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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
宵と明けの顔
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出発

 髪上げをし、ルビーの髪留めと翡翠の耳飾りをする。

 肩の露出した重厚感のあるドレスと、風に靡く控えめなレース。手元には扇を、足元は白のハイヒールを。


「いやぁ、見違えるようですねぇ。これなら結婚できるのでは?」


 そして、傍らには皮肉屋の重臣を。


「余計なお世話よ。そんな事より、本当に留守は彼らに任せて大丈夫なの?」


「ジョアンナ様が思う程、ジョアンナ様は重要な人物ではありませんよ。ギヨームもフーケも、父君が領土を開ける事に慣れております故」


「……それを聞いて安心したわ」


 普通にストレスがたまるだけの会話と言うのも珍しい。私は立腹に任せてヒールで地面を押しつぶし、馬車に乗り込んだ。


 驚いたことに、動きにくいことこの上ない。使用人服に身を纏って領地を闊歩した時には、地面に靴が沈む感触も気にならなかっただけに、些細なレースの靡きにさえ、神経質になってしまう。

 リオネルは私の後ろに付き、私のドレスが地面に付かないように裾を持ち上げながら馬車に乗り込む。彼もまた外行き用の衣装であったが、男性の衣装は体に密着していて動きやすく、精々かつらが少々邪魔な程度である。理不尽な不満を感じながらリオネルと向かい合って座ると、馬の嘶きと鞭打つ音と共に、久しぶりの外遊が始まった。


 背の高い車輪が領内の道を踏み固めて進む。腰を持ち上げた領民が私の服を見て茶化すような事を叫ぶ。その度に、いつも通りの返答で場を和ませる。そして、その光景を見る事が少ないリオネルが腹を抱えて笑いを堪えている。漏れ出す吐息からリズムが損なわれていないので、全く堪えられていないのだが。


 領地を抜け、草原が続く道を進み始めると、丘の高低差からくる深いな裾の揺れを紛らわすために、一枚の書簡を開いた。


 他ならぬ、フアナ・フォン・ブリュージュ・ツ・エストーラ伯爵夫人からの招待状である。


 ブリュージュのカーニヴァルに合わせて各地に送られるこの招待状の中で、一際レベルの低い貴族である私が招かれている事に違和感を抱く者も多いだろうが、これも、結果的に落とした種が実った偶然の幸運と呼ぶべきものなのかもしれない。


「ナルボヌに向けて馬車が走ってるなんて珍しいわね」


 対向車とすれ違うという貴重な体験に、思わず身を乗り出す。リオネルは顎を引き、膝の上で回していた親指を胸の前に持ってきた。


「それは修道院からの赤子を連れた馬車ですかね。近辺の集落からぼちぼちと集まり始めているようですよ?」


「実際にみると、あんなに狭い中に何人入っているのかしらね」


 リオネルは首を傾げ、指を回す速度を緩めた。


「まぁ、そう多くはありませんよ。まだ本筋の方が来ていませんし」


「あぁ、奴隷商ね」


 奴隷商は大量の孤児を搔き集めて英才教育をするので、必然大量に乳母が必要になる。領民に分配したとしても足りないくらいかもしれないが、その時は多少無理にでも宣伝費を出さなければならないかもしれない。


 しかし、少なくとも、孤児院や修道院、教会からの収入でも、それなりの利益が既に発生しているようである。一人につき農民の良い小遣い稼ぎになるのだから、集まり始めた乳幼児一年分の養育費よりもよほどいい収入になるのだろう。


 そんなことを考えていると、本日二度目の珍しい対向車とすれ違った。今度は、明らかに商いの為の荷馬車である。


「……布を売りに来たかもしれませんね」


「……あぁ。目敏い」


 スワドルは一度買えば暫くは買い換えないので、即座に売り込むのが最も効率的である。もしかしたら、初期投資として、フーケが購入を検討しているのかもしれない。あまり経営に口出しできないのが惜しい所ではある。


「まぁ、何ですか。まだまだ様子を見ないとどうなるかわかりません。一先ずは、ブリュージュ観光を楽しむ時間と致しましょう」


「……観光する余裕はないと思うけれど」


 私は手元の招待状を開く。これまでの私であれば、この招待状自体が送られてこなかったように思うのだ。全く違った内容で、子供をあやすように、手招きをするように書かれていただろう。


 それが、造幣所や市場の案内などを予定しておりますなどと、非常に端的に記されるだろうとは予測できるだろうか?

 翡翠の耳飾りの時は社交辞令を交えた挨拶であったが、この招待状にはビジネスの匂いしか感じられない。カーニヴァルへの招待とは名ばかりで、彼女の思惑だけがひしひしと伝わってくる。


「逆に言えば、彼女からすれば造幣所を見せられる程度にジョアンナ様を信頼しておられるという事ですね。我々の取り組みに関しても情報が筒抜けなのかもしれません」


「恐ろしい女……」


 思わずため息が漏れる。リオネルは目を細め、傾けた首を反対方向に揺らした。


「恐ろしい女ですねぇ」


 空はやや白が多く、野生動物が草を掻き分けるたびに視線が動く。あらゆる硝子のような光が、私達を観察しているように思われた。


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