侍従会議6
ナルボヌ家の運命を決めるこの会議は、しかし完全に絶望的な状況に陥らない事を目的とした会議でもあった。
年末の騒々しさに手をこまねく事態を避けるため、そして緊急の返済計画を考える為に必要な時間を保つために、前倒しに行ったもである。
常に窮迫の危難に対面する事を回避して返済を続けてきた借金について、ダンドロ銀行からの最後の通達は、どうなったのか。また、
以前にアビスを訪れた際の「7億と2801万1732ペアリス・リーブル」と言う金額から、どれ程返済がなされているのか……。それを知るのはフーケと、眼前の帳簿類だけである。
「それでは……本日の、我がナルボヌ家の資金状況について、ご報告いたします。ジョアンナ様、お手元の資料を」
「えぇ……」
分厚い取引記録を開く。目の前に広がる数字、数字、数字……。活字に慣れていても眩暈がする光景に、思わず顔を顰めた。
しかし、その多くはバナリテに伴う収益で、意外なほど支出は少ない。フーケは口角を持ち上げ、表情を緩めて見せた。
「ジョアンナ様の徹底した節制が功を奏し、支出に対して収益が大幅に上回る結果となりました。特に主要な収入はバナリテによる小麦の徴収で、最低限に備蓄に抑え、ジョアンナ様ご自身の食事をより安価な豆類のみに抑えた事によって、八割程度を収益に代えております。乳母ビジネスの収益は、それ程芳しくありません。年末までに予定されている契約金の合計金額で、概ね8200ペアリス・リーブル分です。そのうち我々の取り分は、ジョアンナ様、ギヨーム様両名合わせて概ね4100ペアリス・リーブルですがその副次的な効果として……領民の出費が増え、それに伴い行商人らの領土への往来が増加、特に元手のない若手の商人達は、どうやら関所の少ない我が領土を好んで利用するようになっているようです」
良い知らせに空気が和らいだ。しかし、それはほんの気休めに過ぎない。重要なのは、これから利息込みで返済が可能なのかと言う事である。私はこわばった表情のまま、フーケの言葉を固唾を飲んで見守った。
フーケは微妙に表情を変える。穏やかな表情から、眉を垂らし、口を結んでさらに続ける。
「上記の通り、返済を行った結果、我がナルボヌの現在の財産状況は……7億2687万3366ペアリス・リーブルです」
議場が凍てつく。誰もが安堵の表情を止め、恐怖と絶望の表情を覗かせた。
「たった100万……これじゃあ、全然足りない」
「いいえ。ジョアンナ様。これは偉大な一歩ですよ」
フーケの声は、会議室のどんな情景よりも明るい。薄暗がりの中を照らす蝋燭の炎が、その勢いを強める。その先には、フーケの屈託のない笑みがあった。
「7億の負債から借金を返済するためには、利息分を考慮してもとても難しい事なのです。そして、この、ナルボヌが!驚くべきことに4560万もの収益を出し、それを返済したのです。あの大赤字が!正直私は興奮しているのですよ!こんな事はとてもあり得ない事だ!皆様もっと喜ぶべきです、これは大躍進と言って差し支えないでしょう!」
フーケの言葉が議場にこだまする。興奮気味の彼の鼻息は荒く、自信と喜びに満ちている。その表情を見て、私は自分のこなした偉業が紛れもなく素晴らしい成果であると、数字の羅列よりも強烈に意識させられた。
「……驚いた。まさかそんな事になっていようとは……」
リオネルが呟く。彼は長い間決算記録を見ていたに違いない。それだけに、絶望の色をした直ぐ後のフーケの言葉に、感激したに違いなかった。
ギヨームは半ば放心状態で、フーケの言葉を飲み込むのにも多少時間が必要な様子だった。ジュスタンに至っては、目を手で隠し、静かに涙を零している。
太陽が窓の前を通り過ぎる。眩すぎる空気の通り道に、埃がきらきらと輝いている。
その様は宛ら、道筋を照らすようであった。
「フーケ……これは、これからは、もっと凄い事を出来るかしら?今よりずっと大きなことを、出来るかしら!」
「出来ますとも、ジョアンナ様。これだけの偉業を成し遂げた貴方ならば、出来ない事などありますまい」
私の背後には、ジュスタンが静かに立つ。盾を預けられた鎧がある。盾には亡き父の紋章がある。彼は、埃が導くその先を真っ直ぐに見つめている。眩い陽光に導かれ、埃塗れの私の視界が霞んだ。
そこには広大な畑と、領土が、そして、馬車に倒された雑草の道が続いている。それは道だった。身に纏わりつく金の鎖を解き、神がおわす光の先に行きつく為の。




