巨漢、ステラ
人を圧倒する巨体と言うものは存在する。丁度、「王」の肩書を冠し、不自由な三本目の足でかつ、かつと地面を叩く、漆黒の民族衣装を身にまとったこの男の様に。喪服のような質素なマントと、良く磨かれた茶の革靴、首から提げられた一本のネクタイをしっかりと締め上げた、プロアニア紳士の代表のような服装を身にまとった彼は、帽子を持ち上げて私に挨拶をすると、見定めるように付き人達を見回し、安堵の溜息を吐いた。
「ナルボヌ伯爵領と言うから、余程立派な都市を擁しているものと思っていたのだが、なるほど、名ばかり伯爵と言うわけか」
突き出した腹を震わせる太く落ち着いた声は、カペルの貴族の様に優しく皮肉を垂れる事さえしなかった。ヤーコプの百倍は濃い煙の臭いを身に纏った彼は、静かに手を差し出す。私は握手に応じ、生温いグローブのような掌を出来る限り強く握り返した。
「そう仰らずに、中身はもっと酷いのですよ」
「不憫なものだ。君の主人は古くから横暴だったようだね」
そう言って口角を持ち上げる仕草は、如何にも悪徳な君主のそれであった。やがて遅れてやって来た馬面の男が、私の家臣たちと挨拶を交わすと、いよいよ城内へこの男を上げる事になった。
城内に入った途端、彼は天井を注意深く見まわす。プロアニア人はそう言った奇行が多いと言われているため、特に驚く事では無かったが、その度に足を止めるのには少々苛立ちを覚えた。ただでさえ杖の先が階段を鳴らす音のテンポが遅いのに、彼に合わせて歩かざるを得ないというのは大層骨が折れる。普段の三倍は時間をかけて、やっとこの男を食堂へと案内するに至った。
鎧が一つだけポツリと佇む、仄暗い食堂に入ると、すぐ目の前には上質な(ようにも見える)食事が用意されている。ステラはうまく彩を捉えきれなかったのか、このやや明度の低い食事の並びを怪訝そうに見つめ、やがて堂々とした足取りで、私と向かい合う事の出来る席に着いた。
彼が杖を机に立てかけ、傾聴の姿勢を取った事を確認してから、鎧を背にして席に着く。リオネルを隣席に着け、ギヨームとタンクレードがその次席を埋める。最後に、馬面の男が私達に向けて礼をして、席に着く。
やや遅れて、フーケが入場し、息を切らせながら着座すると、いよいよ舞台が整った。
「今日は態々御来訪有難うございます。ささやかでは御座いますが、軽食をご用意いたしました。我が領土で採れた葡萄を使ったワインにパン、それと近隣より仕入れた川魚です。どうぞ、ご賞味ください」
ステラは言葉に応じて従者に自身の食事を毒見させる。安全を確認した後、一つ咳払いをして食事に手を付け始めた。
「ナイフもフォークも無く、あるのはフィンガーボール。不衛生極まりないのはこの国の伝統なのか?」
「……えぇっと、ご期待に沿えず申し訳ございません。ジュスタン?」
背後に控えたジュスタンに声をかける。彼は即座に厨房へと戻っていった。
暫く沈黙の時間が続く。アンリ王よりよほど無口で無愛想な男のようで、威圧感と言うよりは単純な嫌悪感さえ感じ始めた。
そんな時、彼はジュスタンから手拭いを従者を通して受け取り、手を拭いながら、小さな声で訊ねてきた。
「良さそうだ。速やかに工事を始めるように伝えるがいい。後は、ジョアンナ、と言ったかな。貴女は我々の極秘技術を一切見ない事を承諾するか?これは最低条件だ」
「えぇ、勿論」
私は即座に答えた。プロアニアの秘匿性は今に始まった事では無く、住民になる事は容易いが国外へ逃れる事が難しいのもこのためだと言われている。王は再び口角を持ち上げ、「いい返事だ」と言う。そのまま食事を黙々と再開し始める。
「その、陛下?お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「技術に関する事でなければ、どうぞ」
食事を下ろす。体のわりに小食なのか、食材の噛み跡はあまり大きくない。
「カペル王国とプロアニアでは何もかも違います。陛下は、ナルボヌでの私との対話をどのようにお考えですか?」
ステラは嚥下した後に、ゆっくりと身を起こす。私をまじまじと見つめながら、鼻を鳴らした。
「そうだな。『危険』だろうか」
「危険?と申しますと……?」
馬面の男がステラの顔色を窺っている。この男は何をしに来たのか不明だが、王の信頼を勝ち得ている事だけは間違いないだろう。
「御存じの通り、我が国は技術を君達に見せる事を嫌う。これが第一の理由である。そして第二に、君の腹の内が読めぬという事だ。単刀直入に問うが、エストーラとここを繋げて何を為そうと?」
これまでで最も低い声で訊ねる。眉間にしわを寄せ、立てかけた杖を弄っている。馬面の男もさり気なく懐に手を忍ばせている。私は一拍おいて、至って冷静に答えた。
「そうですね。第一には観光旅行を企画するため、第二にはカペル王国が何を為そうとするかを気にかけているのです」
「ほう、立派なパルチザンと言うわけか。それはそれは、ヤーコプも喜ぶ事だろう」
口元は笑っているが、目は笑っていない。彼は杖からゆっくりと手を放し、一拍おいて続けた。
「朕の見立てでは、カペル王国は間もなく何かしらの襤褸を出す事だろう。しかし、エストーラも共倒れと行きそうだ。君は良い選択をしたようだが、この場において朕がどう立ち回るべきかというのは中々難しい問題と言えよう。実に悩ましいが、一先ずは君の謀に一枚かませて頂く」
彼は私の返事を待たずに食事を再開する。咀嚼音も無く、静かに後光を受けたステラは、逆光によりより深い、たるんだ頬や彫の跡などを手に入れていた。
ぞわり、と悪寒がする。馬面の男が胸元から手を抜く時、鈍色に輝く黒い拳銃の持ち手が見えた。
その後も遂に、この怠惰な昼食に口出しするものは現れなかった。




