表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石ころと泡の価値
79/172

勝負3

 葡萄の皮に映る畑の光景は鮮やかで、緑、白、紫、茶、様々な色を映している。一年で最も鮮やかな実りを迎えるこの季節に、大粒の巨峰を房ごと籠に詰める人々は、籠が一杯になるとすぐさま、教会の前に控える巨大な桶まで運ばれる。先ず籠は計量され、教会への寄進料(半ば税金である。小作料と言うべきだろうか?)の代替とされる。一定割合の葡萄を教会に収めたものは、次はこれらの葡萄を自らの生活費に充てるべく教会に売り込み、教会は保存用に葡萄の圧搾したものを発酵させて葡萄酒を作り、これを高値入で商人に売り渡す。行商人がこの葡萄酒を近隣の主要都市に住むブルジュアジーや貴族に売り渡す。都市の近隣であれば、葡萄はそのままの形で市場に出回り、秋の収穫の騒ぎは何より一握りの高収入の者の心を躍らせる。

 発酵させた去年のナルボヌの葡萄酒は樽に私とギヨームを乗せた行商の馬車の荷台に揺られ、右往左往し、ガタつく獣道のような道を進んでいった。

 ナルボヌの葡萄酒は比較的安価で大量に出回るため、アビスを中心とした地方都市の、比較的収入の芳しくない人々の胃袋に入る事になる。プロアニアやエストーラ垂涎の、最高級カペル・ヴァインが、あろう事か一地方都市の庶民の胃袋に入ると知れば、貴族達は大層うらやむに違いない。何せ、わが国の葡萄酒文化は千年の歴史を持ち、まろやかな甘さから芳醇な香り、仄かな苦みに至るまで、最高の品質を持っているのだから。


 尤も、運ばれる葡萄酒たちに心はない。今ここで心があるものは、私と、ギヨームと、それから多少値は張るがお抱えの運転手よりは余程安い運賃で人を運ぶ商売人である。彼は教会から大量の葡萄酒を得、その代わりに懐を暖める貨幣や、心を暖める古書類を明け渡した。そのついでに運ばれるのが、借金まみれの貴族と言うのは、実に滑稽ではないだろうか。


 アビスに続く道の空はナルボヌのそれと変わりない。澄んだ秋の空に浮かぶ鱗雲の、微かな揺らぎも変わらない。


「しかし、ジョアンナ様。もうちょっといい馬車に乗ればいいんじゃありませんか?」


 一人で旅をすることの多い、駆け出しの青年商人がこちらを気にしながら尋ねる。まだ礼儀を知らず無礼なところもあるようだが、血気盛んで気持ちのいい人物で、仲間から噂を聞きつけてナルボヌへ向かう事になったのも、ここ最近の事である。私もそれ程見知った顔ではない。


「しょうがないでしょう?ガルシア卿に一頭立ての荷馬車を見せるわけにはいかないんですもの」


「あぁ、そりゃあ、そうですねぇ。俺は有り難いですが、何だ。もうちょっと世間体ってものを……いや、考えた結果なのか。難しいな」


 そう言うと彼は押し黙って考え込んでしまった。手綱の先では、彼が苦楽を共にしたらしい愛馬がつぶらな瞳で前進している。轡を嫌う事もなく、黙って進む聞きわけの良さ。

 ……人もこれくらい楽に操れればいいのにと思ってしまう。


「まぁ、何だね。これも何かの縁だ、若い人。私も昔はやんちゃしたものだが、腹が出ないうちに貴族を乗せた事は誇りに思ってもいい」


 ギヨームは腹を摩りながら自嘲気味に言った。令嬢の宮殿の方角に視線を送っているのが、彼のやんちゃの行く末を物語っているようだ。


 人の往来もほとんどない。村と言うよりも集落と言った方が正しい茅葺屋根の洞穴のような建物が数軒見られればいい方で、賑わう道はナルボヌには続いていない。突然人が増え始めれば、あぁ、アビスが近いのだと、妙な緊張感すら抱く。


 草原と丘がひたすら続く道を進んで野営を幾度かこなし、やっとたどり着いた都市アビスは、固い城壁に囲まれ、四つある正門に荷車の行列が出来上がっていた。


「さぁ、着きましたぜ。ご武運を」


 行商人は酒樽の様子を見るのと同じように、私達を見つめて微笑む。私達は馬車から這い出し、何食わぬ顔で彼の付き人の如く振る舞った。


 帽子を目深にかぶり、使用人服を身に着けた女と、太った偉そうな男がいれば、誰だってどちらが主人か見紛うことだろう。呼び止めた男が声をかけたのも、馬車の主人でも領主でもなく、ギヨームに対してであった。


「こんにちは。商いですか?税は現物か、現金か、どちらですか?」


「あぁ、商い、現物で。おい、通行許可証を出しなさい」


 私は急いで許可証を差し出す。その許可証はギヨームの名のもので、私のものではない。守衛は受け取って確認すると私を一顧だにせず許可証を押し付け、荷台の中に入っていった。


「ナルボヌのギヨーム様と使用人の女一名、それと運転手。荷台は酒樽が20本に、旅道具、それと保存食。一割の税を頂きますので、樽2つ分を回収します」


「そうしてくれ」


 ギヨームは本物の主人のように偉そうに応じる。兵士は樽一杯の葡萄酒に気を取られながら、二人係でこの荷物を回収した。

 兵士が二つ目の樽を引き摺り下ろし、一息つくと、彼らはギヨームに頭を下げて、入城を許可した。


「どうも」


 ギヨームは一言だけ述べて、財布のひもを緩める。黒い銅貨三枚を兵士に投げると、気をよくした彼らは再び恭しく頭を下げた。


 あの銅貨のどれくらいが、彼らの懐に入るのだろう。開かれた門の中に吸い込まれるように、馬車はアビスへと入場した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ