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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
宵と明けの顔
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造幣所へ1

 馬車の中での会話は、これと言って政治に関するようなものではなかった。フアナ嬢の好きな花や音楽の話、有名な観光スポットの話、そして、美味しいパンの焼き方の話……。何という事はない、ごくごくありふれた初対面の人がする様な話を延々としている間に、造幣所に辿り着いてしまった。


「さぁ、着きましたよ、ジョアンナ様!これからコインの鋳造工程を見学しましょう!」


 フアナはそう言ってヒールを履いた足で軽々と馬車を飛び降りて見せ、私をエスコートするように手を差し出した。


 これは妙だ、と考える間も与えられないまま、私は彼女に振り回されるようにその手を借りる。彼女の無邪気な微笑みが本当に無邪気な笑みに思われたことに、私自身が恐怖を抱き始めた。

 彼女のやり口を冷静に考察すれば、それは非常に単純で強力である。


 自分が後手に回らざるを得ない時、彼女は今の私のように、考える間を与えない事でそのデメリットを軽減させようとする。逆に、既に先手を打つことに成功した多くの案内人を授けられた人々に対しては、彼女はゆったりと構え、そして案内人から引き出した情報を一つずつ考える「時間」を受け取る。閑居を他愛ない会話で埋めて意識を侵食し、移動は軽やかに、かつ誰よりも好印象に。

 恐ろしい事に、私はこの馬車を下りる数瞬の間だけを頼りに、断続的になりがちなこの思考を捻り出さざるを得なかった。


 私の靴が地面に降りた瞬間、彼女は優しく私の手を引き、満面の笑みで入口へと誘導する。


「見事でしょう?何度も改装をした跡があるんですよ。例えば……」


 彼女は彼方此方を指さし、その特徴を説明する。古典的な垂直の支柱は建設当初のもの、その手前にある天を指さす伯爵の立像は第二改築の時に作られたもの、第三改築の際、窓をくりぬくために要した時間の長さ、色の異なるタイル石で彩った通路の歴史……。観光案内の間に政治の会話は一切ない。そこにあるのは偉大なるブリュージュの歩みと、その繁栄を支えた造幣所の来歴だけである。


「ジョアンナ様、さぁ、入りましょう?中は涼しく快適ですよ?」


「は、はい。フアナ様、少し、お時間を……」


 私は興奮気味に手を引くフアナにやや姿勢を崩して上目遣いを使う。考える時間を稼ぐためには、一旦会話の「間」を作らなければならない。しかし、彼女は即座に心配そうな表情を作り、さらに優位へと導こうと企てた。


「大丈夫ですか?やはり、一度お屋敷でお休みした方がいいのでは……?」


「……いえ、大丈夫です、行きましょう。中が気になります」


 私がそう言うと、フアナは初めて間を作って、眉を顰める。そして、私の手を放し、同色のタイルを順番に踏みながら、造幣所との扉を開いた。


「分かりました。貴女とは『いいお話』が出来そうですわ」


 造幣所の扉が開く。私の目の前に飛び込んできたのは、茶色の塗料で塗られた木製の支柱のにおいと、オレンジ色の燭台の炎、そして革袋を手にコインの数を数える従業員である。

 従業員の手元には偉大な王の肖像を刻印した小ぶりな銅貨がある。フアナはその一枚を手に取り、私に握らせた。


「どうかしら?硬貨ってこんなに軽いんですよ」


 頭に布を巻いた会計係が一枚一枚検品をしていたその手を止める。一同が私に向けて、何かに期待するような視線を送った。

 銅特有の臭いが手にこびりつく。金臭い手をゆっくりと自分に近づけると、そこに記された偉大な王は、王冠の中が禿げあがっていた。


「これは……何という硬貨なのでしょうか」


「エドワード禿頭王貨、と言えば通じますでしょうか?お釣りによく使われる雑硬貨です」


「エドワード禿頭王といいますと、初代ブリュージュ伯爵のエドワード王と言う事でしょうか?」


「はい。禿頭王は夫の直系の祖先です。勿論、ずっと古い時代……カペル王国との関係がより深かった時代の人物ですが」


「それを変わらず作っているという事は、フアナ様はカペル王家への尊敬の念があるという事ですか?」


 エドワード禿頭王は特別に美男であったという伝承はない。寧ろ、その渾名のイメージから禿げ頭の男として描かれることが多い。彼は特別に領土を下賜されてから、多くの道を作って見せたために、その顔に関する伝承は様々な地域に伝えられている。それだけに、見栄えのしない彼の顔を刻印した廉価な銅貨を鋳造しているという事実は、現エストーラ領であるブリュージュとしてはそれなりに気を配る必要があるのではないだろうか。


 彼女は銅貨ごと私の手を包み、柔和に目を細めて見せた。


「コインを熱する時にはじっくりと、歴史を刻印する時には素早く。私達の繁栄は商圏の拡大の歴史です」


 開かれた扉から熱風が吹く。明らかに周囲よりも薄着の、筋肉質な男達が、刻印をした直後のコインを机の上に運び込む。年月日と禿頭王の顔を刻んだそれらはやっと持てるだけの暑さで、時折若干歪んでいるものさえあった。

 フアナは静かにその硬貨を握らせ、柔和な笑みを少しずつ冷ややかな笑みに変えていく。


「改めて、歓迎いたしますわ、ジョアンナ様」


 受け取った従業員がそれを手際よく記録する。私の銅貨はフアナによって強く固定され、そのまま私の胸元へと納められた。

 そのごく些細な行動に対して、取引明細書を開く記録官達。彼らは、歴史上数多くの銅貨が胸元に収められたことを物語っている。熱風と共に閉ざされた扉の向こうには、真っ赤な窯の世界が広がっていた。


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