天啓2
受付でジョルジュを呼ぶと、彼は駆け足で現れ、こびへつらうように何度も頭を下げた。
「ようこそお越し下さいました、さ、さ、立ち話もなんですので、どうぞ」
彼はそう言って、ギヨームを談合室に案内する。顔を隠しながら付き添う使用人を一瞬怪訝そうに見たが、顔が合えば慌てて笑顔を作り直す。実に、現金な人だ。
談合室では歴代のダンドロ商会アビス支店の支店長たちが睨みを利かせている。ギヨームは腹に手を押しあてながら、彼らの視線を目で追いかける。その数多の視線は私やギヨームの顔を中心に交錯しながら、時折窓の向こうや、ジョルジュの席に向かう。談合室の中でも最も質の良い椅子を引き、ジョルジュは手で着席を促した。
「どうぞ、お掛けください」
「どうも」
私が席に着いた後で、ギヨームが座る。ジョルジュは机の向かい側へと早足で向かい、私達の顔を見比べてから席に着いた。
「いやぁ……ジョアンナ様、ご変装がお上手で、私騙されてしまいましたよ」
彼はナルボヌ城での態度を少し和らげてこそいたが、貴族へ対する極端なへりくだりをこの場でだけは控えているように思われた。
「先日のアグルダインの件ですか?随分とお早いご決断の用で」
「えぇ、まんまと一杯食わされないようにね?」
私は両手を少し持ち上げ、大仰に目を見開いて見せる。ジョルジュは最大級の皮肉に対して、『お見事です』と手を叩く。世辞はお手の物、と言ったところだろう。
ぎょろぎょろと目を動かす支店長の絵画に若干の居心地の悪さを感じながらも、ジョルジュと同じように終始笑顔を崩さないように努める。「監視」と言う行為をこれほどまで強調するのは、銀行と言う所特有なのかもしれない。
ジョルジュは今度は視線をギヨームに向け、手を差し出して見せる。
「実物は御座いますか?」
「……えぇ。ギヨーム」
ギヨームは交換した証券を手渡す。ジョルジュはそれを受け取り、細かな数字の記された証券を前後に動かしながら、満足のいく位置を見つけて目を細めた。
「ふむ。5672ペアリス・リーブルですかね。上々でしょう。人を雇う程の利益でもなかったので、助かりましたよ、ジョアンナ様」
「結構大きいと思うのだけど……貴方にとっては大したことないのね」
「いいえ、アグルダインが下落すれば大きな損失になったでしょうが、今日は少し立て込んでおりましてね、人手が足りなかったのですよ。さて、お支払いですが……現金でお支払い致しましょうか、それとも、債券相殺でお支払いいたしましょうか?」
「相殺にしたら少しまけてくれる?」
手元に現金があった方が何かと便利ではある。しかし、現状、フアナからの前金があるので、有事にもある程度対応は出来るだろう。それよりは、長期的に負担が大きくなる借金の方を、少しでも減らしておきたい。
ジョルジュは足を組み替え、口角を持ち上げる。暫くの沈黙の後、彼は嬉しそうに頷いた。
「えぇ。では、端数を繰り上げて減殺しておきましょう」
「助かるわ……本当に」
「いいえ、これからも御贔屓くださいますよう、くれぐれもお願い申し上げます」
ジョルジュはそう言うと、早速指を机の上で動かし始めた。それは、丁度市場で管理者が利用していたアバカスを使う手さばきに似ていた。彼は指を動かしきった後で、机をタン、と一つ叩く。
「先ほどの端数繰り上げ分を除いて、5103ペアリス・リーブル分を頂きます。残分の568ペアリス・リーブルを借入金から相殺させて頂きますね」
彼はそう言って帳簿を取り出すと、先程よりもゆっくりとした手つきで私の記録を探し出し、新たに記録を書き加えた。ギヨームも彼と同様に記録を残し、お互いに帳簿を見せ合い確認する。公証人代わりの『目』が各々の帳簿に向き、暫く凝視し続けた。
「よろしい。では、私は仕事が御座いますので、これにて失礼いたします。今日はどうも、有難うございました」
ジョルジュは即座に帳簿を戻し、錠前を確認する。本を括る為の皮の紐を綴じ、さらにこれを鍵付きの箱に仕舞う。箱に鍵をかけ、さらに箱の突き出した金属の輪を錠前で閉じる。幾重にも金属の擦れあう強烈な音が繰り返され、やがて私と目を合わせた。彼はそのまま頭を下げ、退室を始める。
「あぁ、そうだ。ジョアンナ様。何かご提案が御座いましたら、いつでもナルボヌまで伺わせて頂きます。今日は一先ず、お寛ぎください。商館に宿泊できるよう手配しておきましょう」
彼はそのままご機嫌そうに立ち去っていった。
暫く談合室で呆然としていた私達だったが、ギヨームが小さく溜息を吐いたのを合図に、ゆっくりと立ち上がり、居心地の悪い部屋を後にした。




