忠義の人1
ギヨームの部屋は忠義と軍人としての誇りとを織り交ぜたような非常に心地よい空間であったことをよく覚えている。彼は昔からそうした貴人であり、端正ではないが屈強な風貌といい、気持ちのいい人間であった。リオネルは分かりづらい尊敬の表現をしているので、彼の人間性に誤解が生じてしまったわけであるが、もし過去の私が考えるギヨームが現在の私がこれから見に行くギヨームよりも悪辣であったならば、私はリオネルに丁寧に頭を下げる心持ちでいた。
もっとも、そんな心配は何一つ必要なかったわけであるが。
入室と同時に目に飛び込んできたのは、よく手入れされた武器と、王より賜った幾つかの勲章、そして決算の日まで騎士道物語が収められていた書棚と、鍛錬の為の器具一式であった。「脳に筋肉を詰めたような人物」を嘲う風潮が現れて久しい貴族社会のカペルでは珍しく、「軍人」として、そして、法務を司る者として、相応しい人物と言える。
真面目さが部屋に現れるだけではなく、彼はリオネルのように突然の訪問を付け焼刃的に対処する事もしない。
ノックの音に対して、よく通る声で返事をし、私の名前と姿を認めると、直ぐに部屋の支度を始める。その間にも彼は、私に簡単な要件を訊ねるなどしながら、会話を途切れさせることはしなかった。
かくして、この上なく上機嫌で入室した私は、ギヨームの姿がある、彼の机の上を見てぎょっとする。法務官としての仕事を積み上げただけでなく、彼には相応しくない幾つかの置物が増えているためだ。湿った鼻先を撫でながら、ギヨームは気に留めずに用件を尋ねてくる。
「ね、ねぇ。それよりも、あの机の上の置物って……」
「あぁ、リオネルからの土産物です。あれは趣味が悪いですが、まぁ、律儀でしてね。贈り物には贈り物を返してくるのです。ジョアンナ様からすれば直ぐに売り払ってしまいたいものでしょうが、彼の善意を無下にするのもとても心苦しいので、机の下に隠して決算はやり過ごしたのでございます」
「お金にならなそうなものだから、隠さなくていいのに。それに、家臣が大事にしているものまで取り上げて、謀反でも起こされたら大変だもの」
「いやぁ、お心遣い、痛み入ります」
筋肉と贅肉が詰まった腹が波打ち、椅子が軋む。彼の贈り物に対する忠義と言うものが垣間見える。
「でも、あの防具は新調したら?もう入らないでしょう?」
彼が細見だったころは記憶にないが、それでも令嬢の宮殿が竣工する前は、今ほどは太っていなかった。長らく内乱も戦争もなく平和だっただけに、軍事訓練をしなくなって太ってしまったのであろう。徐々に横に広がっていく彼の姿を時折目にしたが、改めて鎧を見ると思う所がある。
「ははは。私も若い頃はあれが入ったんですから、驚きです。それでもリオネルよりは幾らかいい肉体だと思っておりますが」
「リオネルは変わった人間よね。なんだか貴方を見ていると安心するわ」
「リオネルは、手腕は確かですが、何と言いますか。あまり褒められた趣味ではありませんね……。私とて、思う所がありますよ。でもあれに気持ちよく働いてもらう事も、私達の首の皮が何とか繋がっていくのに必要な事です。父君の慧眼は信用されたく」
ギヨームはそう言って、脂の乗った鼻を掻く。少し汗ばんだ彼から湿気が届き始める。私は頷き、一拍おいてから話を続けた。
「父上は本当に信頼されていたのね。あんまり吝嗇家になってはいけないのかしら」
ギヨームは鼻を掻いた手で首へ回し、唸り声を上げる。
「そうも言っていられない事情がある事は事実です。リオネルの言う通り私は「古い」人間ではありますから、何と言うか、手加減をしてしまう。同胞たちに向けてはっきりと、忠義を説く事が難しくなってきていると言いますか……」
「何か悩みでもあるの?法務官としての不安?」
身を乗り出した私に対して、ギヨームが背筋を伸ばす。ぎし、と言う音と共に、背もたれが軽く歪んだように見えた。
「アンリ王と向き合う時、私は白い目で見られているようです。問い合わせも行いましたが、その、非常に短い文で返されていまして、「本当にどうでもいい」と言う意思表示が何とも悔しいのです……」
ギヨームは突然頭を下げる。伸ばした背筋が腹につかえて中途半端な角度で止まり、抑え気味な声が腹から響き始めた。
「どうか、お願いです。ジョアンナ様。父君の名誉を……取り戻して頂きたい。この老兵めが何事かの役に立つのか分かりませんが、どうか、お願いです」
静謐の中に、古い鎧が佇む。役目を与えられなかった幾つかの武具が、しおらしく片隅に置かれた書棚が、錆びついた勲章が、私めがけて首を垂れるようだった。
ギヨームは深い呼吸でその姿勢を保つ。与えられた執務をこなすための机に背を向け、つかえた腹を押しつぶしながら。
「はじめからそのつもりよ。ギヨーム、貴方がいてくれると心強いわ」
リオネルやフーケは、全幅の信頼を置くにはやや合理性に傾いている。その点、ギヨームやジュスタンには、それ以外の仕事を預けられるだけの信用がある。
そしてそのすべては、父の功績であった。私は頭を下げる相手を背にして立ち上がる。そして、ドアノブに手をかけるその時に、ギヨームの忠義に対する応答の代わりに、古く苔生した天井を見上げた。
「いいように使われて頂戴。貴方の良心が尽きるまで」
尽きさせたら、それは私の問題だ。




