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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
宵と明けの顔
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歓待

 国境を越え、美しい山の連なりを眺める道を進み、小川の揺蕩いにかかる橋を通り抜けると、カペル王国の王都ペアリスにも劣らぬ、世界第三の文化都市が姿を現した。


 城壁の前から既にナルボヌでは考えられない行列があり、青い服の人や、赤い帽子の人が操縦士に理不尽な苛立ちを向ける様子が見られる。

 彩色された城壁さえ見るも美しく、ニッチに彫られた神の像はまさにそこに人がいるかのように鮮やかな色彩の長衣の襞を纏っていた。


 木製の低い柵で共有地の森と畑を分かつような都市ではとても考えられない光景である。

 荷馬車の列の間に散見される、使用人や護衛を連れた厳つい馬車が貴族のそれであることを悟るのはそれほど難しい事ではなかった。


「随分大々的にやるのね」


 独り言ちると、リオネルが視線だけを私に向けた。


「フアナ様が祭り好きだからだそうですよ」



「途端に胡散臭くなった……」


 考えてみれば、祭りの日は財布の紐も口の栓も緩むものだ。足元を掬うにはちょうどいいのかもしれない。


「あら?高貴なお方?」


 遅々として進まない馬車の列を呆然と眺めていると、顔の真下から声が聞こえた。視線を向ければ、そこには人の好さそうな若い女がいた。


「一応貴族だけど?」


「凄い、私ったら、貴族と話しちゃった!握手してください!」


 急にはしゃぎ始めた女性は、私に手を伸ばす。私はその手を掴み、無邪気に微笑む町娘風の女性と握手を交わした。


「父ちゃんに自慢しちゃおう、有難うございました!」


「は、はぁ……」


 彼女は父親を呼びながら、風のように馬車の行列に沿って駆け上っていく。訳の分からないまま身を翻すと、少しずつ馬車が動き始めていた。


「大人気ですねぇ、ジョアンナ様」


 リオネルはにやにやとしながら私の手を見る。


「ちょっと照れるわね、こういうの」


 ぼろぼろの馬車に戻っていった娘の姿を一瞥する。ゆっくりと動き出した馬車は、数分ごとに、豪奢な城門へつ近づいていった。



 城壁の向こう側は、目を見張る賑わいであった。カペル王国首都ペアリスが、洗練された有産市民と貴族の町であれば、ブリュージュはさながら、成り上がり者の商人が軒を連ねる町である。

 絢爛豪華な町並み、飛び交う紙吹雪と仮装をしたギルドの行列、高い教会の鐘楼さえ、金銀細工の細やかな装飾で彩られている。神への祈りと言うよりは、拝金の為の建造物のような下品さがあった。

 その一方で、耳に届く奏楽の流れは世にも見事で、パトロンと思しき身なりの良い人々に囲まれながら演奏をするすべての芸人が、劇場で演奏をする一流の演奏家にもなれるほど見事な技術を持っている。道を通る仮面を被った人々は派手な衣装を身にまとい、屋台からひっきりなしに耳に届く威勢のいい客寄せの声もまた、賑わいを演出する。


 馬車が昇っていけば、数々の見知った顔が商人や町娘、大道芸人や煌びやかな仮面を被った銀行員などと杯を交わしている。社交界でも聞き馴れた声が喧しいほどの大声で、如何にも下品に笑う様は滑稽に思えた。


「ちょっと、あれあれ!」


 私は目の前の建物を指さす。身を乗り出したリオネルは、まるで旧友に逢った時のように気軽な感嘆を零し、「伯爵のお屋敷ですね」と答えた。


 白く塗られた屋敷下層から、煉瓦が裸出した上層部にかけて、その中心に巨大なバルコニーがある。その真後ろから伸びる鐘楼は教会のものではなく、市場所有のものであり、六角形の塔が真っ直ぐに伯爵の屋敷を貫いているように見えた。


「と言う事は、ここが大市場(グロッサ・マルクト)ね!」


 私は広場を見渡す。精緻に敷き詰められた石畳の上に、小さな屋台が軒を連ね、それらを囲うように大商館がいくつも並んでいる。建物と屋台の隙間を埋め尽くす人々が食料品、衣料品、土産物、酒、宝飾品など、種々様々な商品に目移りをしている。人々の眼には輝きが差し込み、生気を帯びた笑みに対して商売人たちが饒舌に話しかけている。

 大道芸人と大道芸人との間を区切るように立つ灯篭は青銅製で、ランプをぶら下げる為のフックが、現在は馬を止める為の馬舎としての役割を担っている。


 そして、再び正面を向けば、煉瓦造りの屋根が連なるその中央に聳える、古代から商人達を束ねた伯爵邸がある。伯爵邸は近づくたびにその表情を変えて、白と煉瓦の建物の中央にある入り口はアーチ窓に囲まれた巨人の唇のようだ。

 その巨人が、扉を開く。唇を真下に開くと、狭い運河を架かる橋となり、中から麗しい女性、フアナが侍女二人を連れて微笑んでいた。


「ようこそ、ブリュージュへ。歓迎いたしますわ、ジョアンナ様」


 顔を持ち上げた姫君は、目を弧のようにして、巨人の唇を闊歩する。馬車はゆっくりと速度を失い、やがて巨人の唇の目前で停止した。


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