首脳会談1
「いやぁ、話を聞くに、ミス・ジョアンナは借金を返済して下さっているようで。貴族と言う人種は不思議な事に私達商人との約束を反故にする事に慣れ切っていまして、本当にそれは困った事なのですが、きちんと入金がされていますと大層安心するわけです。今後とも御贔屓のほどを宜しくお願い致します」
「え、えぇ……」
わお、話す、話す……。ヴィタールは兎に角話題を見つけては私に喋り倒す。一通り自分が満足すると、末尾に宜しくお願い致しますと付け加え、私の短い反応(それは彼が途方もなく一人で語る為に語る話題が無いからだ)に満足すると、次の話題をねじ込む。商会の会長と言うのはそう言うものなのだろうか?それとも、彼だけの特徴なのだろうか。ひっきりなしの一人語りにいよいよ眩暈がし始める頃、やっとの思いでステラも待つ客室へとたどり着いた。
静かに風景に溶け込むように読書をしていたステラは、ステッキを片手に語り倒すヴィタールを一瞥し、小さく溜息を吐いて視線を戻した。
ウネッザとプロアニアには特別な確執はない。彼らは元から関わる事が無かった。燃料と食料以外にそれ程関心を示さないプロアニアは高級資源を求めてウネッザに近づく事は無かったし、プロアニアの閉鎖的な市場に、ウネッザ側もそれほど関心を示さなかった。
そのためか、彼らは目が合ってもお互いを意識し合うそぶりも見せない。私はぺちゃくちゃと話し続けるヴィタールを席に着かせ、ステラは読書を諦めて小さな窓の向こうをぼんやりと眺め始めた。
ヴィタールとの雑談は辟易するほど退屈だが、但し、全く有用な情報が無かったわけでもない。ウネッザの観光資源の魅力や、主要な産業についての彼の会話(のような独り言)から、今後のナルボヌの行き先をある程度定めるのに役に立つからだ。
奴隷と模造宝石の生産が主要な産業であるウネッザは、ナルボヌとしては有り難いパートナーともいえる。意図したわけではないが、ダンドロ銀行と関わりを持っていたのも功を奏したと言えるだろう。
「ヴィタール様、ナルボヌでは新しく、乳母をビジネスとして経営する一環として、奴隷市場の開設に強い関心を持っています。ウネッザとしては、そうした事情はどの様にお考えですか?」
話を途中で遮らなければ、彼との会話は強く実を結ぶことは無い。ヴィタールは言葉を遮られて驚きの表情を浮かべたが、直ぐに一回威勢よく手を叩き、下品だが私を指さして口角を持ち上げた。
「素晴らしい事です。まさに、奴隷はウネッザの主要な商業ですから。それに需要は北方まで幅広く、乳母と言う事は幼い奴隷候補たちを『仕入れる』のにも便利と言う事でしょう?」
ステラがこちらをちらりと見る。何か気に障る事があったのか、眉間の皺は普段より深く思われた。
「その通りです。そして、ウネッザはより栄え、さらにナルボヌは稼ぎを返済に回す事が出来る。この上ない利益となります。そして、カペルからの旅行客も存分に増える事でしょう」
「そのお話も伺っております。とても興味深いお話です。客層は中上流階級に絞って、金額をやや抑えめに出来る点が、これまでとの違いと言えますね」
「えぇ。客層を争わないから、従来のルートを邪魔する事も無い。多少窮屈でも、安い宿のプランも用意できればなおの事いいでしょう。それは、ダンドロ商会と組む強みでもあります」
不思議な事に、彼とはかなり話しやすい。今までの一人語りは、私を話しやすくするための誘導だったのだろうか?
「えぇ、その通りです。今日は良い話が出来ましたね!」
ヴィタールが賛同の意思表示をするとともに、私だけに聞こえるような小さな声で、「あちらの事情の方もお聞かせ願えれば……」と囁いた。
「こそこそと話すのではなく、堂々と話してはどうだ?ヴィタール総督」
ステラが横槍を入れる。低く威厳のある声は、これまでのやや浮ついた雰囲気を吹き飛ばし、じわじわと、陰湿な威圧感を与えてくる。
「朕は約束は守る男だ。内密にしておくことも出来よう。何より二人で話を進められては、こちらが待った甲斐が無いではないか」
いかにも「不敬である」と言わんばかりの嫌悪に満ちた表情を浮かべている。私は何も言わずに、ヴィタールに回答を委ねる事にした。こと外交に関しては素人と言わざるを得ないからだ。ヴィタールは私の意思を汲み、顎に手を当てて思考を巡らせた。
プロアニア、エストーラが手を組む事は考えづらい。カペル王国から恩恵を受けている国ではないが、プロアニアは厭戦主義者の北方の強国、ムスコール大公国と蜜月の関係にある。大戦争から立ち直り、技術的優位を取り戻したのも、この関係のお陰であるから、現在のプロアニアは遥かに平和主義的な立場にいる。エストーラも、現在は安定志向で、深刻な宗教対立から再び危難が起こる事を避けるために躍起になっている。その状況で「戦いを求める」事はないだろうが、同時に、隣国プロアニアが優位になるような戦いを支援することもしない。プロアニアが強力になればなるほど、自身の西方の領土が脅かされる恐れがあるからだ。
結論として、彼らは積極的に、「戦争をする」と言う選択肢を取る事は少ない。しかし、それはあくまで「積極的に戦争をする」ことを求めていないに過ぎない。
カペル王国はアーカテニア王国との姻戚関係にあるし、教会を国王が支配する状態も長く続き、税収も潤沢にあると言われている。さらに、国土に内乱や戦争の被害を殆ど受けてきていない、いわば「一人勝ち状態」にある。ムスコール大公国も同様の状態に近いが、あちらは「絶対君主」と呼べるような存在がおらず、いわば行政府が非常に鈍足に、妥協の方針を練っている状態にある。だから、直ぐに戦争も出来なければ、拡大すら求めていない節がある。要するに、ここに集まった全員の総意として、北方の彼らは全く「脅威にならない」のだ。
エストーラ領ウネッザは、アーカテニアと利害が衝突するので、アーカテニア側を攻撃するメリットはあるが、残念ながら勝機が無い。それに先述のエストーラの立場を鑑みると、派手な動きはしたがらない。
そうすると、自然と仮想敵はカペル王国と言う事になるが、その国土を侵しに行くには、些か敵が強大すぎるし、身動きを積極的に取れる国も無い。
総合すると、彼らが仮にカペル王国に対して何らかのアクションを起こすのであれば、それは「弱み」に付け込む事が必要不可欠であり、そして、その弱みが、カペル王国の利益を脅かすものである事が望ましい。
「時に聞こう、ドージェよ。朕はアーカテニアの在り様に不満があるだろう。その力を削ぐにはどうすれば良いか?」
「……回答は差し控えさせていただきます」
ヴィタールは、私を見ながら答えた。
「私は、金になるなら構わないわ」
「だ、そうだが?」
長い沈黙。答えを渋っているのか、純粋に答えられないのかまでは定かでない。
「……アーカテニア王国は、私達と同じように「飛び地」を支配しながら交易路によって繁栄を続けています。もし何処かの「飛び地」が不安定な状況に陥れば、現在ほどの良い状況を作る事は難しいでしょう」
「しかし、ウネッザは飛び地をうまく纏めていたじゃない?」
「ウネッザとは状況が異なりますよ、ミス・ジョアンナ。当方は警察機関として飛び地の治安も維持してきましたし、その土地から土地へと行う交易を制限する理由もありませんから、皆自由に交易を出来たのです。しかし、アーカテニアはどうにもそう言うわけにはいかない」
「アーカテニアの富の源泉は銀鉱山と金鉱山だ。交易路も勿論だが、それ以前に飛び地は国営で産出した鉱物を運ぶ拠点で良い。それに、彼らが支配するのは元々彼らが侵略した土地ではないか。ウネッザは初めから飛び地の協力なくして成り立つ繁栄ではなかったが、アーカテニアの繁栄は支配の方が効率がいいだろう」
アーカテニアの流通を荒らす事が、カペル王国の力を削ぐ近道である……ステラが態々この辺境に足を運んだ理由が明らかになった。
彼は、カペル王国から、何らかの「優位」を勝ち取ろうとしているのだ。それが何かは分からないが……。
突き出た腹がゆっくりと腰掛に委ねられる。立てかけた杖がその肉に押し出されて、肘掛けの奥へと動いた。
「……いいでしょう、何かがあったら、皆様に報告します。それでいいかしら?」
「えぇ。くれぐれも、仲良くしてください」
ステラは満足げに目を閉じると、窮屈そうにいびきをかいて眠り始めた。ヴィタールは暫く居心地が悪そうに私と向き合っていたが、「失礼」と一言断って部屋を出ていく。去り際に、「嫌な予感がします。平穏を脅かす予感が……」と、独り言のように呟いた。




