the company limited 4
ナルボヌ領に最も近い大都市と言えば、ここアビスに他ならない。アビスは、河川を通じた海路と陸路で、南方の交易都市国家への中継地であり、カペル王国南東部の内陸交易の中心都市であり、アーカテニアへと東方商材を輸送する湾口都市マールシャーへの中継地でもある。文化的には教皇庁に近いために、カペル王国の擁立した対立教皇の居住するアビス大聖堂の膝元であり、現在も王国税収の実に一割強を占める十分の一税が集められる宗教都市でもある。
盤石のカペル王国の一端を担うこの大都市を治めるのは、由緒あり、カペル王家との血縁も深きプロ―ヴ家である。プロ―ヴ家は数多くの枢機卿と大臣を輩出する博学才穎の知識人集団でもあり、軍事力も平均的な貴族が数名で戦争を挑んできたところで軽くいなしてしまう。まさにカペル王国髄一の名門貴族と言える。
もっとも、彼らとナルボヌ家間には、全く関係がない。最も近い大都市とは言ったものの、足しげく通うには骨が折れる距離がある事は明白であるし、何より彼らは田舎貴族など歯牙にもかけない。高貴なる血縁に拘る典型的な上級貴族であると言える。
領主同士の関係はそれほど深くないが、ここには辺境貴族ナルボヌ家が頼りにしてきたダンドロ銀行の支店がある。ダンドロ銀行は海上交易で栄えた都市国家ウネッザ発のダンドロ商会の一つであり、カペル王国にも多くの支店を持つ大商店である。少なくとも、平均的な貴族よりも影響力があるだろう。
アビスに馬車が入場すると、大量の人波が一気に押し寄せてくる。緩やかな傾斜がある大通りには階段のような地盤を持つ建造物が並び、通路自体の傾斜をより強調される。道端には大量のゴミと家畜が入り乱れ、人々の足元で戦乱の騒ぎのような生臭さが漂っている。上を見上げれば絢爛な都、下を見下ろせば地底の様相とは、よく言ったものである。
しかし、少し大通りをのぼると徐々にゴミの数が少なくなっていく。緩やかな傾斜のために城門周辺にゴミが集まりやすいという都市の特性の為であるが、途中で停止するゴミも当然存在するため、全くなくなることは無い。地底の異臭は全くなくなることは無く、不快感はじっくりと心身を痛めつける。私は鼻を軽くつまみながら、目的のダンドロ銀行へと向かう。
中央広場に到着すると、馬車の動きは観光でも楽しむかの如くゆっくりとしたものになる。市民と浅黒い顔の異国人とが商いに勤しむこの中央広場には、一際高い尖塔を持つ、派手なゴシック建築のアビス大聖堂がある。広場の中心で、花冠の女神カペラと光の主神ヨシュアの黄金の立像が堂々と聳える大聖堂には「カペル王国」の教皇が日々の聖務をこなしている。その姿は誰もが見れるわけではないが、時折、私がダンドロ銀行を訪れる際にその優し気なご尊顔を見たことがある。
私は、見馴れた教会に目を奪われることは無く、毎度ながら馬車の鈍足に、目前の目的地が遠のいていく事に歯がゆさを覚えている。
ようやく馬車が目的地の前に至るまで、実に数分を擁した。
ダンドロ銀行は中央広場の、市参事会館の隣に堂々と佇んでいる。
ドゥカーレ・ピンクと呼ばれる、ウネッザの元首相官邸の色彩を基調として、高身長のトーガを纏ったウネッザ人の特徴を有する彫像が佇んでいる。その傍らに伏せる獅子の威容は、貴族然とした彼ら首相の偉大な功績を讃えている。誇らしげに手に持つ帳簿類も、今日を泥土に塗れて生きる私達にとってはこの上ない羨望の的である。
ダンドロ銀行の厩に馬車を止め、足元を気にかけながら降りると、商人らしい粘り気のある笑みを湛えたダンドロ銀行アビス支店長であるジョルジュ・ドゥーカスが出迎えてくれた。
この老人は、奉公人二名を携えて両手を拝むように合わせ、上目遣いに私に頭を下げた。
「お待ちしておりました、フーケ様。ヘンリー卿の事はお悔やみ申し上げます」
彼は眉尻を下げてにやついた表情を悲し気に演出した。終始曲がった腰を気遣いながらも、彼の視線は終始私へ向けられている。
「それは葬儀で散々聞きましたよ、今回は未来の事について話し合いましょう」
試すような視線に対し、出来る限り優しげにそう答える。ジョルジュは、一瞬だけ人差し指を上に向け、上目遣いのままに試すような目つきで私を見て、皺の寄った頬をつり上げた。
「それは楽しみです。今代の領主様は我々にも実に優しいお方のようにお見受けいたしますし……」
「えぇ。今後の取引はより実りのある物になっていく事でしょう。今回は良い土産話もございます」
彼の眼前に麻袋を持っていく。ジョルジュは一瞬だけ視線をそちらに向け、不思議そうに麻袋を吟味していたが、私の右手にこさえた実に重厚な羊皮紙を一瞥して、甘未の匂いを嗅ぐときのような愉悦に満ちた感嘆を上げて、再び私に視線を映した。
「それは実に、興味深い事です。詳しいお話を是非、お聞かせいただきたい」
彼はそう言うと、低い腰を更に折り曲げ、「まぁ、立ち話もなんですから、さ、さ。こちらへどうぞ」と私を導く。長らく見慣れたダンドロ銀行の戸口が、異様に大きく感じられたのは、果たして私の心づもりの為であろうか。




