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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
石ころと泡の価値
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宴会2

 会場に集まった中で最も位階の高いのはガルシアであり、彼ははじめやや中央より右寄りの席に控えていたのだが、改めて面子を確認すると、そっと席を動かして、本来の主人の席を退き、自ら上座へと詰めていた。


 客人の中には、貴族ではなく、私の領土で言う主要な債権者でもあるジョルジュ・ドゥ―カスや、ナルボヌの教会の司祭、アビス修道院司教、アビス大学教授、そして、ナルボヌ家と古くより馴染みのある男爵や、実質的には世襲制に等しい一代限りの騎士爵などが席を埋め始めた。ガルシアは、これらの人々が自分をみてやや動揺し、彼よりも上座に座る事を避ける事を懸念して席を動いたのだ。

 こうした行動こそ、彼が他者を気遣う心根の優しい人物であることの証左であり、私が彼の家族の幸福を祈らずにはいられない理由でもあった。


 しかし、彼は末席の奥に控える一際美しい侍女二人を見て眉を持ち上げた。私はすかさず彼に近づき、社交辞令を簡単に済ませて彼の視線に倣った。


「あの二人が、以前ガルシア卿に派遣する予定だった世話係です」


「ほう、なるほど。確かに器量の良さそうな御仁ですね」


 ガルシアは彼女の手のあたりを見ていた。給仕係ではあるが、多くの人々と握手するので、その手は常に腰より上、胸より下の辺りにある。彼女達はガルシアと私の視線に気づくと、可愛らしく愛想を振る舞うように、小首を傾げて見せた。


 ガルシアも流石に動揺したのか、やや顔を赤らめて俯く。赤面した顔を自分の太腿に向けながら、彼はごく小さな声で「器量が……良いです」と繰り返した。


 二人の行動はごく自然で健全であったが、ガルシア卿にはやや刺激が強かったのだろう、彼はそのまま暫く顔を上げられずにもじもじと肩を揺らしていた。

 あまり彼にばかり近づくのも警戒されかねないので、私は彼に挨拶をして他の人物の元に行った。教会連中との会話はそれほど深く語らうことは無いが、挨拶と、最近聖典の黙読を始めた事を告げると、彼らは大層喜んで、捲し立てるように話し始めた。彼らの蘊蓄を幾つか興味深げに聞き、ジュスタンの助け舟で一旦話を打ち切り、開宴の挨拶の為に席に戻った。


 夜の静寂と、蟋蟀のなく声、蝋燭の揺らぎと、浮かび上がる陰の数々。祝宴と言うにはやや辛気臭い、しかし亡き父の誕生日には相応しい雰囲気の中、私のやや低い声が響き出した。


「本日は、私の父故ヘンリー・ディ・ナルボヌの誕生祝い、もとい送別会にご列席いただき、誠に有難うございます。父の没後、様々な事が起こり、このように異例の会を開催する事になりましたが、良きご縁に巡り合い、こうして多くの肩がご出席下さったことを大変に喜ばしく思います。さて、死せる者はその罪の重さに従い、神の寵愛を受けるか否か、また、善行に従い、どれ程の寵愛を受けるかを決められると聞きます。自慢では御座いませんが、わが父は神の寵愛を受けると確信していますが、どれ程の愛を与えられるのかについては……ここに出席して下さった方々、この後記で善良な方々の姿を見て初めて、知る事が出来ました。短い時間では御座いますが、ここに皆様への感謝の念を込めまして、我がナルボヌで育った小麦の白パンや、雄々しき鹿肉、柔らかく、触感も良い兎肉、また、神の恵みを今まさに受ける葡萄と葡萄酒とをご用意いたしました。この辺鄙な地でもてなすとなると、どうしても実りの神の恵みに祈るより他には御座いませんが、どうか、ごゆっくりと、お愉しみ下さいませ。……では、皆様、杯を」


 列席者は一斉に、丈夫な銀の杯を持ち上げた。私は一拍置き、先程よりやや声を大きくして、自らの杯を高く持ち上げた。


「神に愛されし実りの王国と、海の繁栄を享受する、神の息吹とに祈りを込めまして、乾杯!」


 乾杯、の声と共に高く掲げられた杯は、水滴を滴らせながら葡萄酒を唇に流し込む。火照るような鮮烈な赤が口に広がると、ほのかな苦みと、アルコールのにおいとに高揚した肉体が、思わず軽快に喉を鳴らした。

 それまで穏やかに語らった人々も、今度は囁くよりも大きな声で好みの話を始める。薄暗さに反して優しく照る燭台の上の炎は、この楽し気な空間を実りあるものにするべく強く瞬いている。


 教会の連中はいつもの通り肉をより分け、パンを葡萄酒に浸して食べる。リオネルは騎士爵達とはしゃぎ、ギヨームは貴族との談笑に耽る。そして、ガルシアの下にはジュスタンと、シェリーとミシェル。私はフーケと共に、ジョルジュ・ドゥ―カスに近づく。

 ガルシア卿の様子を窺っていると、酔ってももじもじとしながら二人に話しかけるばかりで、一応理性的で、かつ適度に好色の男と言う印象を受ける。私があれこれと魅力を語るよりは、あの二名に自らの魅力を発揮してもらう方がずっと良いだろう。瞬時にそう判断できるほどには、彼女達の実力は確かなものだ。


 一方で、未だ覚束ない足取りで綱渡りをする私には、やはり頼れる家臣が必要で、ジョルジュのもとに先に向かって他愛ない言葉を交わすフーケに続いて、葡萄酒入りの杯と共に彼に近づいた。


 私に気付いたジョルジュは、貴族を真似してやや滑稽な挨拶をして見せる。私は口を緩め、小さく杯を掲げて彼の杯と突き合せた。


 杯は小気味好い音の後に、水滴が潰れた後の、歪曲した鏡のような景観を映す。ジョルジュは私が意外にも好意的な事に驚いたようである。


「ジョアンナ様、ご立派にご成長なされて……私も感無量です」


 ジョルジュはフーケとは専門的な会話を出来ると考えているが、それは私のような女と出来ると考えていないだろう。

 逆に言えば、それは好機であるともいえる。


「先日は株式会社設立にご協力いただきまして、有難うございます。ダンドロ商会の支援なくして、このような繁栄はあり得なかったでしょう」


「いやいや、そんな。それはフーケ様の辣腕あってこそ。是非今後ともダンドロ商会を御贔屓くださいますよう……」


 ジョルジュは早々にこの会話を取りやめて、フーケとの建設的な会話に戻ろうとしている。私はすかさず空席を引き、そこに深く腰掛けた。


「では、大株主として、御意見を頂きたく」


 ジョルジュは目を見開く。面食らって杯を持つ手が緩んでいる。寸でのところでずれ落ちる杯が葡萄酒を零すのと受け止めた彼は、次にはフーケに向き、そして引き攣った笑みを浮かべた。


「ジョアンナ様、それはフーケ殿と……」


「ですから、私にもわかるようにご説明頂きたく」


 意味を掴みかねているジョルジュは黒目をぐるりと回し、フーケに向く。フーケは先ほど丁度書いていたらしいメモ書きを写して私の前に差し出した。ようやく理解を示したジョルジュは、眉を顰め、やや鬱陶しそうに早口に私にメモの解説を始めた。


「では……ジョアンナ様は勉強熱心で居られるようですので、私も非力ながら協力させて頂きます。では、いいですか。現状、稼ぎとしてはあまり良いとは言えない依頼の数ですが、それを無償の労働資源……つまり領民の皆様によって支えているわけです。このままで配当日が訪れたとしても、精々が一株銅貨で二、三枚……いや、恐らくそれ以下になるかと思います。そうすると、我々の配当額も銀貨で四枚が関の山。これではとても商売になりません。私はこのビジネスを新たな方向へと向けていく必要があると考えております」


「具体的には?」


 ジョルジュは目を白黒させる。彼の中では、恐らく答えは出ているのだろう。「それは難しいので、この株式を買い取って頂きたい」と。そして、その金額は差し引いた利子よりも少し高い位にして、如何にも稼ぎ自体には意義がありますのでという体面も保とうかと考えているのだろう。しかし、それでは株式を発行した意味がない。彼の支援を取り逃すことなど、私は絶対にしない。


「具体的な改善案も出せないのですか?悲観的な意見だけを述べるなら、フーケにも劣る。仮にも天下のダンドロ銀行アビス支店長であらせられる貴方が?」


「ちょ、ちょっと待ちたまえ……いえ、待ってくださいよ。それではフーケ様は代案をお持ちなのですか?それをうまく動かす代案を‐」


「貴方が当初計画していた通りのものを、行いたいと考えていますが」


 フーケの言葉に、ジョルジュは押し黙る。彼が私に気を遣って言わなかったであろう、その提案にだ。


「……貴方は借金の返済期日が間に合わないと踏んで、この株式発行契約に署名した。しかし、何やら良く分からないが、返済期日が近づく借金に関しては、返済の糸口が見つかったようだ。それならばと、貴方はもう一声稼ごうと考えた。『全部手に入らないならば、いっそ売り捌いてしまえ』と。そうでしょう?」


「ではどうするのか意見を聞きましょう!確かに私共はジョアンナ様の治世になってから、徐々に借金が返済されている事を確認しております。それは喜ばしい事です。ですが、ですが。利回りの良くないものは切り捨てるべきと言うのも事実でしょう?貴方には今より良い稼ぎを出す方法があるのですか?」


「今、あの事務所は市場としての機能が与えられています。現状では私ジョアンナが領主としての権利を行使して、ごく少額の利用税を受け取っています。これと通行税とバナリテを合わせたものが、貴社へ対する返済額の内訳となっています。そして、この市場はこれから人の往来の助けとなるべく生まれ変わるべきだと、私は考えているのです」


 私はフーケに目配せをする。フーケは頷き、カペル王国の地図を広げた。ジョルジュはそれに視線を下ろす。先ず私は現在地を指さし、続けてアビスのある位置に小石大のトレンチャーを置く。


「ここからアビスまでの行路が私の指が行く道ですが……。そこから先がない、これがナルボヌが辺境の片田舎である理由でした。そうですね?」


 ジョルジュはやや答えに窮しているらしかったので、念押しでもう一度確認を取った。彼は躊躇いがちに頷く。私は次にナルボヌにもトレンチャーを置き、続けて指はナルボヌ城周辺の河川に沿って、南方へとなぞっていく。この川はやがて幾つかの支流に分かれ、そしてある土地のある開けた海へと至る。


「ナルボヌ領は内地領土の端まで続く……。土地は広いわけですから。ですが、この川の先……。つまり、海へ抜けられる行路がない。それを作れば、私達は海と内陸を繋ぐことが出来る。そうですね?」


「ご予算はどうなさるのですか?そんな借金、現在の借入額に上乗せしたらとても一生では支払いきれません……」


 水路を確保するためには当然、拙作作業が必要となる。ところが、ナルボヌが海へ抜けるには、短距離ではあるが急峻な丘や山をいくつか削る必要がある。そして、それは技術的にも困難で、どれだけ安く見積もってもさらに数万ペアリス・リーブルが必要となる。処女の宮殿での収入分が、文字通りひっくり返る事さえあるかもしれない。


「今のままではそうでしょうね。ですが……私がいる」


 仮にこの事業に二十四万ペアリス・リーブルかかろうと、竣工までに何年かかろうと、そんな事は問題ではない。最早、重要なのは、「どう稼ぐか」それだけだ。


「もし仮に、貴女が優秀であるとしても……世間が貴女を認めなければ……」


「そうね。認めさせるわ」


 ジョルジュは不審そうに眉を持ち上げる。会場も徐々に、暖まってきたところだ。最早ガルシア卿もこちらには気を向けない。大いに盛り上がる談笑が、私達の声より劣ることは無い。

 それでも、私はジョルジュの耳に手を添えて、蠱惑的に囁いて見せた。


「ここに『奴隷市場』を作ってみる気はあるのでしょう……?」


 その一言で、ジョルジュの目の色が変わった。


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