the company limited 6
視察の度に領民の視線が険しいものに変わっていくのを感じる。それと同時に、彼らは奇妙なことに私と仲睦まじく話してくれるようにもなった。警備兵は常に侍らせているが、数多の視線に晒される緊張感は拭えない。
風の匂いが焦げた麦穂のそれに代わり、薄茶色の波がざらりと音を立てて靡くと、浮足立った領民たちが腰を労わりながら家畜の世話を始める。
羊の鳴き声が鳴りやまぬ畑の端では、毛刈り鋏を器用に使って、女たちが羊毛を刈り取っている。寛いでいる犬が伏せをしながら主人の事を眠たそうに見ている様子は、実に牧歌的と言える。
粉挽は残された余暇を満喫しながら、石臼を新調したり、水車を洗ったりといったメンテナンスを行っている。
ナルボヌ領ではいつも、こうした牧歌的な季節の始まりから時間の経過を感じ取るのである。勿論、今年は普段のそれよりも遥かに騒々しかった。
乾いた風の匂いと共に、久しぶりの行商人が領土に訪れると、皆が皆こぞって石臼を求めて群がり、そして石臼が認められないと知ると、波が引くように彼らの前から去っていく。第二波はいつもと変わらぬ日用品の需要を求めた人々の群れで、今度は過不足なくしっかりと交換がなされていた。
私が、切り株に座りながらその様子を眺めていると、一人の老人が私の背側に座り、毛虱を取り始めた。
「領主さんよ、石臼を買い取ったのはあんただってのがもっぱらの噂だが、そのあたりどうなんだ?」
「買い取ったのは行商人よ。私はその金を貸してあげただけ」
「ふぅん。要はあんたはバナリテを完成させたいだけってわけだな」
老人は虱を練りつぶしては地面に放り投げる。私も、向かいからの異臭に鼻をつままない程度には強くなったらしい。
「金がないの。ナルボヌ家に反旗を翻すなら今よ」
私は冗談交じりに言った。老人は吹きだし、髪の毛をかきむしる。白い粉がぱらぱらと落ち、私の背中にも降り注いだ。
「たーしかに、みんなあんたを軽蔑してるよ。道理もわからぬ我儘な女だってね。でも不思議だな、あんたを見ていると前の領主様より俺達に近い気がしてな。攻囲する気も起きないんよ」
「年中使用人服で、暇さえあれば畑仕事手伝うような領主だもの。平民と大して変わらないわ」
老人は膝に手を当て、力みながら腰を持ち上げる。立ち上がると同時に腰を二、三度叩くと、毛刈りをする娘達を遠い目で眺めている。
「カペルの貴族は見栄を気にするが、あんたは節操がなさすぎるな」
私は思わず鼻を鳴らした。知ったような口を利くこの老人も、私や父くらいしか貴族の事を見たことがないのだ。人間と言うものはそう言うもので、知らない事をさも知った風に振る舞うのが「大人」の対応と言うものなのだろう。
彼が娘達に指示を出すと、娘の代わりに羊が返事をする。
悲鳴のような低い鳴き声が畑にまで響き渡れば、自然と腰を労う男達が羊の方を向く。彼らは顔を上げれば泥だらけだが、行商人の荷馬車に向かう行列もまた、膝が破れた股引を穿き、、爪先の裂けた靴を履く。
「貴族だって金がなければただの貧者って事よ」
行商人達に遠い目を向ける。私用の洋服や宝飾品や化粧品の類は積載しているのだろうか?だとしたら、それは無駄な努力に過ぎない。彼らには悪いが、今年は稼ぎにならないだろう。
老人が羊の毛刈りを手伝いに行ってしまったため、ぼんやりと荷馬車に並ぶ列を眺めていると、それに気づいた主人が私に手を挙げて挨拶をした。
「ジョアンナ様。そう言えばお手紙がありましたよ」
「有難う。頂くわ」
切り株から腰を持ち上げ、彼の手から手紙を受け取る。立派な羊皮紙ではないから、それがフーケからの連絡であることは直ぐに分かった。
手紙を開くと、彼らしい几帳面な文字で、今回の商談‐つまりは、ダンドロ銀行への投資の持ちかけ‐についての簡単な連絡が記載されていた。
乳母ビジネスをしながら、奴隷市場を作る、ね……。
悪くない発想であると、正直思ってしまう。人道など気にしていて、借金は返せないからだ。しかしそうなると、かなり成熟まで育てなければならないから、乳母の負担が大きくなってしまう。私としては、教育は奴隷商に一任するのが望ましいと考える。フーケも難しい問題ではあるので、詳細は帰還した後に説明するという。
少し時間がかかっていたのは、ダンドロ銀行が取り行ってくれなかったからではなく、話を先に纏めてくれたからなのかもしれない。
焦げた麦穂の匂いを吸い込む。空腹感を抱き続けている腹に心地よい。商人にチップを渡して、私は馬車へと戻った。
「泥だらけの服では、馬車が汚れてしまいますよ」
運転手がそう言って制止する。私は体を払い(ついでに老人から降りかかった乾燥した皮膚を振り落とし)、泥土の色が微かに残る使用人服で馬車に乗り込んだ。




