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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石ころと泡の価値
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勝負1

 今を生きる高貴なカペル貴族と言えば、裁縫と音楽と、芸術鑑賞と営みを繰り返すのが良いとされている。良く遊び、遊びの間に良い血を分け合い、煌びやかな衣装に、柔らかいレースと、カーラーを舞わせて生きる事が貴族の嗜みであると。

 古来より農民達の描かれ方は同じで、破れた皮の靴の先を暖炉で温め、股引をその傍に掛けて、露出した太腿を暖めながら露に濡れた衣服を乾かす。物憂げに首を垂れるものもあれば、やや視線を上げて口を半開きにする者もいる。勝者の描く間抜けにも見える下品な彼らの暮らしは、実際にこの国ではそれほど間違いでなく、もし間違いをあえて挙げるとすれば、それは床に色付きの碁盤目状のタイルなど敷かないということくらいだろう。均質な絵画を書くために、彼らは少々無理に赤土をタイルに仕立て上げたのだろうが、何よりもそれを事実と信じ込むパトロンこそ、現実が見えていないのかもしれない。


 或いは、それは彼らにとって「現実ではない」のかも知れなかった。


 目の前にいる高利貸はフーケを見ると恭しく頭を下げる。フーケも彼に倣い、深く頭を下げた。一度頭を上げてから、フーケは席に着く。使用人たちが調理場で見守る中、私はフーケに件の古紙を渡し、、ジョルジュはさらに現物を一つ取り出した。フーケが紙とジョルジュとを交互に見る。官吏に書類を精査されている時のような緊張感が部屋中の空気を苦く辛いものにしている。

 ジョルジュは取り出した金属を持ち、舐めるように観察しながら、ゆったりとした語調で語り出した。


「硬度が高く、加工が容易なこのアグルダインは、プロアニアやカペルを中心に静かな流行を見せています。私からの提案は、これを今から一月後に買い取る契約をしてみませんか、と言うものです。金額は木箱一杯に隙間なく詰めたものの現在価値に二割上乗せした数字で、……と言うとわかりづらいでしょうか、兎も角10ギール分で80ペアリス・リーブルです」


(価値の上乗せ……?この取引に意義はあるの?)


 私はフーケに耳打ちをする。フーケは口元だけを隠しながら、私の耳元で囁いた。


(これは今の価値よりも価値が下がった場合に、銀行が得をする取引です。……つまり、彼は価値が下がる事を見越してこちらに寄ってきたという事です)


 囁き合いを聞いているのかいないのか、ジョルジュは何食わぬ顔でジュスタンに差し出された井戸水を汲んだ水差しを受け取る。それはいつもの簡素な水差しで、彼はこれを持ち上げて私を一瞥し、一瞬口角を持ち上げて、水を飲んだ。


「その取引をする具体的なメリットを教えて頂戴」


「これからもこの金属の価値は上がり続けるでしょう。ですが、私共が持っていても宝の持ち腐れ……これらを受け取る権利が書かれた証券をここに持っています。これによれば、私共は一月後に700と50ギール分のアグルダインを受け取る事が出来る……。これを安価に買い取ってみる気はありませんか、と言うご提案です。大丈夫です、私の勘が、間違いなく値上がりすると保証しています」


 フーケが首を振る。ジョルジュは引き下がらずに、その証券を持ち上げてチラチラと揺らしている。現在は不相応な金額で取引される。これは私を試しているのか?私は半ば混乱し、無意識にジョルジュから椅子を少し離す。すると、フーケの吐息がうなじにかかるようになる。フーケは少し椅子を引き、私に空気がかからないようにする。


「ジョアンナ様、失礼致します」


 フーケは私を前に出る中腰でジョルジュに視線を合わせ、何事かを話しているらしい。彼は私と語る時よりも慎重に言葉を選びながら、アグルダインの価格を交渉しているのかも知れない。満足のいく結論が出るまで、彼らは数十分同じ姿勢のまま話し続けていた。


 やがて、取引の仔細が決まったかと思われる頃には、互いの表情が不満げなものに代わっている。交渉は決裂したのだろうか?


「ジョアンナ様、お待たせ致しました。先程フーケ様とご相談していた事をご提案として、改めて提示させて頂きます。私はこの証券を貴女に『委託』致します。それを用いて、武器を作るなり、何者かに転売されてもいいでしょう。但し、ここで得られた利益の九割を私共が頂きます。元手が無いのですから、当然ですよね?そして、その金額が当初の予定金額……つまり、現在価格である750ギール分ですから、全額5000ペアリス・リーブルに満たない利益しかもたらさないのであれば、その利益は全て私共がいただきます。如何でしょうか?」


「待って頂戴。つまり私達は元手なく、そのアグルダインなる金属の利用権を手に入れられるけど、利益の殆どを貴方が持っていく、と言う事?」


「そういう事になります。こう言っては何ですが……。貴女方には信用がない。この取引もいわば我々の妥協の産物です。如何ですか……?」


 フーケも難しい顔をしているばかりで、私の判断に任せる、と言った様子だ。情報を整理すればするほど、この取引で得られる私へのメリットは小さい。机に置かれたアグルダインの見本も、月光ではうまく光を反射する事が出来ないのだろう、金属光沢もうまく見られない。この金属の価値が判然としないように、態々夜に持ち寄ったのではないかと言う疑いすら感じられる。


 使用人たちも片づけを終え、手を拭いながら私達の様子を盗み見ている。ギヨームは食堂の扉の前に立ち、道を塞ぐ。秋の初めの肌寒さに合わせたような、張り詰めた空気が部屋に充満し始めていた。


 私は今一度初めの資料を見る。このままの調子で上がり続ければ、アグルダインは間違いなく利益を生み出す事だろう。ここ数日の取引記録と一年前の取引記録に乗っている金額を見比べても、二割どころではない、1.5倍に金額が上がっている。

 しかし、フーケはこれに警戒しているらしい。もし仮に、この金属が無価値なものになったとしたら、損害を被るのは私達になるような取引である。その上、手元にはがらくたが残る。手にジワリと汗がにじんでいるのが分かる。商売は、さながら賭博の様に危険な綱渡りだ。ここで断れば、私は今のまま返済を続けて行けばいいだろう。仮に取引を受けて、失敗したとすれば、金貨で言えば30枚分、借金を上乗せする結果になるかもしれない。

 それは余りにも危険な取引だ。


「請けましょう」


 ここで『勝ち』にいかずに、どうして7億の負債を返せるだろうか?


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