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吝嗇のバナリテ  作者: 民間人。
ゆりかごを覗く時の顔は
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皮肉屋の外務官1

 深夜の短針は二週目の二つ目を指さし、寝静まった領土から完全に光が消えた頃、私は一つの懸念を解決するべく、二階の個室の一つ、窓からは森しか眺められない殺風景な部屋を訪れていた。

 その部屋の主人は、散々人を嘲るリオネルである。彼は私が深夜に訪れたことに驚きはしたが、直ぐに普段の皮肉に満ちた笑みを取り戻して机と書棚と聖典とに押しつぶされそうな自室へ案内した。


「狭くて申し訳ありません、えぇ」


 見渡す限りに荷物が散乱する彼の部屋には、使用人が誰も立ち入らない凄みがあった。魔よけの為に悍ましい魔女が口を広げる様を模して作られた襖吹き、車裂きの刑の様子を描いた趣味の悪い絵画、虫唾が走るような爪痕の残った十字架、半分顔を砕かれたカペラ、ペアリス銀貨を模した銀細工は逆様に文字が刻まれ、赤い染料の跡がある。それは血で文字や絵が浮き上がって来たかのような不気味さがあり、見る者を不安にさせるのに役立った。


「酷く汚れているわね……資料の管理は大丈夫なの?」


 恐怖の梨を文鎮代わりに使う机上にも又、置物や、手紙類や、何か良く分からない文字の記された紙の類が散乱している。彼はそのうちの一枚を手に取ると、如何にも自慢げに鼻を鳴らした。


「資料は全部頭に叩き込んであるので?何なら城ごと燃やして頂いても仕事が出来る自信は御座います」


「そう、まぁ、いいわ……」


 こいつちょっと疲れる。リオネルは私の心持を察してか、途端に静かに机上の書類を整え始めた。今朝の会議資料さえ最早どこにあるかわからない。


「そう言えば、外務官なんだから、外で何か稼げそうな話でもないの?」


 本題に入る前に、軽い会話をするつもりで訊ねる。勧められた椅子にも何か薄汚れたものが付いていそうで、私は恐る恐る座った。彼は目を細め、満足げに頷いている。


「極秘情報など末端の貴族には届きますまい。ですので、これは私の私見に過ぎない事を予めご承知おき頂ければ、稼ぎ話の一つ二つ作出するのもやぶさかではありません」


「つまり、無いって事ね。じゃあ、本題よ」


 彼は眉をひそめて溜息を吐く。こちらも暇ではないのだが。


「ギヨームと貴方は仲が悪いの?ずっとあの調子では、私もやり辛いのだけど」


 会議のたびに喧嘩されては困るというのは実際のところだ。仮にリオネルの方が賢く合理的であっても、領民にも比較的すかれているギヨームとの仲が険悪になるのは避けたいというのもある。

 何より、魔除けや蝦蟇の干物がぶら下がっているような部屋を好む人間を信用せよというのは、中々難しいものだ。彼にはある程度、節制を学んでほしい。


「会議中に他人を煽るのはやめなさいと、そう言いたいわけですね?ですが杞憂ですよ、ジョアンナ様。ギヨーム様はああ見えて、中々面白い方です。底なしの良心と愚直なまでの忠義と言うのは、中々見ていて気持ちがいい」


「意外ね。仲が悪いと思っていたのだけど」


 彼は手をプラプラと振りながら、小さく溜息を吐いた。振った手のままでこの部屋には不似合いな置物‐騎士の像や神聖なカペラの花冠を模した被り物など‐を手で弄ぶ。そのうちの一つを私の眼前に見せびらかすと、不気味な笑みを浮かべながら言った。


「仲が悪い事と仕事の同僚としての尊敬は全く別の感情です。お嬢様には難しいですかね?」


 見せびらかしたものを私に手渡す。次々の膝の上に蓄積される良い印象を与える備品の数々のために、私の膝の上は篤信家の物置のようになってしまった。


「それ、全部ギヨーム様の土産物です」


「え、こんなに沢山?」


「そうです。荷物が増えて処分に困っているんですよ。不要なら差し上げても良いですが?お返しの品にいつも文句を垂れるような人の贈り物ですから?」


 私が高値の土産物を掴むと、彼はその土産物の値段を即座に答え、そこに二割の利益率を乗せたものが売価ですよと楽しそうに答える。全ての土産物を触っては返していた私は、彼にとって、ギヨームとは敬うべき相手であるという確かな確信を得た。小さな石ころ一つさえも、彼から賜ったものは全て保管しているのだ。考えてみれば、余程尊敬する人物でなければ、そこまでしないだろう。


「その割に皮肉屋なのは直さないのね」


「そりゃあ、もう。反応を楽しみたいじゃあありませんか?」


 再び、部屋の備品を見回してみる。車裂きの絵画には三人の人物が描かれている。嬉々として嘲笑する処刑人、慄く平民と、憮然とした態度で様子を見る領主。どの顔も痩せぎすで、どこかリオネルの面影が見られた。

 続けて魔女の襖吹き。襖吹きに不気味な彫刻を彫るのは、脱穀した粉が何者かに奪われないための呪いである。それが床の上、部屋の中央に置かれている。恐怖の梨はねじを回す嫌な音もさせずに、開花を待つ花のようにしおらしく見えた。


「貴方、性格悪いって言われない?」


「えぇ、何度も」


 彼は屈託なく笑った。目尻の皺の数と、白髪の数が同じほどあった。


「何か情報が来たら即座に私に伝えなさい。検閲まがいのご機嫌取りは不要よ」


「そう言っていただけると助かります」


 背後におぞましい視線を感じながら、私は部屋を後にした。


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