the company limited 5
ダンドロ銀行は常に明るく、美術館然としており、芸術家を多数輩出した時代の威容を保っている。経済先進国ウネッザ特有の、金に糸目をつけない芸術擁護はそのままに、ダンドロ一族の実生活の倹約さも保ったダンドロ銀行の合理的な散財の様は、実に見事で溜息を吐かされる。実際、取引先の人々とは違って観光目的でこの場所を訪れる者は少なくなく、入館料を支払えば二階の展示場も楽しむ事が出来るのである。
もっとも、私は彼らと商談用の談合室に直行するのであるが。
談合室は、ナルボヌ城とは比べようもない華やかさであった。椅子も机も白く金細工を施し、綿よりのないマットには幾何学模様のシルクが張られている。煌めく座椅子と同様に、蝋燭立ては淡く輝く純金製で、生暖かい青い炎が安定して灯っている。壁の額縁には肖像画がいくつもあり、歴代支店長の目がぎょろぎょろと動く。この目は宮廷魔術師がよく用いる「監督する絵画」と呼ばれる魔術の類であるが、訪れる人がこれだけの大人数に視線を受けるというのは、余りいい気はしないだろう。顔が笑っていても、目は笑っていないのであるから、尚更である。
ジョルジュ・ダンドロは私の向かいの席に着くと、机を二回ほど叩き、用意されたカップの中に、手から紅茶を注ぐ。純粋な水を精製する魔法と、手の中で茶葉を抽出する魔法など、余りにも繊細で余程高位の魔術師でもなければ出来そうも無いが、恐ろしい事にこの男は何食わぬ顔でそれを見せつけてくる。私の視線に気づくと、ジョルジュはしたり顔で眉を持ち上げてみせた。
「いやぁ、こういうのは得意でしてね。フーケ様は魔法はあまりお得意ではないとか」
「えぇ。まともに水も出せません。手汗かと思う程」
「こうした事は知識で補えるではありませんか。わが国を下したプロアニアの例もございます」
彼は会話を区切って紅茶を切り、手を叩いて紅茶を私の前に動かす。手汗の話をしただけに、何故か汚い印象を持ってしまった紅茶を少しだけ啜ると、深い苦みと芳醇な香りのために、鮮明な思考が徐々に戻ってきた。
「商談は平等に。ダンドロ商会の教えで御座います」
ティーブレイクと言い、監視する絵画と言い、いずれも見せつけであることは明白であったが、ここで感情に流されるようでは、交渉役としてここに来たフーケの名が廃る。私は極めて平静を装って、上衣を整えた。
「有り難い。では、不躾ながら、早速、本題に移りたいと思います」
彼に渡した資料は、乳母ビジネスの概要を示したものと、契約書類の見本である。彼は、不思議な手の運びで自分の顔中を触りながら、最後にこめかみから鼻先にかけて一本の線を引く様に人差し指でなぞる。
「修道会、孤児院、奴隷商を得意先として、これまで細分化されていた乳母を一纏まりの企業として運用する。ナルボヌ領の出産税の代わりとなる賦役の一環として、子を産んだ領民は乳母となる為に、実質的なコストは食費のみ、と言う事ですな」
「そういう事です。得意先は特性上、安定的な乳母の供給を望んでいる……つまり、彼らからすれば、ナルボヌ領にある乳母会社から、安価で、大量の子を管理してもらえるとすれば、それだけで意義がある。加えて……」
「ナルボヌ領の人口が増加し、税収が増強される、ですかな?」
「……お見事。事業拡大については今は取りあえず難しいでしょうが、後には任意の乳母契約を各地の女性にして貰う事も出来ましょう。乳母は篤信家が多いカペル王国でも大いに需要がある」
人口の増加は、即ち消費の増加となる。需要が増せば行商人が訪れるメリットが増えるように、人口とは、領土の一つのステータスである。ナルボヌ領の閉鎖的な状況を打開するためには、市場の開設と領民の増加を目指さなければならないが、市場の開設には需要が必要である。乳母ビジネスを通して人口が増し、結果的に消費が増えれば、自然とナルボヌ領には道が生じてくる。
「……例えば。奴隷品評会の舞台として、管理事務所を立ち上げてみてはどうでしょうか?奴隷商が子供達を見に来る場所を提供するのです」
ジョルジュは首を傾げながら、上唇をなぞる。不思議な事にその行動が何か意味深いもののように思われる貫禄があった。
「驚いた。それは面白い発想ですね。ナルボヌ領に『来る者』を増やせば、自然と領内の消費は増加する。しかし、奴隷に対する教育をする者がナルボヌにはおりません。投資にしても少々リスキーではないですか?」
「投資とは元来リスキーなものですよ。それに、我々ダンドロ商会は、勝算のあるリスクは恐れません」
彼はしたり顔でそう言った。監視する絵画たちが徐々に視線を私の背中に集めてくる。見定めるような余裕に満ちた表情が、それぞれの凄みを見せつけている。
「つまり、貴方には、この事業に勝算があると。そういう事ですか?」
彼は静かに首を横に振った。
思わず背筋が凍り付く。重苦しい空気に偏頭痛が疼き始めた。
ここまでのジョルジュの言葉を纏めると、こうである。まず、彼は、この事業に勝算は無いと判断している。その上で、この事業への投資も吝かではないと考えている。しかしそれは、投資そのものによる収益ではなく、既に膨大になったナルボヌ家の借金を財産として「還元する」事を期待しているに過ぎない。
そして最後に、奴隷品評会場の設置と言う提案。これはつまり、ナルボヌに奴隷市場を作るという事である。
これらの事実から、彼らが期待しているのは、ナルボヌ家の債務不履行を通じて、この会社を乗っ取り、奴隷市場を通して収益を得ることを期待しているのである。その為に、借金を株式に振替する事によって、多くの株式を得ておきたいのである。
乗っ取りを前提とした「後援」。ダンドロ銀行が勝ち残ってきた理由がそこに詰め込まれているように思われた。
そして、そうなれば、ジョルジュ側には大きな武器がある。
「我々としては、期日通りの返済を約束して頂ければ、全面的に協力する所存でございます。して、おいくら分の株式を下さるのですか?」
「返済期日」と言う武器である。彼は契約において、好きな時に返済してくれればよいと一度言ったことがある。それは、裏を返せば、好きな時に借金返済を請求できるという事である。私は明確にそれを断ったが、残り数年で契約期日が来ることは目に見えている。そして、完済できるだけの準備は全く整っていない。これまでのように、延長に延長を重ねる手法は最早出来ないだろう。
それでも、この後援に託すことは出来るだろうか?
私は脳内で玉を弾く。数字を示す玉一つ一つが、その返済の不可能性を弾き出した。
「……いいでしょう。その勝負、受けて立ちます、ジョルジュ殿」
ジョルジュは目を見開く。歓喜の皺を額に一杯に作り、鼻を思いきり開けて、満足げに頷く。私はさらさらと出資金と株式を書き込んだ。
もとより不可能な返済額であった。この際、彼らに事業を乗っ取られても、ナルボヌ領の利益にかなうのならば恐れるに足りない。
「21万ペアリス・リーブル分。ジョアンナ・ドゥ・ナルボヌと同じ大株主です」
ジョルジュの表情が驚愕と歓喜に満たされる。私は彼をしっかりと睨み返した。
揺れ動く無数の瞳が盤石の青い炎を、風前の灯火の背中を見つめる。いずれも視線を外す事はされず、広く煌びやかな室内の至る所に、隙のない策略の目が張り巡らされていた。




