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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
宵と明けの顔
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光の花

 フアナに手を引かれて招き入れられたのは、伯爵夫人の部屋からほど近い、少し古風な画風の絵画が並ぶ小部屋であり、私一人を泊めるには十分広い部屋であった。彼女はその間も間断なく世話話を続け、私はそれに断片的に自分の思いを伝えた。中身のない会話の合間合間に、彼女は目を細めて耳やこめかみをしきりに抑えて見せていた。


 屋敷に入ると、そんな素振りは見せず、実に天真爛漫に振る舞って見せた。


「今日はささやかな歓迎の席を設けておりますの。お話を窺えるのを楽しみにしていますね」


 彼女はそう言って歯を見せて笑うと、侍女を一人残して部屋を後にする。侍女はナルボヌ城のそれと変わらぬすまし顔で扉の前に立つ。私は何か言う事を憚られ、適当に辺りを見回した。


 ナルボヌ城は古臭い水城であるが、ブリュージュ城は歴史を持った貴族の邸宅である。交易都市であるから勿論川がないわけではなく、町中にクモの巣のように張り巡らされた運河に橋が架かっているし、その下を交易船が通るのも日常茶飯事だ。

 だが、伯爵邸は川や噴水、水に纏わるような絢爛な装置は設置されておらず、庭先も、庭弄り用の小川が引かれている程度である。

 カペル王の居城のように何度も建て替えられた経緯があるわけではないため、その構造自体はやや古いといった印象を受けた。


 とはいえ、内装はそう言うわけにもいかない。この部屋には少し古い、つまりやや体のバランスが崩されて描かれた宗教画が多くみられ、それらが徐々に新しい画風のものに移り変わる過程の一部を見られるようになっている。どうやら伯爵は宗教画をテーマごとに並べて蒐集する事に凝っているらしく、この部屋の額縁は決まって「花の女神カペラの結婚」をテーマとして選んでいた。

 カペル王国の語源になった女神の部屋を敢えて提供したらしいと見回していると、一枚の絵画の目が動いたような気がした。

 一度深呼吸をしてベッドの上に腰かける。柔らかい羽毛の詰まったマットと布団が私の腰の形に合わせてへこむ。一瞬だけベッドに座りそびれたかと思う程だ。しかし、それが当たり前だった時代が私にもあったことを思い出し、複雑な心境になる。

 花を摘む男女の陶製人形が置かれた机は木製で、木目を隠すように焦げ茶色に塗られている。宗教画に囲まれた端にある机を、部屋の隅からぼんやりと見つめた。


(たまには、ゆっくり休むのもいいかもしれない……)


 楽したい、金を稼ぎたい、そう言う気持ちは大いにある。しかし、こうして柔らかなベッドに腰かけると、改めて昔の良き時代に戻りたい衝動に駆られてしまう。夏であろうと、女心とは、こうも簡単に移ろってしまうのだろうか。


 窓の向こうから小さな歓声が聞こえる。その中に潜り込みたい気持ちを抑えて、じっと机の上を見つめている。花を囲む人形の白い肌が光を放つ。夜はまだ遠く、賑わいはより深くなっていく。


 大市場の六角鐘楼が灯台のように赤く燃える。仮装行列をしていたギルドの従業員たちの集会だ。それを見上げる観光客の姿も容易に想像できる。この町には豊かな暮らしがある。豊かな暮らしが……。


 そして、私は自分の中で何か大きな一歩を踏み出したい気持ちにもなった。羽毛に包まれ、羽を休めるのも一興だが、同じくらいに、ナルボヌの「奴隷市場」の賑わいを空想したいような気がした。


 そして、口から自然と言葉が漏れた。


「フアナ様は、私の在り様を認めて下さるかしら」


「フアナ様は寛容なお方です。認めるも、認めないも、御座いませんよ」


 侍女が答えた。彼女の声はくぐもっており、他人事のように刻まれる時間を俯瞰しているようにも思えた。


「貴方は、貴族として生きる事と、商人として生きる事、どっちが美しいと思う?」


「それは……。私には答えかねます」


 彼女は初めて表情を変えた。すまし顔から驚いた表情に、そして眉を寄せて俯き考える表情に。同じ時間が流れているらしいことに少し胸をなでおろす。


「私はね、いい人と結婚して、いい人の子供を産んで。そうして幸福を享受したいと思っていたの。その為に拠出金を貯めたいと思っていたのだけど……最近は目が回るほど忙しいの。忙しいって、考える余地をなくさせるのね」


 彼女は黙った。こめかみのあたりを軽く押さえ、耳の穴に指を入れる。やや前屈みになっていた姿勢が解けると同時に、彼女はゆっくりと身を起こした。そして、ジュスタンと同じ場所に手を置く。


「ジョアンナ様。フアナ様は、商人も貴人も等しく評価しておられます。それがブリュージュ伯爵夫人としての矜持であると、そう思っておられますよ」


「貴方が味方してくれるなら……」


 次の言葉は続けなかった。大砲を発射するような大きな音が郊外から響く。私は立ち上がり、窓を開けて様子を窺う。大歓声がまず耳に飛び込み、少し遅れてもう一つの発砲音が響いた。


 空を竜のように昇る一筋の光、その光が、一拍おいて花開く。驚きの余り、言葉を失った。


 平和を享受してきた私達にとって、その発砲音は聞き馴れない音だ。それでも、目の前で開いた火花の散りようは、軍用のそれでない事が明らかで、それを城壁の外から、ここまで届ける何者かがいるという事に、また驚く。それは唯美しく、また言いようのない感情が込み上げるのも感じた。


 花の女神は美の顕現だが、花は散る。散った後にはまた花が咲く。そこに同じものはない。


「花火です。火薬を使って作られたそうですよ。またプロアニア産の新技術でしょう」


 一本の枝が伸びるように、もう一度光が空の間を割く。轟音と、一瞬の静寂の間に、白い光が伸びる。そして、花開けばすぐに、枯れてしまった。それだけは変わらない。刹那、たった刹那の栄光だ。


「一筋が……花開く様を見てみたいものだわ」


 美しいのは音なのか、歓声なのか、花なのか。私は、茎のような気がした。


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