the company limited 2
カペル王国は解放された交易路を持ち、豊かな地場の恵み溢れた特産品を首都に集められる優れた道を持つが、この国には巨大な商会はあれど集団で一つの目的に尽力する商業組織はほとんど存在しない。
より正確には、必要性が乏しかった、ともいえる。旧来の家父長制が安定した雇用を生み、ギルドやツンフトが既得権益を独占しているので、物価に対する価格破壊も生じない。この安定した経済情勢は、周辺地域からの豊富な食料供給も相まって、半自給自足的な都市を形成するようになり、商業組織の形成を鈍化させる事に役立った。
フーケに手渡されたそれは、隣国、閉鎖的な経済と技術革新著しいかのプロアニア王国で発展した「株式会社」のシステムを提案するものであった。
株式会社とは、出資金に応じて株式を発行し、株式の持ち分に応じて収益を分配する仕組みである。元々は、海上都市国家の作り出した「匿名組合」、つまり、海上交易のリスクを最低限に留める為のリスクの細分化のためのシステムから始まった。匿名組合は、借主が貸主の出資に基づいて商船と商品を仕入れ、これを販売する事で得た収益に基づいて出資者に分配をする仕組みである。
匿名組合は仮に貨物と共に船が沈没するなどの被害が生じても、貸主は出資金分の損害しか生じないため、被害を最小限に抑えられる特徴を持つ。
株式会社では、このようなコンメンダによる一時的な集金と分配のシステムを長期化し、またその持ち分を株式と言う方式で流通させることで、事業の長期的な運用と、株式の財産化、商品化が可能となる。これに伴い、株式を買い、株式の高騰に合わせてこれを販売するといった形式で収益を得る専門家もある。
「ずっと考えていたのです。ナルボヌのような地域では、限定された経済活動しか行えない。そして我々には金がない……。となれば、私達にはこのような組織を作るメリットがあるのではないか?と……」
ギヨームは眉間にしわを寄せて神に顔を近づけたり離したりしている。契約書関連の用語はこの中でフーケ以外が分かるわけではないのだ。
「仮に、仮によ。この株式会社が実績を上げたとしたら……。この収益自体だけでなく、銀行は株式による割引に応じてくれる可能性がある……?」
フーケは目を丸くした。そして、次の瞬間には花が開くような純粋な笑顔で「凄い」と言う。前のめりの彼が、帳簿を手で押しつぶすように力を込めている。それは普段では考えられない様な姿であった。
「ジョアンナ様、その通りなのです。この株式とは、流通性に富んだ仕組みですから、銀行の借金を支払う際にも役立ちます。軌道に乗せるための具体的な運用は、不肖、フーケにお任せください!」
フーケはいつになく声を張り上げた。堂々と、直角に頭を下げる姿は彼のより純粋な、本来の姿のようでもあった。
彼は父を尊敬していただろう。しかし、それと同じほど軽蔑してもいたに違いない。何故なら、父は彼の才能を見出していながら、彼の能力を活かしきれていなかったからだ。私は彼に頼る事しか出来ないが、父よりも彼を活かす事が出来る。
再び契約金額を見た。出資金21万ペアリス・リーブルは痛手だ。しかし、もし仮に、ここで捺印をしなければ、ナルボヌ家は現状の苦しみの中から僅かばかりの食い扶持を減らすだけに留まってしまうだろう。
他に懸念事項があるとすれば、それは「新たに借金をできるかどうか」である。それこそ、私にはどうする事も出来ない。
「代金の借り入れは……出来るんでしょうね?」
私は、責めるような低い声で訊ねる。彼が仮に生半可な興味程度でこの事業を検討しているならば、私が出資者として止めなければならない。
フーケは一瞬顔を持ち上げ、そして、自信に満ちた微笑を浮かべた。
「……はい!善処いたします」
「ジュスタン、印鑑を」
私はペンを手に取る。取り残された空の食器が机上から持ち上げられ、それらを片手にナプキンを各席に置いていくジュスタンが、耳元で囁いた。
「畏まりました」
ギヨームは一拍遅れて契約書類に目を通す。頭を掻き、眉間にしわを寄せながら、最後に金額の欄を見て言葉を失うまでの間が、私が書類にペンを下ろすまでの間と完全に一致していた。
震える手は古びた机に支えられてやっとその意思を保つ。ギヨームは恐る恐るペンを取り、私の方をちらちらと見つめている。心配そうな彼の瞳に向けて、フーケは緊張した顔を向ける。
いつになく緊張感のあるサインは、父譲りの角ばった文字でなされた。




