淑女フアナは月にも微笑む4
ギヨームには法務関係の仕事、特に王への新徴税についての認可を得る事が主だった仕事となっている。今回の例でいえば、禁制権の発布についての許可、賦役権の発布についての許可である。
しかし、そうした法務を司るギヨームだからこそ、国内の事情については、リオネルよりもなお詳しい。情報網を通じて彼が探りを入れてきた事は、フアナからの手紙に代表されるような、「カペル王国内へのブリュージュの干渉について」である。
エストーラ大公国・帝国とカペル王国間では、戦争や双方向の政治的な干渉について不可侵とする取り決めがある。エストーラ大公国、ムスコール大公国、プロアニア王国、カペル王国間で結ばれ、維持されてきた四か国不可侵協定と呼ばれるこの協定は、相対的平和の時代を長く続けた意味で非常に意味深いものであり、同時に、国家間の水面下での賭け引きを助長したきらいがある。蜜月のプロアニア王国とムスコール大公国はともかくとして、少し前までアーカテニアの継承権について争いがあったカペルとエストーラでは、交易路を通じてスパイの送り合いのような異常な交流が続いてきた経緯があった。
現在ではカペル王家の類縁者がアーカテニアの統治を任されているので当時ほど神経質になっているわけではないが、近年の王の動向を見ると、エストーラ側に干渉してほしくない理由があるようで、国境となっているブリュージュ伯領の動向にはかなり注意を向けている様子である。
カペル王国の貴族である私が今回のブリュージュ訪問の前調査として、国内へのブリュージュ伯爵の干渉をある程度気にかける事は自然な成り行きであるし、それを基にカペル王国への立ち回りを考える事は、必須であるともいえる。要するに、リオネルの言うように、「怖い」のである。
ギヨームの部屋をノックすると、まずは何者かを尋ねる男性の声が響く。私が返事をすると、文字通り慌てて部屋を片付けるような騒々しい音が響き、一分ほど後に扉が開かれた。
相変わらず鼻に脂の乗ったギヨームは、汗を拭いながら私を中へと案内する。服装が若干崩れていたが、突然の訪問にこれだけ気を使えるのだからやはり大したものである。
「ジョアンナ様、お待たせして申し訳ございませんでした」
「気にしないで。突然押し掛けたこっちが悪いのよ」
ギヨームの案内に従い椅子に腰かける。ギヨームは作業机の上にある資料の幾つかを鷲掴みするように手に取り、急いで私に見せた。
「賦役権についての問い合わせは「好きにしろ」とだけでありました。まぁ、王も辺境に関心がないのだと思います」
ギヨームは手紙を私に渡すと、鼻の汗を拭いながら自嘲気味に笑った。私は本当にその一分だけが書かれたアンリ王直筆の手紙を一瞥し、短く「了解」とだけ答えた。
まぁ、カペル王国を統べる王がこんな辺境の一領主にいちいちいちゃもんを付けてもらっても拍子抜けするのだが。
「それで、ブリュージュの動向はどうかしら……?」
「うちにも手紙が来たという声はちらほらと……。我々と同じような弱小貴族は勿論、警戒して断ったという例が多いのですが、有力貴族であればあるほど『受け取り拒否』が多かったので、何か、黒いものを感じますね」
「陛下に目を付けられるのが怖いんじゃないかしら?」
「そう言う方も見えるでしょうが、恐らく、もっと、何か、「隠したい事」があるのだと思います。私から見ても、明らかに異常です」
ギヨームは頭を掻き、眉を顰める。作業机の上にあるリストのような資料は、そうした情報の統計なのかもしれない。
「有力貴族が断る傾向がある」と言う事実は、カペル王国の内部事情をよく知るものほど、彼女とつながりを持ちたくない、と言う事に他ならない。つまり、カペル王国で秘匿された何らかの情報が外部に漏れる事を恐れているという事である。
カペル王家がそれ程恐れている情報と言うのは、一体何なのだろうか。
「ギヨーム、心当たりはないの……?」
「それが、陛下然り、辺境貴族には伝えたくないようでして、現状、何かあるとしか考えられないのですね……」
「そうよね……。ありがとう。でも、そうなると、かなり警戒しながらブリュージュに行かなきゃね」
「情報へ対する対価を求められた時、いかにかわせるかは、ジョアンナ様やリオネルにかかっています。親交を深める際には、くれぐれもお気をつけて」
「ありがとう」
私はそう言って、受け取った手紙を仕舞う。今日一日で三通の手紙を受け取ったところだが、今日できる事と言えば、後は一つしかないだろう。私は少しだけ前のめりになり、ギヨームの湿った鼻に顔を近づけた。
「フーケからはいい知らせが聞けそうだから、彼が戻ってきたらちょっとした宴会でも開きましょうか」
「最近は腹が鳴って仕方がない。鬱憤晴らしにもいいですね」
ギヨームは突き出た腹を摩りながら、大層機嫌が良さそうに笑って見せた。




