていると言える。一週間草むらを歩くというのは中々精神に来る作業と言えるだろう。
「……ミス・ジョアンナ。率直に申し上げますと、ここが一番の難関であると、私は考えているのです。しかし、それを払しょくする方法を、一つ二つ思いついたのですが、意見を述べてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、是非」
「ナルボヌ自体に今魅力が無いことは認めざるを得ません。しかし、運河が開通すれば、ウネッザの魅力がそれを肩代わりできるかもしれません……。どうでしょうか?」
「……と言うと?」
「ウネッザには人が集まります。そして、本土には来ない様な特徴的な大道芸人や、不思議な動物も来訪します。ナルボヌでそれを受け入れる設備を整えて下されば、こちらとしてもそれらを提供できるようになります」
「一理あるわ……」
ダンドロ商会との契約で、当該商会の、一部の運河の利用について税を軽減するという契約があった事を思い起こす。これが、この見世物輸入にも一定の効果があるとすれば、退屈しのぎの一つの案として有効と言える。「ナルボヌの道中では毎回不思議な事や物が見られる」とすれば、大旅行の目玉として機能する事もあるだろう。楽しい旅になりそうだ。
「それも視野に入れつつ、具体案を詰めて行きましょう」
「そうですね。おっと、こんな時間です。今日の所は、この辺で……」
「えぇ、おやすみなさい」
ヴィタールは最後に私の手の甲にキスをし、「今後とも、宜しくお願い致します」と言うお決まりの挨拶を交わして部屋を後にする。彼が会議室を出た後、直ぐに蝋燭の炎を消すと、私は暫く暗闇の中で、草むらの中を行く旅程を楽しむための思考に耽っていた。




