吝嗇のバナリテ12
さんざめく晴天は灯要らずの作業台での庶務を十分に助ける。馬車の轍が未だ残る。軽く汗ばむ陽気の収穫祭の日、公示人は沈黙を守り、ジョアンナ様は城に備蓄されたエールを解禁して鼓膜が潰れそうな笑い声の中で冗談を言っている。つい先刻まで金の事でひと悶着あったとは思えない隆盛ぶりに、私は困惑を隠す事が出来なかった。
天高く手を伸ばす入道雲は歪な膨らみを擁して侍らせた些細な雲の群れを飲み込み、時折新たな雲をその身から排出し、青の中を風に任せて流れる。彼方より届く新嘗祭の奏楽は鍬を持って喉元に突き付けた男の軽快なステップを誘い、男のステップは又異なる男のステップを誘う。都市では人々が突然踊るという奇病に悩まされた例があるそうだが、こうした奏楽には狂騒を誘発させる機能でもあるのだろうか。簡素な楽器と下品な低い歌声の中で、我らが領主は肩を並べている。
……考えてみれば、彼女も亡き父君の娘である。社交会に呼ばれて楽しみを共有する事が出来たのであれば、謝肉祭の喜びを分かち合う事も又できたのであろう。
「何黄昏れておられるんですか、フーケ様」
「あぁ、グスタヴォか。進捗はいかがかな?」
「うぅん、それを届けに来たんですよ。白々しいなぁ、もう」
彼はそう言って、本日分の手数料と、一週間分の収支報告を手渡した。
「ふむ……?誤差ではあるが、数世帯分少ないようだな?」
予測通りにいかない事は、ある意味で商売の基本である。それは忖度が働く事や、需要に対してうまく供給がかみ合わなかった事、など様々な要因がある。
グスタヴォは歯を剥き出しにして笑顔を作った。
「……。これはね、私の予測なんですがね。そろそろ禁制権を実行に移せるという証左ではありませんかね?これだけ大々的に水車小屋の利用を拒絶できる人がいるってことは、それを見ている人がいるって事ですよ」
仮想敵を作り、報復と成し、バナリテを完成させる。これは当初よりの画策であった。収穫高に対して思うように水車小屋利用料が増えない事は決してないが、この成果を持ち出す事によって、ナルボヌ領のバナリテは完成する。
私は書き終えた会社の定款や、出資金状況、株式の流通性に関する誓約書、設立にあたっての資産状況、その他雑多な申請書類を纏めて封筒に入れる。
グスタヴァは奇妙な笑みを浮かべつつ、会釈をして立ち去る。私は、ふくらはぎを二、三度叩き、衣服を整えて丘の下へと下りていく。ジョアンナ様に耳打ちをする事や、その事実で領民の不公平感に焚きつける事は、こと祝いの席に在っては心苦しくもあったが、またとない好機を逃すのもまた、憚られるように思えた。
高い日も傾き始めると、建物が傾斜を強くする怪しい影の移ろいを見せ始める。あくまで任意の取引によるところが多かった今回の搾取であったが、成立して後にはやはり価値観が変遷していくものである。
真新しい政策、ジョアンナ様へ対する新しい形の信用、信仰から移ろいゆくもの、あるいは、経営者ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌの誕生。これらの潮流は領民たちにとっては不幸にも思われるが、同時に幸福に至る為のもう一つの道でもある。吝嗇とは、単なる非合理的な禁欲の精神ではなく、新たな事業、もう一つの生産活動を作る基盤の為の蓄財でもある。私は、領民一同がそうした事業に関心を持った時に初めて、ナルボヌ領の寛容さは花開く様に思われた。
丘に吹く風は麦の匂いを運ぶ代わりに、新たな恵みの匂い、房を作る赤い誘惑、エールと並ぶ祝福のアルコールのにおいが届く。一粒で宝石とまではいかないが、私達の心を満たしてはくれるそうした恵みにあやかる前に、私は重い足取りで、慎重に丘を下った。




